おきまりのこうしんさま【お決まりの庚申さま】むだぐち ことば

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「今さら言うまでもねえ、決まりきったことだ」というむだぐち。「庚申さま」は庚申待ちのこと。

江戸時代の習俗で、庚申の日の夜、町内の衆が集まり、一晩徹夜で夜明かしをしました。庚申の夜に寝ると、三尸という想像上の虫が体内に入り込んで命を縮めるとか、この夜に妊娠すると、生まれた子供は盗賊になるなどの迷信があり、要は厄除けです。庚申待ちは厳格に決まった日に行うため、こう続けたものです。「お定まり」も同意で、ともに江戸っ子が日常よく口にしました。「お決まり(決まり)」「お定まり」とだけ言い捨てた場合、「紋切り型」「代わり映えしない」という否定的なニュアンスが強くなります。

三尸は年に一度、人に宿った体内から出て、天帝おつげに行きます。一年間、その人はどんなことをしてきたのかを天帝に伝えることになっています。これは道教の習わしです。庚申さまとは多分に道教の影響があるのです。

この三尸なる虫。中国哲学の加地伸行氏は、三尸=かぐや姫、という説を唱えています。そのものずばりではないでしょうか。『竹取物語』は仏教典が初出とのことですが、日本人向けに潤色されたのは中国でのことでしょう。

ことばよみいみ
庚申 かのえさる
三尸 さんし

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だんだんよくなるほっけのたいこ【だんだんよく鳴る法華の太鼓】むだぐち ことば

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現代でも知られたむだぐちです。

情勢がだんだん好転してくるというのを、「なる」→「鳴る」から太鼓の音に引っ掛けたもの。「だんだん」は「どんどん」のダジャレです。

江戸では法華宗(日蓮宗)信者が数多かったので、お題目を唱えながら集団で太鼓を打ち鳴らし、町中を練り歩く姿は頻繁に見られたもの。

「だんだん」には、「ドンツクドンドン」と遠くから法華大鼓(団扇太鼓)の音が聞こえてきて、近づくにつれ徐々に大きく響くさまも含んでいるでしょう。

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おやすみのえにつきはいりけり【お休みの江に月は入りけり】むだぐち ことば



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「おや、寝ちまったよ」または「ここらでブレイクしましょう」という意味の洒落。

婚礼に使われる謡の「高砂」の一節「はや住之江に着きにけり」をもじったものです。

「早住之江」と「お休み」を掛けただけのダジャレで、謡曲の「着き」から「月」を出すことで、「夜」「寝入る」という意味合いを導いています。

いやあ、なかなか典雅なものです。

「お休み」のむだ口には、ほかに「お休み田んぼの塔あり」があります。

これはやはり洒落の「心得たんぼ」をもじったもの。

「たんぼ」は湯たんぽで、「とうば」とも呼ぶことから、お休み、寝るにつなげたもの。

さらに「たんぼ」から「田んぼ」を、「とうば」から「塔」を出し、田舎道で向こうに休憩場所の寺院の塔が見える光景に変換しています。

これはもう、連歌や俳諧の手法。

ダジャレやむだぐちは連歌や俳諧に影響受けたり与えたりしていったのですね。

ばかにしたものではありません。



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せきのしみずいなり【急きの清水稲荷】むだぐち ことば



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「急き」と、歌枕の「関の清水」を掛けたもの。気が急く、忙しないということのしゃれです。

関の清水は、蝉丸神社下社(大津市)の社内にかつてあった湧き水。稲荷の祠がありました。

この社は、古代から山城と近江の国境、東海道と東山道の分岐点に設けられていた逢坂山の関に隣接し、その守護神社であったもの。

そこから俗に「逢坂の関の清水」と呼ばれました。

この清水を詠んだ名歌は多く、紀貫之(866-945)の「逢坂の 関の清水に 影みえて 今やひくらん 望月の駒」はよく知られています。

しゃれとしては「関」が付けばなんでもいいわけで、同じ意味で「せき(関)が原」というのもありました。

強いて関連を付ければ、関所はどこでも日没の前にはもう閉まってしまうので、旅人は付近で野宿したくなければ、全速力で急がなければならなかった理屈です。



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おきのどくやはえのあたま【お気の毒や蝿の頭】むだぐち ことば



