きんじつむすこ【近日息子】演目

志ん朝

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【どんなはなし?】

「近日」を「明日」と思い込んでいるばか息子を、大家の親父が嘆く。

親父の不機嫌ぶりを見て、息子は「ようすが変だ」と医者を呼び、葬儀屋まで。

長屋の連中が悔やみに駆け付けると、親父はピンピン。

表の忌中札をよく見ると、そばに「近日」の文字が。

上方噺。いい年した、この息子は滑稽ですが、ご近所さんだとちょいと迷惑。

もっと知りたい方は以下をどうぞ。

【あらすじ】

三十歳近くになるが、ぼんくらな一人息子に、親父が説教している。 芝居の初日がいつ開くか見てきてくれと頼むと、帰ってきて明日だと言うから、楽しみにして出かけてみると「近日開演」の札。 「バカヤロ、近日てえのは近いうちに開けますという意味だ」 と親父がしかると、 「だっておとっつぁん、今日が一番近い日だから近日だ」 なにしろふだんから、気を利かせるということをまるで知らない。 「おとっつぁんが煙管きせる煙草たばこを詰めたら煙草盆を持ってくるとか、えへんと言えば痰壺たんつぼを持ってくるとか、それくらいのことをしてみろ。そのくせ、しかるとふくれっ面ですぐどっかへ行っちまいやがって」 とガミガミ言っているうち、親父、かわやに行きたくなったので、 「紙を持ってこい」 と言いつけると、出したのは便箋と封筒。 「まったくおまえにかかると、よくなった体でも悪くなっちまう」 と、また小言を言えば、せがれ、プイといなくなってしまった。 しばらくして医者の錆田さびた先生を連れて戻ってきたから、わけを聞くと 「お宅の息子さんが『おやじの容態が急に変わったので、あと何分ももつまいから、早く来てくれ』と言うから、取りあえずリンゲルを持って」 「えっ? あたしは何分ももちませんか」 「いやいや、一応お脈を拝見」 というので、みても、せがれが言うほど悪くないから、医者は首をかしげる。 それを見ていた息子、急いで葬儀屋へ駆けつけ、ついでに坊主の方へも手をまわしたから、説教の薬が効きすぎた。 長屋の連中も、大家おおやが死んだと聞きつけて、 「あのばか息子が早桶はやおけ担いで帰ってきたというから間違いないだろう、そうなると悔やみに行かなくっちゃなりません」 と相談する。 そこで口のうまい男がまず 「このたびはなんとも申し上げようがございません。長屋一同も、生前ひとかたならないお世話になりまして、あんないい大家さんが亡くなるなん……」 と言いかけてヒョイと見上げると、ホトケが閻魔えんまのような顔で、煙草をふかしながらにらんでいる。 「へ、こんちは、さよならっ」 「いいかげんにしろ。おまえさん方まで、ウチのばか野郎といっしょになって、あたしの悔やみに来るとは、どういう料簡だっ」 「へえ、それでも、表に白黒の花輪、葬儀屋がウロついていて、忌中札まで出てましたもんで」 「え、そこまで手がまわって……ばか野郎、表に忌中札きちゅうふだまで出しやがって」 とおやじが怒ると、 「へへ、長屋の奴らもあんまし利口じゃねえや。よく見ろい、忌中のそばに近日と書いてあらァ」

底本:三代目桂三木助

【しりたい】

「近日」は芝居用語

江戸時代の芝居興行では、金主きんぬし(スポンサー)と座主ざぬし(プロデューサー)のトラブル、資金繰りの不能、役者の「もっといい役をつけろ!」というクレームや、ライバル役者同士の序列争いなど、さまざまな原因で、予定通りに幕が開かないことがしばしばでした。 そこで、それを見越して、初日のだいぶ前から、「近日開演」の札を出して予防線を張っていました。 これを「近日札」といって、大阪・道頓堀どうとんぼりの劇場街では、昭和に入っても戦争前まで、このしきたりが残っていたそうです。古くは上方でこれを「前繰さきぐり」とも呼びました。

民話が原型

「病人に坊主」という民話が原型といわれます。 小ばなしでは、先走って寺に知らせるくだりは安永2年(1774)、上方で刊行された笑話本『茶の子餅』中の「忌中」、オチの「近日札」の部分は、その前年、つまり安永2年(1773)、江戸で刊行の仕形噺本『口拍子くちびょうし』中の「手まはし」がそれぞれ原話で、この二つをミックスして落語に仕立てたのでしょう。 特に後者は、すでに現在の「近日息子」の後半とほとんど同じです。

三木助の当たり噺

もとは上方落語で、「吹き替え息子(干物箱)」と同じく「息子」という言い回しも大阪のものです。 東京で口演されるようになったのは明治40年(1907)頃からですが、東京の落語家はほとんど手がけず、もっぱら上方から下ってきた二代目桂三木助(松尾福松、1884-1943)などが、大阪のものをそのまま演じていた程度でした。 大阪での修行時代に二代目桂春団治(河合浅次郎、1894-1953)からこの噺を伝授された三代目桂三木助(小林七郎、1902-61)が戦後になってから磨きをかけ、独特の現代的くすぐりをふんだんに入れて大当たり。 十八番に仕上げました。三代目三木助は生粋の江戸っ子です。 三木助演出の特徴は、年代を大正末期に設定してあるため、長屋の連中の会話がデスマス調でていねいなことや、登場人物も「錆田」に「長谷川」と、新作落語のような印象が新鮮な点でしょう。

三木助のくすぐりから

●(長屋の住人の会話。昨夜乙が湯屋で会った大家が死んだと聞いて) 甲「なんですか? ゆうべ湯に行って帰りにざるを二杯食べると、今朝死ねませんか」 乙「死ねないって理屈はないでしょうけどねえ」 甲「あのね、イースーピン(一四筒)が通ってもチーピン(七筒)が通らない場合があるン」 「イースーピン」のくすぐりは、戦後の麻雀ブームでサラリーマンや学生客に大ウケだったとか。 ●(早桶をかついできた息子) 「おとっつあん、ちょっと入ってみてねえ、そいで具合が悪いようだったら、あの、今のうちならね、(寝棺と)取り替えてくれるって」 志ん朝

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