【昭和元禄落語心中】知る あらすじ
落語と「死」
雲田はるこによる漫画作品です。
「ITAN」(講談社)2010年零号(創刊号)~16年32号に連載されていました。
第17回2013年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、第38回(2014年度)講談社漫画賞一般部門、2017年第21回手塚治虫文化賞新生賞をそれぞれ受賞しています。
落語漫画の傑作ですね。
テレビアニメは、第1期が2016年1月~3月に放送され、第2期が17年1月~3月に放送されました。
両期とも主題歌は椎名林檎の作品でした。第1期は「薄ら氷心中」第2期は「今際の死神」。
ともに、原作の真意をたっぷり汲み取った楽曲です。
楽しめます。
2018年にはNHKでテレビドラマ化されました。10月12日~12月14日、NHK総合「ドラマ10」。
全10回。ドラマに登場した落語の演目を列挙してみましょう。
★
第1回
「死神」
「たちきり」
「野ざらし」
「出来心」
「鰍沢」
第2回
「寿限無」
「たらちね」
「品川心中」
「黄金餅」
「あくび指南」
第3回
「夢金」
第4回
「居残り佐平次」
「死神」
第5回
「子別れ」
「野ざらし」
第6回
「あくび指南」
「野ざらし」
「明烏」
「芝浜」
第7回
「野ざらし」
第8回
「錦の袈裟」
「大工調べ」
「あくび指南」
「芝浜」
「寿限無」
第9回
「出来心」
「錦の袈裟」
「品川心中」
「たちきり」
第10回=最終回
「明烏」
「芝浜」
「死神」
「寿限無」
「野ざらし」
ざっと見てわかる通り、全10回放送のうち 「野ざらし」が 5回も登場しています。
これは、有楽亭助六(山崎育三郎)のおはこということになっているからです。
そればかりではないでしょう。
ドラマの進行と「野ざらし」が、暗示的に絡み合っているように見えます。
それと 「死神」が3回。
この物語の通奏低音として「死」が見え隠れしています。
落語と「死」。笑いを求める落語になんで「死」なのか。
不思議に思えるかもしれませんが、三遊亭円朝の作品にひとつにでも触れれば氷解します。
落語と「死」。この取り合わせ、悪くない。
落語の笑いと「死」はいつも背中合わせでいるのです。
背中合わせ。
そう、これは九鬼周造に言わせれば、「いき」のサンプルなのだそうです。
男と女が仲良く手をつないでいるのは「いき」ではないのですね。
背中合わせの男女こそ「いき」とされるのです。
落語は「いき」でなくてはいけません。
「昭和元禄落語心中」が落語と「死」の背中合わせというのなら、これはもうりっぱに「いき」を描いていることになる、と言えるのではないでしょうか。
「いき」には「はかなさ」「むなしさ」が漂うもの。
あやういもんです。
一見はなやかに見えるものの奥には、じつは「死=無」を暗示させる闇の奥が潜んでいるようなのですね。
そんなことを無性に感じさせてくれる物語が「昭和元禄落語心中」なのだな、と私は思っています。
いくつか生まれた落語がらみの創作の中でも、とびきりの傑作です。
というような話を、知り合いの売れっ子作家に振ったのですが、彼はまったく理解しようとしませんでした。
落語はただ笑うだけのもの。それで十分。
と。なんと味気ない。
才能を持て余した野郎どもが噺の世界にしがみついてきたのは、笑わせるだけのものでもありますまい。
ここにいなければ俺は死んじまう。
そんなやからもいたはず。
死の直前ににやりとするやつ。
この手もかならずいる。
今わの際でなぜ笑う。
知りたい、その心根。
そういう心情を汲みとりたいものです。
古木優
おついでに
2022年10月、フジテレビ系列で『エルピス-希望、あるいは災い-』というドラマが放送されました。
演出は大根仁、脚本は渡辺あや、プロデユーサーは佐野亜裕美(カンテレ)。主演は長澤まさみ、真栄田郷敦、鈴木亮平。
物語は、まさにパンドラの箱をひっくり返したようなものすごさです。
ある地方都市の冤罪事件を通して、家出少女と板金工、刑事と警察庁幹部、司法と死刑囚、大物政治家と取り巻き記者、テレビ局と出入り業者、報道とバラエティー、制作部内の格差、正社員とタレント、学校歴、いじめ、自殺、勝ち組と負け組、成金弁護士と世田谷マダム、家庭内の虐待、過保護母子、局アナ路チュー……と、現代社会がいつも葬ろうとするちぐはぐな闇を丁寧に暴き照らし、三人三様の死角に照射しようとします。
「どこの世界にもある」
そう言ってしまえば、ますますわからなくなるだけの蟻地獄社会。
無頓着で無知な無防備圏が、われわれの棲息舞台なのです。
それはともかく。
毎回のサブタイトルが意味深です。
第1話(10月24日放送) 冤罪とバラエティ 8.0%
第2話(10月31日放送) 女子アナと死刑囚 7.3%
第3話(11月7日放送) 披露宴と墓参り 6.3%
第4話(11月14日放送) 視聴率と再審請求 6.9%
第5話(11月21日放送) 流星群とダイアモンド 5.8%
「〇〇と〇〇」のつかみ方は、『昭和元禄落語心中』のそれに似ています。
『昭和元禄落語心中』も『エルピス-希望、あるいは災い-』も、通奏低音として「死」のイメージが漂い響いているのです。
『昭和元禄落語心中』は、はなやかでにぎやかな世界の裏に潜む、影法師のような、あやういうたかたを描こうとしていたみたいでした。
人はなぜ笑うのでしょうか。
古木優