たてかわ しえん【立川 志ゑん】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語立川流
【入門】1999年4月、立川志らくに
【前座】1999年8月、立川らく八
【二ツ目】2012年4月、立川志奄 19年5月、前座に降格 19年7月、二ツ目復帰
【真打ち】2021年9月、立川志ゑん
【出囃子】鳩ぽっぽ
【定紋】丸に左三階松
【本名】後藤貴雄
【生年月日】1974年6月24日
【出身地】横浜市
【学歴】県厚木西高校→駒澤大学経済学部
【血液型】AB型
【ネタ】
【出典】立川志ゑんWiki 立川志ゑんTwitter 立川志ゑんFB 立川志ゑん 落語立川流HP
【蛇足】厚木市飯山在住。読売新聞(神奈川版)2022年5月13日付で『現代落語論其の二』を評価

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

さんゆうてい えいらく【三遊亭 栄楽】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】五代目円楽一門会
【入門】五代目三遊亭円楽(吉河寛海、1932-2009)に、三遊亭栄楽で
【前座】1984年4月
【二ツ目】1986年3月
【真打ち】1991年10月
【出囃子】丘を越えて
【定紋】三ツ組橘
【本名】川上昭光
【生年月日】1959年12月16日
【出身地】福岡県嘉麻市
【学歴】皇學館大学文学部神道学科
【血液型】O型
【ネタ】百川
【出典】三遊亭栄楽二輪車 三遊亭栄楽Wiki 三遊亭栄楽ブログ 円楽一門会HP
【蛇足】神職資格。お伊勢参り。

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

せきせきてい ももたろう【昔昔亭 桃太郎】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】五代目春風亭柳昇(秋本安雄、1920-2003)に
【前座】1966年6月、春風亭昇太
【二ツ目】1969年4月、とん橋。72年、春風亭笑橋
【真打ち】1981年10月、三代目昔々亭桃太郎。87年、昔昔亭桃太郎に
【出囃子】旧桃太郎
【定紋】丸に葉敷き桃
【本名】柳澤尚心
【生年月日】1945年5月20日
【出身地】長野県小諸市
【学歴】長野県立埴生高校
【血液型】
【ネタ】裕次郎物語 歌謡曲斬る ぜんざい公社 結婚相談所 御見合中 金満家族 受験家族 世界を斬る 高校番長物語
【出典】落語芸術協会HP 昔昔亭桃太郎Wiki 昔昔亭桃太郎Twitter 昔昔亭桃太郎公式ブログ 
【蛇足】①とにかくビートルズ、ポール・マッカートニー。石原裕次郎も。②「とうちゃん、やくざって、儲かるね」だったかな。

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はやしや たいへい【林家 たい平】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語協会 落語協会常任理事
【入門】1987年春、林家こん平(笠井光男、1943-2020)に
【前座】1988年8月、林家たい平
【二ツ目】1992年5月
【真打ち】2000年3月
【出囃子】ぎっちょ
【定紋】花菱
【本名】田鹿明たじかあきら
【生年月日】1964年12月6日
【出身地】埼玉県秩父市
【学歴】県立秩父高校→武蔵野美術大学造形学部
【血液型】B型
【ネタ】紙くず屋 お見立て 七段目
【出典】林家たい平公式サイト 林家たい平Twitter 林家たい平Wiki 林家たい平YT落語協会HP
【蛇足】日本動物愛護協会理事

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やなぎや こえんじ【柳家 小袁治】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語協会
【入門】五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)に
【前座】1967年2月、柳家マコト
【二ツ目】1972年11月、柳家さん治
【真打ち】1981年9月、柳家小袁治
【出囃子】おはん
【定紋】陰剣片喰
【本名】関根誠
【生年月日】1948年10月12日
【出身地】東京都千代田区
【学歴】都立三田高校
【血液型】A型
【ネタ】金明竹 井戸の茶碗
【出典】落語芸術協会HP 柳家小袁治HP 柳家小袁治Twitter 柳家小袁治FB   
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

