天はえこひいきすることなく、ひたすら徳をもった人にだけ援助するものだ、という意味。
「皇天」は広い天の意味で、天に敬称をつけた表現です。「皇」には「おおらかな」「広い」のニュアンスがあります。日本の「天皇」につながる語感です。
中国の「天」は、神のような意思をもちながらも茫漠とした存在です。天の仕業は人間には結果しか見えません。愛とか救済とかはないのです。人間の行いをたまに手伝うくらい(愚公山を移す、とか)。
初出は『書経(尚書)』から。孔子が編纂したとされる史書。彼の地最古の書です。
このことばが、いま注目されているのは、「VIVANT」最終回(2023年9月17日放送)でのシークエンスにあります。
実子の乃木憂助(堺雅人)に倒されたノゴーンベキ(=緑の魔術師、役所広司)。
彼を葬るにあたって、バルカの次男ノコル(二宮和也)が電話で「墓はバルカに建てさせてほしいが、かまわないか」と、日本にいる長男の憂助に尋ねます。
憂助はすかさず「皇天親なく、ただ徳をこれ輔く。花を手向けるのはまだ先にするよ」と返しました。
これを聴いたノコルの表情は、少々険しかったように見えました。
じつはこのことば、故事成語の中では上級です。中型漢和辞典の代表格は『漢辞海』(三省堂)、『漢字源』(学研)、『新字源』(KADOKAWA)あたり。そのいずれにも載っていません。読売新聞の過去40年間の記事にも出てきません。記者にはちょっと無理でしょう。われわれの生活ではまず使うことはない。知ることなしに人生を閉じてもどうってことない。志ん生がよく言う「シャツの三つ目のボタン」というやつ。あってもなくてもよい。そんなかんじのことばなんですね。
知っていれば、人生豊かになるかもしれませんが、相手に言ってみたところでも通じない。これでは会話が成り立ちません。
ノコルも意味がわからなかったのでしょう。「花を手向けるのはまだ先にするよ」にいたってはじめて、憂助の真意を解せたかんじです。
ベキらが上原史郎(橋爪功)の自宅で憂助に倒されたにもかかわらず、その後、上原宅が全焼し、そこから三つの遺体が。
「スス同然で発見されました」と公安の野崎(阿部寛)が上原に報告し、上原は「そんなウソがまかり通るのか」とぼやいています。公安、ではなく、別班の仕業ですかね。
現場に居合わせた上原なのに、その件については言及を避けます。ベキが上原を狙ったのは40年前の私怨によるものだったことがわかり、うしろめたさが噴出したからなのでしょう。
ベキを倒した憂助。別班の任務。でも、しっかり親殺し。ベキの「死」をみとったのは憂助だけでした。ベキは死んだのか、生き残ったのか。「VIVANT」のこれまでの流れから見れば、そうとうにあやしい。
ベキは生きている。ならば、配下のピヨ(吉原光夫)も、バトラカ(林泰文)も。
ということは、このドラマは続編がある、ということです。
ベキは十二分に徳を抱いた人です。この成語にふさわしい人物でしょう。殺人集団の親玉でありながらも、その徳は「天」も黙っちゃいられないほどなのです。
われわれは、「VIVANTの最終回は?」でドラマの結末を予想しました。
テントの壊滅(→実は解体)、ベキの死(→実は生きている?)、ノコルの死(→たしかに生きている)、ピヨの死(→実は生きている?)、バトラカの生存(→実は生きている?)、ベキと憂助の親子の絆(→かたく結ばれたかんじ)、憂助の除隊(→実は辞めていない)……というぐあいに。
大筋では当ててますが、細部は予想外も。まあ、60点程度でしたかねえ。
テントの派手な爆死がなかったのは、最終回にいたって、制作費が枯渇したからでしょうか。最終回は動的描写があまりにもなかった。企業と政府の買収劇など、半沢直樹もどきがメインで。バルカくんだりでこんな屋内劇を見せられてもねえ。意外にしょぼかった。
「復讐して」。明美が放った断末魔のささやきは、ベキの心に40年間たゆとうていました。
ただ、復讐すべき相手が、かつて乃木卓(→ベキ)の上司である上原史郎(警視庁公安部外事課課長→内閣官房副長官)だった、という、このオチ。
これも正直、意外にしょぼかったです。
上原が内閣総理大臣に出世していたなら、大いに復讐し甲斐もあって、おもしろかろうものを。官僚出の官房副長官では、ちょっとねえ。
ここまで引っ張ってきて、土壇場のダウンサイジングはなんたること。ぽかーん。
最後に。
丸菱商事財務部の太田梨歩(飯沼愛)の正体。じつは世界で暗躍する天才的な凄腕ハッカー、ブルーウォーカー(blue@walker)でした。
第4回では、太田が送金プログラムを改竄していたのが明るみになりました。
警視庁公安部が踏み込んだ太田の自宅からの押収品の中には、なんと、八代目桂文楽(並河益義、1892.11.3-1971.12.12、黒門町、実は六代目)の『文楽全集』(小学館)や『昭和の名人 古典落語名演集20 五代目古今亭志ん生』(キングレコード)などがあったのです。
そのCD群の一枚に隠されていたハッキング記録を、野崎が発見。あの刹那、この子(飯沼愛)はホントに落語ファンなのかい、と落語ファンの視聴者はいぶかしんだものです。
でも。
最終回では、彼女の作業部屋から「一丁入り」が流れていました。これにはビックリ。
言わずと知れた、五代目古今亭志ん生(美濃部孝蔵、1890.6.5-1973.9.21)の出囃子です。気が緩みます。
彼女はやはり、モノホンの落語ファン、それも本寸法のしんぶんマニア(志ん生と文楽のファン)とお見受けしました。上原のしょっぱい肩透かしは、むしろ太田のたっぷり好みに救われたかんじでしたね。
ウルトラセブンといい、ハリポタといい、「VIVANT」全編を通じての、この手の小物アソビは雲に御す喜びでした。
続編では何が出てくるのでしょう。待ち遠しいですね。