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千字寄席編集部 (古木優/高田裕史)

新円菊、誕生。

新しい円菊となる古今亭菊生師

古今亭菊生ここんていきくしょうが、父親の名跡を継いで「三代目古今亭円菊」を襲名します。

10月31日(日)に上野の鈴本演芸場で襲名披露が行われ、その後、11月1日(月)から10日まで浅草演芸ホール(ただし、昼の部)でトリをつとめるそうです。

新しい円菊は51歳。平成元年(1989)、二代目円菊(2012年没)に入門し、平成14年(2002)には真打ちに昇進しました。

古今亭志ん生が、二ツ目時代に「円菊」と名乗っていたのがそもそものはじまりです。志ん生は15回以上も名を代えたことが、いまでも語り草になっているほどの人。「円菊」はそのうちのひとつでした。債鬼から逃れるための、どうでもよかった名前なのかもしれません。三遊亭円菊ではなく、古今亭円菊であるところがミソです。

志ん生の直弟子だった二代目円菊は、世間的にはどちらかといえば爆笑落語家にくくられていましたが、単純にそうともいえません。かんだりとちったりするのも芸のうちのような風情で、芸なのかふらなのかよくわからないかんじの人でした。でも、それがみごとに自家薬籠中のものとなって、聴きたくなる芸風だったのです。本名は藤原淑、静岡県島田市の出身。地元で一度は就職したものの、このままでは終わりたくない一心で落語の世界へ。なんともすがすがしく、明るくて気持ちのよい人でした。

売れない頃に身に着けた手話や拳闘のレフェリーなどを通して編み出されたものなのか、ひじを直角に曲げた独特のしぐさや、なで肩ふうのぺたぺたした話し方が特徴でした。一度見ると、一度聴くと、不思議に忘れられない落語家として心底に残るのです。得がたいダークホースでした。

支えてくれたのは日蓮宗への篤心だったそうです。刑務所慰問などのボランティア活動や手話落語にも熱心に取り組んだのは、その証しでしょう。菊之丞や文菊など13人の弟子を育て上げ、すぐれた弟子がよく出る一門と評判でした。

読売新聞10月26日付夕刊には、こんなくだりが記されてありました。

今月初めに東京都内で催された襲名披露パーティーで新・円菊は「先代はよく私に『円菊は二ツ目の名前なので、俺で終わりにしたい』と言っていた。親の意に背く気もしていたが、つい先日、柳家小満ん師匠に『あんちゃん、本当の親孝行だね』と言ってもらえて、(先代は)本当は継いでほしかったのだろうと、ようやく気がついた。末には『落語界に三代目円菊あり』と言われる大看板に育てたい」と、先代そっくりの笑顔で意気込みを語った。

ジンときます。新しい円菊、たのしみです。

(10月27日 古木優)

■三代目古今亭円菊プロフィル
昭和45年(1970)7月19日生まれ。本名は藤原浩司。落語協会所属。出囃子は「武蔵名物」。定紋は「鬼蔦」「裏梅」。父親は二代目古今亭円菊。安田学園高校卒後、円菊に入門、九番弟子に。昭和63年(1988)3月31日、池袋演芸場で「道具屋」で初高座。平成元年(1989)4月1日に金原亭桂太と楽屋入り。前座名は菊司。古今亭志ん弥門下で修行しました。1992年11月1日に古今亭菊若、金原亭桂太と二ツ目昇進して「菊翔」に改名。平成14年(2002)3月21日に林家彦いち、入船亭扇辰、三遊亭金八、鈴々舎鈴之助といっしょに真打昇進して「菊生」に改名。

令和3年(2021)10月31日、「三代目古今亭圓菊」を襲名。50日間の披露興行はありません。鈴本演芸場10月余一「菊生改メ三代目古今亭圓菊襲名披露」、浅草演芸ホール11月上席恒例の「二代目古今亭圓菊追善興行」で「二代目古今亭圓菊追善・三代目古今亭圓菊襲名記念興行」としてトリ。鈴本演芸場11月中席「百日寄席 上野街笑賑」で主任、池袋演芸場11月下席の古今亭菊太楼の芝居ではひざ前の位置に。

名前は、二代目古今亭円菊の「菊」と五代目古今亭志ん生の「生」で「菊生」が由来です。安田学園高校の先輩には立川龍志、後輩には九代目春風亭柳枝がいます。古今亭志ん橋、金原亭馬生、三遊亭円丈、林家正蔵などがお仲間のようです。古今亭菊丸、入船亭扇遊とはそれぞれ二人会を開いています。前座仲間は、林家たい平、三遊亭丈二など。落語協会サーフィン部部長で、部員は春風亭一左、三遊亭美るく。趣味はサーフィン、バス釣り、へら鮒釣り、パンク、ジャズ。浅草演芸ホール8月中席での住吉踊り連に所属しています。師匠譲りでしょうか。「七段目」「唐茄子屋政談」「錦の袈裟」「粗忽の釘」など。

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 敬称略。