やなぎや さんぱち【柳家 さん八】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語協会 落語協会相談役
【入門】1966年6月、七代目立川談志に
【前座】1968年5月、五代目柳家小さん門下で、柳家そう助
【二ツ目】1971年11月、二代目柳家さん八
【真打ち】1981年9月
【出囃子】東雲節
【定紋】蔦
【本名】清水聰吉
【生年月日】1944年10月3日
【出身地】東京都江戸川区平井
【学歴】江東工業高校
【血液型】B型
【ネタ】
【出典】落語協会HP 柳家さん八Wiki  
【蛇足】東京大空襲夜話

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きんげんてい うまのすけ【金原亭 馬の助】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語協会
【入門】1965年6月、初代金原亭馬の助(伊藤武、1928-76)に
【前座】1966年9月、金原亭小馬吉
【二ツ目】1971年11月、駒三郎。76年2月、師の逝去に伴い、十代目金原亭馬生(美濃部清、1928-82)門下に
【真打ち】1981年3月、二代目金原亭馬の助
【出囃子】どうぞ叶えて
【定紋】馬の紋
【本名】松本直夫ただお
【生年月日】1945年12月19日
【出身地】茨城県美浦村
【学歴】東京都立第一商業高校
【血液型】A型
【ネタ】
【出典】金原亭馬の助Wiki 落語協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

さんゆうてい うたじ【三遊亭 歌司】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語協会
【入門】1964年4月、三代目三遊亭円歌(中澤信夫、1932-2017)に。当時は二代目三遊亭歌奴だった
【前座】1965年、三遊亭歌二
【二ツ目】1971年11月、三遊亭歌司
【真打ち】1981年3月
【出囃子】ちゃっきり節
【定紋】中陰片喰
【本名】大倉顕彦
【生年月日】1946年4月11日
【出身地】東京都青梅市
【学歴】八王子実践高校
【血液型】O型
【ネタ】親子酒 妾馬 宮戸川 野ざらし 代わり目 蜘蛛駕籠
【出典】三遊亭歌司Wiki 三遊亭歌司Twitter 三遊亭歌司YT 落語協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

やなぎや ごんたろう【柳家 権太楼】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語協会 落語協会相談役
【入門】五代目柳家つばめ(木村 栄次郎、1928-74)に
【前座】1970年4月、柳家ほたる 74年9月、つばめの逝去に伴い、五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)門下に
【二ツ目】1975年11月、柳家さん光
【真打ち】1982年9月、三代目柳家権太楼
【出囃子】金毘羅舟々
【定紋】丸にくくり猿
【本名】梅原健治
【生年月日】1947年1月24日
【出身地】東京都北区滝野川
【学歴】明治学院大学法学部
【血液型】A型
【ネタ】代書屋 長短 不動坊 火焔太鼓 三枚起請 など
【出典】柳家権太楼公式サイト 落語協会HP 柳家権太楼Wiki 柳家権太楼Twitter 
【蛇足】①1982年5月23日、快晴の代々木公園。はやりの「ダイ・イン」をしたくてむらくもはせ参じた労働者を前に、マイク握っていた男女の司会者。そのかたわれが権太楼に羽化する直前のさん光さんでした。クルーカット(今も)、紺ブレにチノパン、スリッポンといった出で立ちで、なんだかスマートでカッコよかったなあ。まるで『の・ようなもの』から飛び出してきたような。あの紺ブレもKENTかな。あれから40年。矢のごとし。②じつは「昔昔亭桃太郎」の名跡が本命だったんだとか(本人の弁)。③倍賞美津子さんと滝野川第一小学校→紅葉中学校で同学年だったという話は有名ですね。ちなみに、滝野川第一小学校と滝野川第七小学校は統合されて、平成26年(2014)から田端小学校となりました。「タキイチ」と「タキシチ」、両校とも聞き違いや言い違いが多かったのです。「タバタ」で解消されました。さらに、紅葉中学校も滝野川中学校と統合されて、平成21年度(2009)から滝野川紅葉中学校となりました。

 

