【開帳の雪隠】かいちょうのせっちん 落語演目 あらすじ
【どんな?】
のんきでばかばかしい。
でも、たっぷりうなずける噺です。
別題:開帳 雪隠の競争(上方)
【あらすじ】
回向院で開帳があるというので、参拝客を当て込んで、雪隠を一人四文ずつ取って貸し、銭もうけをしてやろうという、二人組。
四方へ青竹を立て、四斗樽を埋めて板を二枚渡してあるだけのお粗末な代物だが、とくに女の参拝者にはあるだけまし、というもの。
当日、うまく目算が当たって、押すな押すなの大盛況。
「さあ、はばかりはこちら。御用のお方は向こうで切符をお早めに。お一人普通席四文、特等八文。へーい、特等さんご案内ッ」
大入り満員、札止め。まるで相撲場のようだ。
五、六日はこうして、ジャラジャラと銭がもうかったが、これはいかに、急にぴったり客足が止まり、しまいには、猫の子一匹小便をしに来なくなった。
「はて、おかしい、当節の人間は小便をしなくなったらしい。そうするてえと、したくなるオレはいったいなんだろう」
と、少しボンヤリした一人が頭をひねっていると、これよりは多少目はしの利く相棒が、顔色を変えて戻ってくる。
「おい、いけねえ。商売敵ができた」
向こうの方が同じ値段で、清潔できれいだというから、客が流れるのは当たり前。
あわてて「元祖雪隠」と看板を出してもダメ。
ボンヤリした男、なにを考えついたのか
「ちょいと行ってくる。おめえ一人で番をしていてくんねえ」
しばらくすると、あら不思議、突然客が続々と押し寄せる。
相棒、うれしい悲鳴をあげて、
「はい、いらっしゃい、こっちが普通、向こうが特等。はい、切符はこちら。押さないで、押さないでェ」
と一人二役で大奮闘。
銭はたまったが、くたびれ果てた。
夕方、出ていってそれっきりだった相棒が、ようやく帰ってくる。
なんだか、こちらも疲れた顔。
「おい、どこィ行ってたんだ。オレ一人で、てんてこ舞いしてたんだぞ。それにしても、どうして、ああ急に客が大勢……」
「そりゃ、来るはずだ」
「どうして」
「向こうの雪隠へ行って、四文で日暮れまでしゃがんでた」
底本:六代目三遊亭円生
【しりたい】
隠れた円生十八番
原話は明和9年(1772)刊の笑話本『鹿の子餅』中の「貸雪隠」。
古い形では、舞台は上野の不忍弁天の開帳。上方では「せんちの競争」。せんちは雪隠の上方なまりです。
オチは同じですが、筋立ては少し違っていて、開帳を当て込んで、一人五文の女子用有料雪隠を貸して、ボロもうけした男を見て、オレもというのでまぬけ亭主が、二番煎じはダメと言うかみさんの反対を押し切り、やはり貸雪隠を建てるが、さて……というわけ。
オチがちょっと小味の効いた、なかなか優れた小品ですね。
短い噺なので、比較的多くの演者が手掛けますが、六代目三遊亭円生はこの噺が気に入っていたらしく、「開帳」の演題で速記・音源を残しています。
円生は、主人公二人を回向院近くの駄菓子屋の老夫婦として演ずることもありました。
珍品「御印文」
円生はマクラに、やはり開帳の寺をを舞台にした「御印文」という小咄を振ることがありました。あらすじを簡単に記すと以下の通りです。
ある開帳で、霊験あらたかな御印文を額に押してくれるというので、ある男が仲間を誘ったが、一人がどうしても嫌だと言う。ついてくるだけでいいからとなだめすかして出かけた帰り道に、茶屋に入って、そこの老婆にその御印文のことを話し、「この中にこんなありがたいものをいただくのを拒んだ変わり者がいるが、どいつかあててごらん」と持ちかけると、婆さんはすんなり当てる。一同驚いて、「もう御印文は消してあるはずなのに、どうしてわかった? もう霊験が現れたのかしらん」と聞くと、婆さん、「この方がいちばん利口そうだから」
皮肉なオチで、これは「お血脈」のマクラに付けることもあり、こちらは円生から、門下の三遊亭生之助に受け継がれています。
出開帳
開扉ともいい、各地の名刹が、厨子を開いて秘仏を公開するイベントです。平安末期から、広く行われました。
よそへ出張して行うのを出開帳と呼び、今のデパートの特別展に似ています。
開帳の当日は縁日が立ち、たいへんなにぎわいでした。
各宗派、寺によって、多いときは三年に一度、まれなものは六十年に一度というのも。有名なところでは身延山久遠寺、成田不動尊、浅草の観世音など。
諸国からの出開帳は、この噺のように、おもに両国の回向院境内を借りて行われました。
雪隠
せっちん。上方では同じ字で「せんち」と読みます。
語源は、中国の雪竇禅師が、浙江省の雪隠寺で厠の掃除をしていたという故事により、禅宗で寺名の「雪隠」がトイレを指すようになったことから。
【語の読みと注】
雪隠 せっちん トイレ
御印文 ごいんもん
雪竇禅師 せっとうぜんじ
厠 かわや トイレ
雪隠寺 せついんじ