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「おや、へえ、お気の毒に」という、同情の言葉とは裏腹な、文字通り毒を含んだ冷やかし。

蝿の頭には毒があるという俗信から、「気の毒」と掛けてこう続けたものです。

このへらず口は明和年間(1764-72)の初め、新興の深川遊郭が発祥で、それからしばらく大流行しました。

「お気の毒」のむだぐちでは、ほかに「お気の毒の人丸さま」があります。

これはダジャレで、「おきのどく」と、万葉歌人の柿本の人丸(=人麿)の「かきのもと」を無理やり引っ掛けただけ。

『東海道中膝栗毛』では、相手の「さりとてはお気の毒な」を受ける形で「ナニお気の毒の人丸さまだ? イヤ四斗樽しとだるさまが(聞いて)あきれらァ」と、さらにダジャレでまぜっ返しています。



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ぎょいはよしののさくらもち【御意は吉野の桜餅】むだぐち ことば



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「構わずとも吉野葛」同様、良し→吉野のしゃれで、今回は桜餅と付けています。

「ぎょい」は「御意」で、武家で殿様の思し召し、またはご機嫌のこと。

殿のおことばをいただいて、ひたすら「仰せごもっとも」と返答する場合の紋切型ですが、この場合は「御意はよし」で、ご機嫌うるわしいの意味です。

それを町人どもがからかい半分に茶化して、「お気に召した」の意味のむだぐちたたきに使っているわけです。

実にどうも無礼千万、けしからんもんで。

こういう、しらじらしくぎょうぎょうしい物言いは、多くは遊里で幇間が客に使ったり、通人気取りの若だんなが「ゲス」ことばとともに用いたものです。



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くちばかりのいかのしおから【口ばかりの烏賊の塩辛】むだぐち ことば

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烏賊の嘴だけで塩辛をこさえたって、食えたもんじゃない、無意味だというところから、口先ばかりの相手ををピシャリ。

「いか」は「いかさま」と掛けていて、インチキ、嘘つきを匂わせています。

実際は、動物学的には烏賊に嘴はないのだそうで、俗にそう呼ばれているのは潮の排出部分だとか。

それでも、「いかくちばし」は食通には珍重され、中身は干物にすると珍味です。

とまれ、烏賊なら刺身でもなんでもよかったのに、なぜわざわざ塩辛としたのか、「のしおから」の5音が必要だったのですね。

「のさしみ」の4音よりも言いやすいわけで、語呂のよさからきています。

烏賊が潮や墨を吹き出すように、口から出任せ出放題いう揶揄も隠れているのかもしれません。

「しおから」から「トンボ」を連想、トンボには隠語で愚か者、泥棒という意味もあるのでそれを利かせたのか。

そこまでいくとうがち過ぎですかね。

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おそかりしゆらのすけ【遅かりし由良之助】むだぐち ことば



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「由良之助か、遅かったァ」という絶句のしゃれ。それだけ。

遅刻をたしなめることばとして、歌舞伎ファンでなくてもたまに使われています。

戦前までの東京では、生活の至るところに歌舞伎のにおいがあったようです。

日常会話の端々に芝居の名セリフや、そのもじりがごく普通に使われていたわけです。

なかでも『仮名手本忠臣蔵』となると、どんなワキのセリフでも、骨の髄までしゃぶり尽くされていました。

これもその一つ。

「四段目」、塩冶判官が腹に九寸五分を突き立てたところで、花道から家老の大星由良之助がバタバタ。

そこで「由良之助か、遅かったァ」となるわけです。

もっともこれは実際の判官のセリフではなく、客席の嘆きの声なのですが。

これが遅刻をたしなめることばとして定着。

といっても本気ではなく、相手をからかうしゃれことばとなったものです。

逆に、遅刻した側のわびごとは、その前の「三段目」喧嘩場での判官のセリフ「遅なわりしは拙者の不調法」。

バレ小咄では、由良之助が髪を下ろした瑤泉院にお慰み用張り形(女性用婬具)を献上。そのサイズが合わず「細かりし由良之助」。



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きのねはとっこではのねはあご【木の根はとっこで歯の根は顎】むだぐち ことば