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

柳家さん吉、逝く

柳家さん吉師匠が、2022年2月15日、心不全で亡くなりました。84歳でした。

柳家やなぎやさん吉。1938年1月18日-2022年2月15日。落語協会。新潟県村松町(五泉市)出身。本名は榑井昌夫くれいまさお。地元の高校を卒業後、昭和32年(1957)6月に五代目柳家小さんに入門。前座名は「柳家小二三」。昭和35年(1960)11月、二ツ目に。柳家小三郎に改名。昭和37年(1962)、「柳家さん吉」に改名。

昭和48年(1973)3月、三升家勝弥(七代目三升家小勝、1937-92、安達勝美)、橘家円平(1931-2020、阿部雄厚)、三遊亭さん生(川柳川柳、1931-2021、加藤利男)、三代目吉原朝馬(1930-78、西澤貞一)、柳家小のぶ(1937-、本田延吉)、柳家かゑる(十代目鈴々舎馬風、1939-、寺田輝雄)、三升家勝二(八代目三升家小勝、1938-、小林守巨)、桂小益(九代目桂文楽、1938-、武井弘一)、林家枝二(七代目春風亭栄枝、1938-2022、天津征)とともに、計10人で真打ちに。

2022年2月9日に亡くなった七代目春風亭栄枝師匠とは、1973年の大量真打ち昇進でお仲間でした。奇しくも同じ月、日をおかずに亡くなったことになります。

春風亭栄枝、逝く

春風亭栄枝しゅんぷうていえいし、83歳。本名は天津征あまつただし。2月9日、急性腎障害で亡くなりました。東京都豊島区西巣鴨の出身。1957年3月、八代目春風亭柳枝に入門。前座名は春風亭枝二。師匠の没後、八代目林家正蔵門下(彦六)に移って林家枝二に。73年10月、真打ちに昇進。83年7月、七代目春風亭栄枝を襲名しました。ジャズばかりか狂歌や都々逸にも詳しく、『蜀山人しょくさんじん狂歌ばなし』(三一書房、1997年)がありました。弟子に春風亭百栄師匠がいます。

談志が新春ドラマに

BS笑点ドラマスペシャル「笑点をつくった男 立川談志」が放送されます。BS日テレで、2022年1月2日(日)19時から。

放送55年を超えた日本テレビ系の番組「笑点」。その原型を作ったのは、立川談志でした。ドラマでの談志役は駿河太郎が演じます。2017年来のこと。この方、笑福亭鶴瓶師匠のご子息なんですね。岩崎のスポ魂おやじ役とかで記憶に新しいんですが。

「笑点」というタイトルは、当時、大人気だった三浦綾子みうらあやこの『氷点ひょうてん』から命名された本歌取りなのですが、いまや三浦綾子も『氷点』も忘れ去られた時代となってしまいました。名付け親は柳原良平だったとか。こちらも過去の人ですね。

あの頃の世間では「氷」や「点」がつく名前がなにかと多かったように記憶しています。布施明の「霧氷」とかありました。ブームだったんですね。

「笑点」が人気番組となった頃には、とうの談志は司会を降板してしまいます。1966年5月15日から69年11月2日まで。でも、けっこうやってましたねえ。

ドラマは、「笑点」とのかかわりを軸に、稀有な天才落語評論家、立川談志の半生が描かれるそうです。わくわく。

繁昌亭大賞、笑福亭たま

【RIZAP COOK】

上方落語協会によれば、天満天神繁昌亭で年間を通じていちばん活躍した中堅の落語家に贈る「第16回繁昌亭大賞」に、笑福亭たま師を選んだとのことです。12月23日のことです。

笑福亭たま師は大阪府貝塚市出身の46歳。本名は辻俊介。京都大学経済学部を卒業して、1998年(平成10)、笑福亭福笑師匠に入門しました。

意識してネット配信を取り入れた「電脳落語会」や、若手中心の公演「落語フォー・ザ・フューチャー」を企画するなど、コロナ禍で厳しい状況が続く上方落語界をにぎやかに盛り上げたことが、大きく評価されたそうです。

