【転失気】てんしき 落語演目 あらすじ
知らないものはない!?和尚さん
成城石井.com ことば 噺家 演目 志ん生 円朝迷宮 むだぐち 故事成語
【どんな?】
知ったかぶりすると、ほれ、こんな具合におもしろく。
【あらすじ】
在所の住職。
知ったかぶりで負けず嫌いだから、知らないことを認めたがらない。
ある日、下腹が張って医者を呼んだ時
「てんしきはありますか」
と聞かれ、わからないとは言えないのでしかたなく
「はい」
と答えてしまった。
悔しいので小僧の善長に
「花屋に行って爺さんに、てんしきを借りてこい。もしなかったら隠居のところに行け」
と、言いつける。
花屋もなんだかわからないが、これも同じように負けず嫌いなので
「惜しいことをした。この間二つ三つあったが、もう温かくなってあんまり使わないから、親類に貸してしまった」
と、ごまかす。
隠居の家に行くと、これも知らない。
「いらないものだから台所の隅に放っておいたが、鼠が棚から落として掃きために捨ててしまったよ」
しかたなく帰って和尚に報告したが、善長も気になって
「和尚さん、その『てんしき』ってなんですか? 見たことがありません」
和尚は返答に困るが、
「ばか野郎。そんなことを知らないでどうする。わしが教えてやるのはわけはないが、おまえは遊びにばかり気がいって、すぐ忘れてしまう。先生のところに薬を取りに行って、自分の腹から出たようにちょっと聞いてこい」
と、送り出す。
医者は
「『てんしき』というのは『傷寒論』の中にある。転び失う気、と書いて転失気だ。オナラのことだよ」
「オナラってのはなんです? どういう形で?」
「形はない。屁のことだ」
「屁ってえと、あのプープー、へえ、あれのことですか」
これで、和尚も花屋も隠居も、知らないでゴマかしたことがばれた。
善長、和尚に言っても逆に説教を食うと思うから、嘘をつくことにした。
「どうした、聞いてきたか」
「へえ、てんしきとは盃のことだそうで」
「盃? うーん、そうだとも。忘れるなよ。テンは呑む、シュは酒で、キは器。これで呑酒器という」
照れ隠しに、こじつけているところに医者。
和尚、よせばいいのに見栄を張り
「お尋ねのてんしきを、今日はいろいろ用意してありますので、お目にかけます。まずは大きいてんしきを」
蒔絵の箱から秘蔵の盃を取り出して
「私はテンシキ道楽で。こっちは九谷焼のてんしきで」
「ははあ、医者の方では傷寒論の中の言葉から、屁のことを申しますが、あなたの方では盃のことをいいますか」
「さよう」
「どういうわけで?」
「盃を重ねますと、しまいいにはプープーが出ます」
底本:三代目柳家小さん
【しりたい】
有名な前座噺
「まんじゅうこわい」などとともに、落語の「代表作」の一つで、噺の筋をご存じの方も多いと思います。典型的な前座噺です。
戦後では三代目三遊亭金馬がしばしば演じました。
金馬のやり方は、隠居を出さず、その代わり花屋を夫婦にして、掛け合いのくすぐりで笑わせました。
門弟の二代目桂小南、孫弟子の桂文朝なども好んで手掛けました。
小僧の名は、弁長、珍念など、演者によってまちまちです。
金馬のくすぐりから
(花屋のおやじ)「もう一つは、おつけの実にして食っちゃったって、和尚さんに伝えとくれ」
わかりにくいオチ
オチの「プープー」は、今ではわかりづらくなっていますが、古い江戸ことばで、酔っ払いへの苦情、小言を意味します。
「プープー」とやっている演者や速記が多いので、一応このように表記しましたが、本来「ブーブー」「ぶうぶう」が正しいのです。
それを、放屁の音と引っ掛けただけの単純なものです。
傷寒論
しょうかんろん。後漢の張機(字は仲景、196-221)が著した古医書。
中国医学書の最古のもの。
晋の王叔和が補修し、北宋の林億が校訂したものが今に伝えられています。全16巻。
張機は長沙の太守となったのですが、一族に急性の熱病が多発し、その観察と治療の経験から、発汗、嘔吐、瀉下を対策の基本とする記録を残しました。
それが『傷寒論』です。
太陽病など6型に分類した記載があります。
下って江戸期には、山脇東洋や吉益東洞などの古方派医師たちが、薬物療法の最重要書としてあがめてきました。
古代では、病気といえば、まずは熱病だったわけですかね。
【語の読み】
転失気 てんしき
蒔絵 まきえ
傷寒論 しょうかんろん
張機 ちょうき
張仲景 ちょうちゅうけい
長沙 ちょうさ
太守 たいしゅ
王叔和 おうしゅくわ
林億 りんおく
発汗 はっかん
嘔吐 おうと
瀉下 しゃか
山脇東洋 やまわきとうよう:1705-62 江戸中期の医師 実験医学の先駆者
吉益東洞 よしますとうどう:1702-73 江戸中期の医師 万病一毒説 実験重視