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その気はない、と言う相手をまぜっ返すむだ口です。

「きのね」は「気のねえ」で、それと「木の根」を掛けているのが、次の「とっこ」で分かります。

「とっこ」は同音異義語で、「盗人」「蟻地獄」「独鈷」「かつおぶし」など、さまざまな意味が考えられますが、この場合、木の切り株の意味の「とっこ」しかぴったりハマりません。

新潟県や長野県の方言なので、このむだぐち自体もそのあたりのローカルなものかもしれません。

次に「木」から「葉」、ついで「歯」と変換し、「歯のねえ」から「歯の根」→「あご」と悪じゃれます。

まぜっ返し自体はあまりタチがいいとはいえませんが、ことばの連鎖的な変化としては、なかなかに凝っています。



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ごめんそうめんゆでたらにゅうめん【御免素麺茹でたらにゅうめん】むだぐち ことば

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一応「ごめん」と謝った形ですが、こうまでざれごとを並べ立てたら、謝る気などさらさらないのは見え見え。おそらく子供の軽口でしょう。

許されるどころか、逆に大雷が落ちるのは必至です。

しゃれとしては、「めん」という韻を重ねただけの他愛ないものですが、むだぐちとしての言葉のリズムはなかなかのもの。

「ごめんそうめん」は、古語の「御免候え」のもじり。

「ごめん」のしゃれもなかなか多く、「御免素麺冷素麺」「御免素麺売れたら一銭」「御免茄子おいて南瓜、一服西瓜今日は冬瓜」「御免頂来豆の粉しんちこ」「しからば御免の蒙り羽織」などなど。

この中には謝罪というより、「しからば御免」のように、「ちょっと失礼」という意味だけのものも含まれています。

受けた相手の逆襲は「五面(=御免)も十面もねえっ」に尽きるでしょう。

【語の読みと注】
御免候え ごめんそうらえ
御免素麺冷素麺 ごめんそうめんひやそうめん
御免茄子おいて南瓜 ごめんなすおいてかぼちゃ
一服西瓜今日は冬瓜 いっぷくすいかきょうはとうがん
御免頂来豆の粉しんちこ ごめんちょうらいまめのこなしんちこ
しからば御免の蒙り羽織 しからばごめんのこうむりはおり

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おもおもともとのところへおなおりそうらえ【重々と元の所へお直り候え】むだぐち ことば



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これは将棋で、王手に対しての相手の「待った」を許すときのむだぐちです。

元ネタは能楽の三番叟で、後半の狂言方のセリフ「元の座敷へ重々とお直り候え」をもじったもの。

「落ち着いて元の場所に駒を戻しなさい」といったところ。

「待った」というものは、本来許されるものではありません。

それをあえて許し、妙に仰々しい文句でうながすところに、勝者の余裕と鼻持ちならない侮蔑の念がうかがわれます。



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しょうがなければみょうががある【生姜なければ茗荷がある】むだぐち ことば



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「しょうがない」というあきらめのことばに対するまぜっ返し。「しょうがない」と「生姜」を掛け、「生姜がなければ代用品の茗荷があるだろう」と茶化しています。

「茗荷」はかなり紋切り型ですが、「冥加」と掛けたしゃれ。冥加は仏の恩恵のことで、この場合は「しょうが(=生姜)なくても、まあなんとかなるんじゃないの」くらいの感じでしょう。