奨励賞は、桂阿か枝師、林家染左師のお二人で、ともに50歳。表彰式と記念落語会は、2022年3月1日に行われます。

三遊亭円丈、逝く

【RIZAP COOK】

2021年11月17日、「新作落語のカリスマ」の異称をもつ三遊亭円丈(本名、大角弘)師匠が、心不全でお亡くなりになっていました。76歳でした。

名古屋市瑞穂区出身。昭和39年(1964)、六代目三遊亭円生師匠に入門。昭和53年(1978)に真打ちに昇進しました。出囃子は「官女」。定紋は「三ツ組橘」。これは六代目圓生一門の定紋でもあります。一門中六人抜きで真打ちに昇進したときには、円生師匠がつきっきりで回ったそうです。それほどの才能の持ち主だったのですね。信じがたいことですが。
『小説・落語協団騒動記』(金原亭伯楽、本阿弥書店、2007年)では、騒動のさ中、いろんなところでいろんな情報をこちょこちょまき散らす落ちつきのない落語家のように描かれていました。自著『御乱心』とはようすが違っていました。

転宅、残念

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柳家小三治師匠がお亡くなりになりました。10月7日。寂しいもんです。BS-TBSでは、落語研究会でかつて小三治師匠があげた「転宅」を放送するというのを知って録画しました。なんせ深夜の放送でしたから、翌日見たところ、なんと柳家花緑師匠が出ていました。まずい顔だなあ、という苦い印象だけでしたが、あれはいったいなんだったのでしょうか。こんな局面(放送局と掛けている)で羊頭狗肉をひっさげてもしょうがないとは思うのですが。残念です。

柳家小三治のプロフィル
1939年12月17日~2021年10月7日
東京都新宿区出身。出囃子は「二上がりかっこ」。定紋は「変わり羽団扇」。本名は郡山剛藏こおりやまたけぞう。1958年、都立青山高校卒業。同学年に女優の若林映子わかばやしあきこ、一学年下には仲本工事と橋爪功。ラジオ東京(現TBS)「しろうと寄席」で15週勝ち抜いて注目されました。59年3月、五代目柳家小さんに入門。みんなが納得したそうです。前座名は小たけ。63年4月、二ツ目昇進し、さん治に。69年9月、17人抜きの抜擢で真打、十代目柳家小三治を襲名。76年、放送演芸大賞受賞。79年から落語協会理事に。81年、芸術選奨げいじゅつせんしょう文部大臣新人賞受賞。2004年に芸術選奨文部科学大臣賞を、05年4月、紫綬褒章しじゅほうしょう受章。10年6月、落語協会会長に。14年5月に旭日小綬章きょくじつしょうじゅしょう受章。6月、落語協会会長を勇退し、顧問就任。10月、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。21年10月2日、府中の森芸術劇場での落語会で「猫の皿」を演じました。これが最後の高座に。10月7日、心不全のため都内の自宅で死去。81歳。戒名は昇道院釋剛優しょうどういんしゃくごうゆう。浄土真宗ですね。69年に結成された東京やなぎ句会の創設同人の一。俳号は土茶。

小三治師匠が得意とした主な演目(順不同)

花見の仇討ち」「もう半分」「宿屋の富」「大山詣り」「三年目」「堪忍袋」「船徳」「不動坊火焔」「睨み返し」「長者番付」「粗忽の釘」「子別れ」「お化け長屋」「藪入り」「鹿政談」「芝浜」「三軒長屋」「蛙茶番」「死神」「お神酒徳利」「厩火事」「千両みかん」「小言幸兵衛」「あくび指南」「うどん屋」「癇癪」「看板のピン」「金明竹」「小言念仏」「大工調べ」「千早ふる」「茶の湯」「出来心」「転宅」「道灌」「時そば」「鼠穴」「初天神」「富士詣り」「百川」「薬缶なめ」「蝦蟇の油」「一眼国」「二人旅」「お直し」「湯屋番」「明烏」「たちきり」「五人廻し」「山崎屋」「禁酒番屋」「品川心中」「鰻の幇間」「青菜」「野ざらし」「二番煎じ」「粗忽長屋」「猫の皿」「厩火事」など。柳家なのか三遊亭なのか、演目だけでは判断つきません。晩年は滑稽噺ばっかりでした。 まくらが異様に発達進化したのは、柳家の芸風に由来するのではないでしょうか。「小言念仏」(マクラが魅力) 「千早ふる」 (細部まで小さん流) 「転宅」、また聴きたいです。

