【仕方中橋神田橋】しかたなかばしかんだばし むだぐち ことば 落語 あらすじ

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「しかたがない」というのと、江戸の中橋を掛けたダジャレ。橋づくしで調子を整えるため、神田橋を出したものです。

中橋は、江戸時代初期まで、日本橋と京橋の中間に掛かっていた橋。

中央区日本橋三丁目と京橋一丁目との境、中央通りと八重洲通りが交差するあたりといわれますが、明暦年間(1655-58)にはもうなくなっていました。

その記憶だけが長く残り、もうとっくに「ない」というところから、「おぼしめしは中橋か」「気遣いは中橋」など「ない」というしゃれによく使われました。

江戸歌舞伎の始祖、中村勘三郎座が寛永元年(1624)に初めてこの橋のたもとで興行したことでも知られます。

神田橋の方も、「なんだかんだでしかたがない」というしゃれが考えられますが、さすがにうがち過ぎかも。

むしろ勘三郎の「勘」と神田の「神」のしゃれを考えた方がまだましそうです。

「しかたない」のほかのむだぐちでは、「仕方(地方、じかた=田舎と掛けた)はあっても親類がない」などがあります。

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