似た言いまわしでは、江戸で古くから使われた「仕様模様」があります。

「仕様」はやり方、手段。模様はこの場合は、仕組むこと、工夫、趣向の意味ですから、ほぼ同じニュアンス。

つまり、同じ音韻、意味を重ねた強調表現。

この後に否定「……がない」が付けば「しょうがない」と同じ意味になります。

もう一つ、ストレートに「しょうがない」を表すむだぐちには「生姜苗(=ねえ)茄子苗(=ねえ)田無の市」があります。

これは、「ねえ」という否定と「苗」を掛け、江戸郊外の苗市を出したしゃれです。

「茄子」はもちろん「しょうがなす」→「しょうがない」のダジャレでもあります。



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ありがたいならいもむしゃくじら【蟻が鯛なら芋虫ゃ鯨】むだぐち ことば



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「ありがたいなあ」というしゃれことば。それだけです。

「ありがたい」の中の「あり」に蟻、「たい」に鯛を掛けて、その大きさのギャップを強調しているのです。語感が気持ちいいですね。

ぜひとも声に出してみたいところ。



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そのてはくわなのやきはまぐり【その手は桑名の焼き蛤】むだぐち ことば



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合点承知之助」や「恐れ入谷の鬼子母神」と並んで、今に生き残るもっとも知られたむだぐちです。

「その手は食わない」から東海道桑名と掛け、さらに、ご当地名物の焼き蛤を出しています。「その手」なので、これももともとは将棋からかもしれません。

焼き蛤の代わりに「四日市」「三日市」としている例もありますが、これは土地つながりだけで、しゃれとしての意味はありません。

「そうはいかない」の別のむだぐちには、「その手は食わぬ水からくり猿が臼挽き」「その手でお釈迦の団子こねた」などがあります。

「水からくり……」の方は、からくり仕掛けの子供のおもちゃで、猿が噴水の仕掛けで臼を挽くようになっているもの。

「からくり」→「魂胆はは見抜かれている」という警告と、「水」→「すべてパアになるからむだなこと」という嘲りを含んでいます。



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おおありなごやのきんのしゃちほこ【大あり名古屋の金の鯱】むだぐち ことば



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「おい、本当か」という相手の疑問を受け、「もちろんだ」と強く保証する江戸っ子流。

ここまで調子に乗って軽口を叩かれると、多分に眉唾ものですね。

「大あり」と尾張名古屋の洒落は常番。

それに名古屋城の金の鯱鉾をもう一つくっつけ、話はどんどん大げさになっていきそうです。

「金」を出すことで、「俺っちの言うことは武士の金打だから間違いねえ」とだめ押しする気なのでしょう。

実際には金の鯱鉾は名古屋に限らず、天守焼失前の江戸城にもあったので、なんのことはなく、これは江戸っ子の負け惜しみ。

類似のむだぐちに「大ありさまの五段長屋」があリます。

これは「大あり」と「尾張さま」の洒落。

「五段長屋」は、江戸の市ヶ谷浄瑠璃坂にあった、尾張徳川家の侍長屋。今でいう社宅ですね。

【語の読みと注】
鯱鉾 しゃちほこ
金打 きんちょう:命がけの誓約



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そろそろときたやましぐれ【そろそろと北山しぐれ】むだぐち ことば



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「来た」と「北」を掛け、そこから、京都の北山から降りおろす時雨を出しています。

「北山時雨」はポピュラーな冬の季語。

昭和初期の小唄勝太郎から現代の川中美幸まで、歌謡曲の歌詞にもけっこう取り上げられています。

ここで厄介なのは、「来た山」としゃれる場合、慣用的に意味が複数あることです。

まずは、単純明快に誰かがやってきたの意。

ただ、「そろそろと」が付く場合、単に「そろそろ待ち人がやってきた」というほかに「やっとこっちの思惑通りになってきた、しめしめ」というニュアンスが加わることがあるので、要注意。