(古木優)

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柳家小三治、逝く 

青山高校の12月生まれ同士

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柳家小三治師匠が亡くなりました。残念です。9月25日、テレ東系「新美の巨人たち」で新宿末広亭が特集された折、ちょっとだけですが、登場していて、この演芸場のの空間を気持ちのいいほどほめちぎっていました。お声がちょっとヘンだなあ、なんて思いましたが、あれが見納めでした。寂しいもんです。

高田馬場のあたりをうろうろしていた頃、手塚治虫、楳図かずお、天本英世なんかをよく見かけました。小三治師匠も。ムトウとかで。1980年前後の話です。

永六輔が仕切るNHKのテレビ番組にも出ていました。物故の名人上手のものまねなんかやって客を笑わせ、「こんなことやってるから、あたしゃ、出世が遅れたんですな」なんて、ひとりごちていました。小ゑんにいじめられてたんでしょうかね。

83年頃、土曜日の午後、FM北海道の師匠のオーディオ番組をよく聴きました。師匠は相当な音マニアで、ジャズを中心に、たまにはクラシックやボサノバも。私的には、藤岡琢也をもしのぐものすごさでした。

89年春、ある人の病気見舞いで聖路加国際病院に赴いた朝。道端にでっかいバイクを横付けして、病院に入るところをお見掛けしました。あれは、私のようにどなたかのお見舞いのためだったのか、あるいはご自身の定期診察ででもあったのか。細身に黒ずくめのそのスタイルは永六輔にも似て、どこか洗練されていて素っ気なくて、あこがれを抱く光景でした。六代目林家正蔵のスタイルをまねていたのを、後日知ったときにはホント、びっくりしました。

どこまでも、すっとぼけた、ものまねにたけた、さりげなさを最良とする噺家さんだったのですね。

以前、雲助師匠だけが迫っているもんだと思い込んでいました。その視点は間違いではないと思うのですが、両者の差異は大人と子供くらいあったように感じます。「しろうと寄席」で15週勝ち抜いた果てに、「大学に進まず落語家に入門する」という爆弾発言で、番組ファンは「誰に入門するのか」注目していたそうです。

1959年のことですから、文楽、志ん生、三木助、円生、正蔵などなど、あまたの名人上手がわんさか。わんさかの中から小さんを選んだのは慧眼だったのかもしれません。兄弟子に小ゑんがいたことが少なから不幸だったのでしょうけど。それでも天才の器がまったく違っていました。小ゑんは天災でしたか。

若林映子あきこさんとは同じクラスだったのかどうか、いまだわかりませんが、同窓だったことはたしかです。ウッディ・アレンの監督第一作は若林映子さん主演のものでした。ビックリです。むちゃくちゃな映画でしたが、アレンはアジアン・ビューティーが大好きなんですね。彼女は12月14日、師匠は12月17日。お二人とも近いお生まれです。最後に。これほど余韻を帯びた噺家、もういません。志ん朝が逝ってちょうど20年。ともに贅言せずとも客を笑わせる噺家でした。小ゑんとは根底が違っていたようです。

