【短命】たんめい 落語演目 あらすじ
【どんな?】
美人と結婚するとろくなことがないという、ひがみ丸出しのお話です。
別題:長命 長生き
【あらすじ】
大店の伊勢屋。
養子が、来る者来る者、たて続けに一年ももたずに死ぬ。
今度のだんなが三人目。
おかみさんは三十三の年増だが、めっぽう器量もよく、どの養子とも夫婦仲よろしく、その上、店は番頭がちゃんと切り盛りしていて、なんの心配もないという、けっこうなご身分だというのに……。
先代から出入りしている八五郎、不思議に思って、隠居のところに聞きにくる。
「夫婦仲がよくて、家にいる時も二人きり。ご飯を食べる時もさし向かい。原因はそれだな」
八五郎、なんのことだかわからない。
「おまえも血のめぐりが悪い。いいかい、店の方は番頭任せ、財産もある。二人でしょっちゅう朝から退屈して、うまいもの食べて、暇があるってのは短命のもとだ」
「短命って、なんです?」
「命の短いのを短命、長ければ長命」
「じゃあなんですか、いい女だと、だんなは短命なんで?」
「まあ、そういうことかな」
早い話、冬なんぞはこたつに入る。そのうちに手がこう触れ合う。白魚を五本並べたような、透き通るようなおかみさんの手。顔を見れば、ふるいつきたくなるいい女。そのうち指先ではすまず、すーっと別の所に指が触って……。
なるほど、これでは短命にもなるというもの。
三度同じことを言わせて、ようやく納得した八五郎、ついでにお悔やみの言い方も
「悲しそうな顔で口許でぼそぼそ言っていればそれでいい」
と、教えてもらった。
家に帰ると、女房が、早くお店に行け、とせっつく。
その前に茶漬けをかき込んで、というところでふと思いつき
「おい、夫婦じゃねえか。給仕をしろやい。おい、そこに放りだしちゃいけねえ。オレに手渡してもらいてえんだ」
ブスっ面で邪険に突き出したかみさんの指と指が触れ
「顔を見るとふるいつきたくなるようないい女……。あああ、オレは長命だ」
底本:五代目柳家小さん
【しりたい】
腎虚と内損
この噺のようなケースは、江戸時代には「腎虚」とされました。
つまりはアッチの方が過ぎ、精気を吸い取られてあえなくあの世行きというわけです。
男の精水(山田風太郎流だと「精汁」)は「腎水」とも呼ばれ、腎臓が出所と誤って考えられていたことによります。
腎虚と内損は二大道楽病とされ、それぞれ「のむ」「打つ」がもたらす災いです。
三道楽のうち、残る一つの「打つ」の結果は言うまでもなく「金欠病」ですが。
五代目古今亭志ん生の速記でも、隠居が「内損か腎虚とわれは願うなり、とも百歳も生きのびし上」と、言っています。
思わずニヤリ
昔はこの程度でも艶笑落語のうちに入り、なかなか高座には掛けにくかったといいます。
現在は、ちょっと味のあるお色気噺として、普通に演じられます。
まあ、オトナの味わいというのか、以心伝心のやりとりは、むしろほほえましく、なかなかよろしいものです。
かつては、五代目古今亭志ん生(美濃部孝蔵、1890-1973)、五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)が得意にしていました。
志ん生は、最後のかみさんとの会話にくすぐりを多く用いるなど工夫し、オチは「おめえとこうしてると、オレは長生きができる」というものでした。
オチから別題は「長命」ですが、噺の全体のプロットからしてやはり「短命」が妥当でしょう。
志ん生のくすぐりから
●その1
隠「二階へ、あの奥さんが上ってゆかァ」
八「ええ、ええ」
隠「二階には、だァれもいないやァ」
八「ええ」
隠「で、短命なんだよ」
八「二階にだァれもいないで、短命ですか」
隠「そうだよ」
八「二階から、落っこちたんですかァ」
●その2
八「え、二階に上ろうじゃねえか」
女「家にゃァ二階はないよ」
八「じゃあ、屋根へ」
【語の読み】
大店 おおだな:大商店
腎虚 じんきょ:房事過度で起こる衰弱症
精水 せいすい:精液
腎水 じんすい:精液
内損 ないそん:酒による内臓障害、主に肝の病