次に「腹が来た山」から「急に腹が減った」というスラング。

江戸時代には「腹が減った」ことを「腹が来た」と言いました。時雨は予期せず降ることから。

そこからもう一つ「気まぐれ」の異称にもなりました。

次に、同じ「来た」でも、異性に気があること。

「あいつは俺にきた山」など。

これは「恋心がきざした」ということでしょうが、一説には、京の北山の麓に、昔口寄せの巫女(霊媒)が出没したところから、「口寄せ」→接吻とエロチックな意味が付いたとか。

「北山」のしゃれには、ほかに「北山桜」「北山寒烏」「北山の宝心丹」など、これも多数。

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くれはおけやのたなにあり【くれは桶屋の棚にあり】むだぐち ことば



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くれくれとしつこくねだる相手をこれで撃退。「くれ」と、桶の原材料の材木であるくれを掛けています。

「いいかげんにしておけや」と「桶屋」も掛かっているわけです。

榑なら桶屋の仕事場の棚にあるから、「欲しけりゃそこからかっぱらっておけ」というわけ。

頼む側も断る側も「くれ」のしゃれはけっこうあり、「くれのかね(暮れの鐘=金をくれと掛ける)」、江戸の地名を出した「榑木河岸くれきがし」など。榑木河岸は、旧日本橋榑正町くれまさちょうにあった河岸通りで、中央区江戸橋三丁目付近。

この手のしゃれではるか後年のものでは、東京節(1918年)の替え歌の一節で「なににもくれないクレマンソー」というのがありました。

ベルサイユ講和会議(1919年)で、「クリルくれくれクレムリン」てえのはなかったんですかね。



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けっこうけだらけねこはいだらけ【結構毛だらけ猫灰だらけ】むだぐち ことば



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映画「男はつらいよ」シリーズで、寅次郎の口癖として全国的に有名になりました。

この後、「ケツの周りは糞だらけ」というスカトロじみたセンテンスが付きます。

語呂合わせの典型的なもので、映画のイメージから東京特有のものと思われがちですが、古くから全国各地に流布していました。

『俚言集覧』にも記載され、伊豆、駿河、出雲地方などの用例があります。

まぜっ返しで、「結構」という取り澄ました返辞の言葉尻を取ってあなどるもの。

地方によって、「結構毛だらけ猫の穴」「結構毛だらけ猫穴だらけ」などの変形が見られます。



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こまりいりまめさんしょみそ【困り煎り豆山椒味噌】むだぐち ことば



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「困り入リ(=困り果て)ました」の「入りま」に「煎り豆」を掛け、さらに豆の縁で、大豆の山椒煮から山椒味噌とつなげた、典型的なむだぐち。

意味は「困った」の一言だけで、以下はすべてしゃれでしかありません。

山椒は実が丸くてごろごろしているところから「ころり山椒」の異名があり、そこから「ころりと参った」=なすすべがない、という意味を含ませたのかもしれません。

「困る」のむだぐちも多く、「困った膏薬貼り場がねえ」「困り桐の木」「こまりたこ彦之進」「困り名古屋」「困りの天神」「困りの天満宮」「困り山の重忠」「困るに数の子」と、挙げれば切がありません。

最後のは正月料理の「ごまめ」と「困る」のダジャレ。つくづく神代の昔より、憂き世に悩みの種は尽きまじ、ですね。



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きこうかるかやおみなべし【聞こう苅萱女郎花】むだぐち ことば



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秋を代表する花々を並べた「桔梗苅萱女郎花」のもじり。

「聞こう」を「桔梗」としゃれ、「か」から「刈萱」とつなげ、さらに「おみなべし」を「おみなえし」と続けたものです。それだけ。

「おみなえし」と言わず、あえて別読みの古風な「おみなべし」としたのは、「さあ、聞くべし」という心でしょう。

「おみなべし」「をみなべし」「をみなへし」は中世以前の読み方です。

しゃれことばとしてはシンプルですが、それだけに、典型的なむだぐちのサンプルともなっています。

【語の読みと注】
桔梗苅萱女郎花 ききょうかるかやおみなべし



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うまかったうしゃまけた【うまかった牛ゃ負けた】むだぐち ことば