柳家小三治のプロフィル
1939年12月17日~2021年10月7日
東京都新宿区出身。出囃子は「二上がりかっこ」。定紋は「変わり羽団扇」。本名は郡山剛藏こおりやまたけぞう。1958年、都立青山高校卒業。同学年に女優の若林映子わかばやしあきこ、一学年下には仲本工事と橋爪功。ラジオ東京「しろうと寄席」で15週勝ち抜いて全国的に注目されました。59年3月、五代目柳家小さんに入門。前座名は小たけ。63年4月、二ツ目昇進し、さん治に。69年9月、17人抜きの抜擢で真打、十代目柳家小三治を襲名。76年、放送演芸大賞受賞。79年から落語協会理事に。81年、芸術選奨げいじゅつせんしょう文部大臣新人賞受賞。2004年に芸術選奨文部科学大臣賞を、05年4月、紫綬褒章しじゅほうしょう受章。10年6月、落語協会会長に。14年5月に旭日小綬章きょくじつしょうじゅしょう受章。6月、落語協会会長を勇退し、顧問就任。10月、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。21年10月2日、府中の森芸術劇場での落語会で「猫の皿」を演じました。これが最後の高座に。10月7日、心不全のため東京都内の自宅で死去。81歳。戒名は昇道院釋剛優しょうどういんしゃくごうゆう。浄土真宗ですね。69年に結成された東京やなぎ句会の創設同人の一。俳号は土茶どさ

郡山剛蔵くんを大きく舵切りさせた「しろうと寄席」は、聴取者が参加するラジオ公開放送演芸番組です。一般の聴取者が得意の芸を披露して、プロの審査員に評定され、番組が進行します。ラジオ東京(JOKR、現TBSラジオ)で昭和30年代前半に放送されました。ちなみに、一般人が放送に参加できるようになったのはNHK「素人のど自慢」が初めて。戦前ではあり得ないことでしたから、民主日本の画期でした。「しろうと寄席」もこれに倣ったのですね。放送期間は1955年3月9日~62年10月29日。番組開始時では大正製薬の単独提供だったのが、終了時には日電広告に。開始時では毎週水曜21時30分~22時。終了時では毎週月曜14時10分~15時に。司会は牧野周一(声帯模写)。審査員は、桂文楽(落語)、神田松鯉しょうり(講談)、コロムビアトップ・ライト(漫才)。主な出身者には、牧伸二(ウクレレ漫談)、柳家小三治、入船亭扇橋(落語、俳号光石)、片岡鶴八(声帯模写、片岡鶴太郎の師匠)など。フジテレビで昭和40年代前半に放送されたテレビ番組もありますが、これは別番組です。

小三治師匠が得意とした主な演目(順不同)

花見の仇討ち」「もう半分」「宿屋の富」「大山詣り」「三年目」「堪忍袋」「船徳」「不動坊火焔」「睨み返し」「長者番付」「粗忽の釘」「子別れ」「お化け長屋」「藪入り」「鹿政談」「芝浜」「三軒長屋」「蛙茶番」「死神」「お神酒徳利」「厩火事」「千両みかん」「小言幸兵衛」「あくび指南」「うどん屋」「癇癪」「看板のピン」「金明竹」「小言念仏」「大工調べ」「千早ふる」「茶の湯」「出来心」「転宅」「道灌」「時そば」「鼠穴」「初天神」「富士詣り」「百川」「薬缶なめ」「蝦蟇の油」「一眼国」「二人旅」「お直し」「湯屋番」「明烏」「たちきり」「五人廻し」「山崎屋」「禁酒番屋」「品川心中」「鰻の幇間」「青菜」「野ざらし」「二番煎じ」「粗忽長屋」「猫の皿」「厩火事」など。柳家なのか三遊亭なのか、演目だけでは判断つきません。晩年は滑稽噺ばっかりでした。 まくらが異様に発達進化したのは、その柳家の芸風ゆえんだったのではないでしょうか。「小言念仏」(マクラが魅力) 「千早ふる」 (細部まで小さん流) 「転宅」 はまた聴きたいです。

(2021年10月7日 古木優)

【柳家小三治 人形町末広の思い出】

2002年7月14日 第27回朝日名人会 有楽町朝日ホール

人形町末広は、慶応3年(1867)に創業して、昭和45年(1970)1月に閉場しました。現在は読売新聞社の子会社が建っています。お隣に「うぶけや」。看板は4人の、当時最高峰の書家が1字ずつ揮毫したそうです。爪切り、しびれます。

