らくごのあらすじじてん うぇぶせんじよせ
[2026年1月17日 土曜日]
旧11月29日 一白 先負 かのとう 女 一粒万倍日
土用
誕生日:春風亭昇羊 桂七福 笑福亭右喬
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落語のあらすじが読めます。
長噺も短咄も珍談も奇説も。
1席をだいたい1000字に。
ぜんぶで500席。
噺の要点と背景とセンスがつかめます。
さあ!
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【茶噺】
某社の歴史ムックを開いたら「警察庁特高警察」と。昭和19年(1944)のようすを記した記事でした。警察庁なんて、戦中にあるわけないでしょ。「そんなことも知らない、ぼけ編集者め、あほんだら校閲者が」と心の中であざけりつつ「内務省」のまちがいだろうと調べてみましたら、びっくりでした。私にとっての新事実が。◆特高とは特別高等警察のことなのですが、これとは別に高等警察というのもあったのだそうです。高等警察は政治警察、特別高等警察は思想警察とすみ分けていました。高等警察は政党の動向察知、選挙取り締まり(干渉)などが主な仕事でしたが、昭和7年(1932)に政党内閣が消滅した関係で、昭和10年(1935)には内務省警保局高等課が廃止され、全国道府県の高等課は情報課や警察部長書記室に引き継がれました。◆かたや、特別高等警察は。こちらは思想担当ですから、治安維持法と表裏一体。怖い存在。ご時世におさかんでした。内務省警保局保安課が全国の特高警察を統制していました。ビビります。ただ、おもしろいことに、この人たち、ゲシュタポのような秘密警察かと思いきや、公刊の『職員録』にも名前が載っていて、秘密でもなんでもなかった。ただの小役人集団でした。敵国スパイや反体制勢力から簡単に察知できるのでした。これも日本敗因のひとつかも。特高は、スパイの多用、拷問、行政執行法の乱用などのイメージが強いのですが、よく考えると、これらは特高の専売特許ではなく、一般の警察もさかんにやっていた普通の作業でした。特高のほうが水の量やローソクの数がちょっと多かった。そんな程度のものでした。◆近所の特高夫婦。戦争が終わると往年の権力は地に落ち、屋台の芋屋さんを営んでしました。ほとぼりがさめると、警察のスパイを請け負うようになりました。スパイをこき使っていた人がスパイをするのですから、似て非なるもの。ご近所さんらは案じていましたら、何度かしくじりをやらかしたのち、クビに。ああ、やっぱり。ざまあみろとせせら笑った人もいたことでしょう。その後はくず芋を細工して飴芋を売り出しました。こちらは売れた。栄えた。町の人は「トッコーのいも屋」と呼び捨てて端銭を投げていました。私の記憶はここらへんからのもの。その前のはおとなたちの立ち話を寄せ集めた私が描いた輪郭です。捨てられて初めて知ったくずの価値、だったのかもしれません。

不思議な構図の歌麿の春画
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