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ダジャレを使った典型的なむだ口の例で、特に説明の必要もないかと思います。

「牛」の部分は「鹿」になることも。

牛と馬は、農村の二つの大きな柱で、ことわざや慣用句でもよく比較されます。

「牛を馬に乗り換える」「馬を買わんと欲してまず牛を買う」など。

いずれの場合にも牛は二番手扱い。

迅速と鈍重。イメージの差でしょうか。

古く、児童の遊戯で「馬か牛か」というのがありました。

下駄か草履をコイン代わりに投げ上げ、表か裏かを当てっこする他愛ないものですが、この場合も馬=表、牛=裏でした。



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あたじけなすびのかわっきり【あたじけ茄子の皮っ切り】むだぐち ことば



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関東地方の方言です。

欲が深い、ケチ、あつかましいという意味の「あたじけない」に茄子を掛けたしゃれ。

「皮っ切り」は、皮ばかりで中身が空っぽなこと。

茄子は昔は安価な野菜で貧乏人の象徴とされたので、そのまた切れっ端なら救いようがありません。

ケチで強欲、シャイロックですね。

「あたじけなすび」は「かたじけなすび」の地口でもあります。

後者は「お有り難やの大明神」と同様、ただただ感謝感激、茄子も正月の縁起物の一つでもあったのに、「か」を「あ」に一音変えただけで、ポジがネガになる皮肉です。



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えはなかちょうきりどおし【絵は仲町切通し】むだぐち ことば

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「ええ」という返事のまぜ返し。

こんな具合でしょうか。

「あんた、今日は休みなのかい」
「絵は仲町切通し」

こんなどうでもよいことをわざわざことばにするのも洒落てます。さすがは江戸文化。

「絵は神明前」というバージョンもあります。こんな低レベルなら、いくらでもつくれますね。

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きょろりかんすのおちゃがわく【きょろり鑵子のお茶がわく】むだぐち ことば



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「きょろりかん」「きょろりんかん」はあっけにとられ、呆然とすること、またはなにが起きてもあっけらかん、けろりとしていること。

ことば尻の「かん」から鑵子=薬罐につなげ、さらに「お茶がわく」で、「へそが茶をわかす」の意味を効かせています。

ややニュアンスに違和感はあるものの、前者の意味で「あきれけえって物が言えねえ。お笑い草だ」となるでしょう。

別解釈では、ぼうっとしていて薬罐の茶がわいても気が付かない、とも。

鑵子は江戸では薬罐ですが、上方ではもっと大きな茶釜のこと。

どちらにせよ、意味は変わりません。

類似のむだぐちに「きょろりが味噌をなめる」「きょろりが味噌をねぶる」がありますが、こちらは第二の意味でポーカーフェイス、鉄面皮のたとえです。



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うるさいのかじばおり【うるさいの火事羽織】むだぐち ことば



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「うるさい」というときのむだぐち。

ただ、それだけです。

火事場織とは、防火用として、大名などが着たラシャや革製の羽織をさします。

陣羽織ともいいます。

これは、身分のたかい人が着るものです。

羽織の種類は多岐にわたり、その羽織でどんな階層の人がわかるようになっていました。

たとえば、こんなかんじです。

袖丈よりも羽織丈の短い若衆の蝙蝠羽織。

市井の老人が着た袖無羽織=甚兵衛羽織。

袖丈と袖口が同じ長さの広袖羽織。

腰に差した刀や馬に乗る武士のための、腰から下が割れている背割羽織=打裂羽織。

幕末の洋式訓練に用いた筒袖羽織。

という具合に、使い方や階級・身分によって、その形態や素材など、さまざまでした。



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いたみぎんざん【痛み銀山】むだぐち ことば



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「痛み入る」のしゃれことば。

「石見銀山ねずみ捕り」は、江戸時代、石見国(島根県)笹ヶ谷鉱山で銅などといっしょにに採掘された砒石(硫砒鉄鉱、砒素などを含む)を焼成してできた殺鼠剤(ねずみ捕り)です。主成分は亜ヒ酸。