落語演目

  【RIZAP COOK】  落語ことば 落語演目 落語あらすじ事典 web千字寄席 寄席

立花隆が思い寄せた「カク」二つ

【RIZAP COOK】

立花隆の本名は橘隆志です。レスラーではありません。嵐の党とも関係なし。20歳のとき、初めて渡欧しました。昭和35年(1960)4月6日から10月12日まで。約半年。長旅でした。

長崎医科大病院で生まれたからか、その頃の彼は「核」に強い関心がありました。広島で開かれた原水爆禁止大会では外国人に片っ端から名刺を配ってまわりました。

ある日、ロンドンで開かれる「第1回学生青年核軍縮国際会議」の招待状が彼の元に。東大2年の彼には渡航費がありません。その頃の東大生はビンボーでした。

同窓の駒井洋(後に筑波大教授、社会学)と茅誠司総長に掛け合いました。この方は核の平和利用指導者です。察した茅総長はその場で読売新聞の正力松太郎社長に電話。こちらは原発の推進者ですが、渡航費は全額、読売が。太っ腹です。

推進者が反対者を援助する。うるわしくもおおらかな時代でした。現地のルポを逐一送ること。それが条件でした。こうして両君はまだ見ぬ欧州の地に飛び立っていったのです。

ところが、結果はさんざん。西欧各国では、被爆の悲劇など誰も理解してくれませんでした。「原爆を落とされたから日本は降伏したんだろう。大戦終結に原爆は役立ったじゃないか」。西洋人のおおかたの認識はそんなものでした。一瞬に20万人が逝ってしまったことなど、彼らにはどうでもよいのです。

2人は、持参した4本の映画を51回にわたって各地で上映し、原水爆の恐ろしさとその禁止を訴えたのですが、芳しい結果は得られませんでした。消化不良のまま、オランダ貨物船ジッセンカーク号で名古屋港に帰ってきたのです。秋でした。

そんな顛末が、1960年10月12日付読売新聞夕刊のコラム「話の港」に載っています。

ということは、この2人、東大生ながらも、6月15日に起こった安保の悲劇には遭遇しなかったことになります。よかったのか悪かったのか。田中角栄、テルアビブ、宇宙体験、脳死、臨死、サル学、東大、香月泰男、武満徹……。彼の登場で日本のジャーナリズムの可能性が変わりました。ダイナミックなスケールで緻密かつ周到な仕上げわざ。そんな仕事ができたのは、ひょっとしてあの事件に寸毫かかわらなかったことが幸いしたのかもしれません。

それと、晩年。フクイチの事故が起こっても核について言及することはありませんでした。勉強不足を理由にしていましたが、彼が書かないのはたんに関心がそれていたからなのでしょう。も、彼にはもう、どうでもよかったのかもしれません。宿題だった「武満徹」の本を出せたことで、もう安堵してあっちへ行けると踏んだのでしょうし。

今では、立花隆といえば「知の巨人」。こんなこっぱずかしいかんむりを、誰が言い出したのでしょう。平成8年(1996)の頃には、彼自身、自分の職業は「勉強屋だ」と言っていました。そんなところじゃないでしょうか。知りたいことをとことん知りたい。勉強屋のいわれはそんなところです。「知の巨人」とはおよそベクトルが違います。

私が彼を評価するとしたら、立花隆は最高のメディア(媒介)だった、ということです。専門家の功績を、とりわけ理系の話題を普通の言葉に言い換えてわかりやすく説明してくれる人、それが立花隆だったのです。まさに勉強屋の所業、ジャーナリストの本分です。彼を超える媒介者(メディア)は日本中どこにも見当たらなかったでしょうし、今も見つからないように見えます。すべてのジャーナリスト垂涎の的です。

さて。その後の立花隆と読売新聞のかかわりは、といえば、恥ずかしいくらいさんざんでした。彼は読売に一度も寄稿していません。異常です。ならば、落語とのかかわりはどうか。うーん、こっちもさんざんでした。上野高校に通ってたっていうのに、鈴本演芸場や本牧亭に一度も足を運ばなかったのでしょうか。ちょっとした異常です。

2021年7月8日 古木優

【RIZAP COOK】

web千字寄席が毎日新聞に

当サイトが毎日新聞「余録よろく」に取り上げられました。朝刊一面に毎日連載されている名コラムじゃないですか。めくってみたら、故戸田ツトム氏や岡孝治氏らのアートディレクションも古さを感じさせることなく健在です。他紙を圧倒しています。毎日新聞、すばらしい!  以下に「余録」を引用させていただきます。

【余録】

熱い湯に「ぬるい、ぬるい」と競って入り…

毎日新聞朝刊 2021年4月28日付

 熱い湯に「ぬるい、ぬるい」と競って入り、あまりの熱さに「口きくな」「動くな!」とそろってせっぱ詰まる江戸っ子である。そのやせ我慢がまんや意地っ張りは「強情灸ごうじょうきゅう」はじめ落語の笑いの源泉となってきた▲明治の新作落語「意地くらべ」も、借金の貸手と借り手がそれぞれ勝手な理屈で意地を張り合うのがおもしろい。その中に出てくる「ネズミの懸賞」とは、当時の東京市が行ったペスト予防のためのネズミの買い上げのことだという▲参考にさせてもらった「web千字寄席」によれば、この施策もむなしく当時の東京ではペストの流行で300人以上の死者が出たという。意地っ張りの落語にも刻まれている江戸―東京の感染症とのたたかいの歴史の一こまである▲「大衆娯楽である寄席は社会生活の維持に必要なものだ」。こう緊急事態宣言下の営業継続を表明した東京都内の寄席4軒と落語家の団体である。もちろん感染対策をとったうえで、芸人らの窮状を背景に投げた意地の一石だった▲これには政府の担当相が再考を促すなど、批判の声が出たのも当然だろう。だがこの江戸っ子譲りの強情、落語ファンの支持ばかりか、政府のコロナ対策への不信や不満も取り込んで予想を超える応援の盛り上がりを見せたのである▲日ごろ落語にお世話になっている小欄だが、今はやはり人出の抑制を求める専門家に従いステイホームをおすすめするしかない。ただ、いつか誰かがとびきりの人情噺にんじょうばなしにするかもしれぬ令和の「強情寄席」だ。

さんゆうてい りゅうらく【三遊亭 竜楽】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】円楽一門会
【入門】五代目三遊亭円楽(吉河寛海、1932-2009)に、三遊亭竜楽で
【前座】1986年1月
【二ツ目】1989年3月
【真打ち】1992年10月
【出囃子】佃
【定紋】三ツ組橘
【本名】柳井淳嘉
【生年月日】1958年9月12日
【出身地】群馬県前橋市
【学歴】南橘中学校→新島学園高校→中央大学法学部
【血液型】
【ネタ】
【出典】三遊亭竜楽公式サイト 三遊亭竜楽Wiki 三遊亭竜楽FB 三遊亭竜楽Twitter 
【蛇足】海外で落語を多言語で

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

しゅんぷうてい あいきょう【春風亭 愛橋】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

しゅんぷうてい でんし【春風亭 傳枝】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

さんしょうてい かりゅう【三笑亭 可龍】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

しゅんぷうてい かのこ【春風亭 鹿の子】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

かつら えだたろう【桂 枝太郎】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

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たきがわ こいた【瀧川 鯉太】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

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たちばなの あんな【橘ノ 杏奈】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

しゅんぷうてい こいし【春風亭 鯉枝】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

さんゆうてい ゆうき【三遊亭 遊喜】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

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ここんてい いますけ【古今亭 今輔】噺家

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【芸種】落語
【所属】落語芸術協会
【入門】
【前座】
【二ツ目】
【真打ち】
【出囃子】
【定紋】
【本名】
【生年月日】
【出身地】
【学歴】
【血液型】
【ネタ】
【出典】落語芸術協会HP
【蛇足】

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席