これを「石見銀山」とか「猫いらず」とか呼んでいたもので、全国的に使われていました。

「石見銀山ねずみ捕り」を「痛み銀山寝ずに取り調べて」などとも言ったりしています。式亭三馬「忠臣蔵偏癡気論」にも。

使い方はいろいろです。



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うそをつきじのごもんぜき【うそを築地のご門跡】むだぐち ことば

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「ええ、うそをつきゃあがれ」と軽く相手を突き放すときの軽口。

「うそをつく」と、江戸の地名の築地を掛け、さらに、その地にある本願寺とつなげています。

「うそを築地」と切ることも。

「門跡」は幕府が制定したもので、出家した皇族が住職を務める格式の高い寺院のこと。築地本願寺は西本願寺(浄土真宗本願寺派の本山)での唯一の直轄寺院です。

門跡に準じる「准門跡」の格ながら、俗にはやはり「ご門跡さま」と呼ばれます。中央区築地の場外市場には「門跡通り」があります。

江戸期にはこのあたりに寺院があったそうです。現在の建物は関東大震災(1923年)で焼失した後、昭和9年(1934)にできたもの。伊藤忠太の設計です。

ですから、旧築地市場一帯が本願寺の境内でした。地名から、このむだぐちは江戸東京限定です。

ほかに「うそを筑紫(つくし)」などとも言いました。

うそつきのむだぐちはけっこう多いもの。

「うその皮のだんぶくろ」「うそばっかり筑波山」……。ご存じ「うそつき弥次郎」などが代表例です。

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いしべきんきちかなかぶと【石部金吉金兜】むだぐち ことば

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人の性情そのものを擬人化した表現。

石と金属で作られているように、とにかくガッチンガッチン、堅餅の焼冷まし。

まじめ一途の堅物で、大阪でいう沈香も焚かず屁もひらず。

遊びも楽しみもまったく知らない、上方落語によく登場する「芸子という粉は一升なんぼや?」という人間を揶揄したもの。

これにさらに「金兜」が付き、リズム的にも強調されてことば遊びの部類になります。

もとは将棋の対局で、駒の金将に掛け、相手の難攻不落の堅陣をこうボヤいたのが始まりとか。

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いただきやまのとびからす【頂き山の鳶烏】むだぐち ことば

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 落語ことば 落語演目 千字寄席 落語あらすじ事典

「ありがた山の鳶烏」とまったく同じパターンで、「いただきます」を洒落て言葉遊びにしただけです。

詳細はその項を参照。ただ、「ありがた山」と併せて補足すると、なんでもかんでも語尾に「山」を付けて「○○山」とするのは、安永年間(1772-81)に流行した通人言葉です。

ただ洒落けを付けるためのもので、「山」自体にあまり意味はありませんが、あるいは「さま」を気取って符牒化したのかも知れません。

「頂き……」自体も変形が多く、「頂き笠の緒」「頂き女郎衆」「頂きの渡せる橋」などがあります。

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ありがたやまのとびからす【ありがた山の鳶烏】むだぐち ことば

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照れを含んだ感謝の意で「ありがたや」の言葉遊び。語尾の「や」から語呂合わせで「やま」、そこから連想で「鳶」「烏」を出しただけです。

「鳶烏」の最初の形は「時鳥ほととぎす」。

「ありがた山」も最初は「ただ取る山」→「待ちかね山」だったのを、ニュアンスを変えて謝礼の言葉になってから、爆発的に流行。「山の」の後付け部分だけでも「桜」「二軒茶屋」「猫」、「呑込山」「出来兼山」と、さまざまなバリエーションができました。

しまいには、現代の子供のおふざけの「蟻が十匹」まで、この系譜は続いています。

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