【正岡子規『筆まかせ』円朝の話】まさおかしきふでまかせえんちょうのはなし 円朝の迷宮 落語 あらすじ
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正岡子規(正岡常規、1867-1902)の『筆まかせ』第1編にある「圓朝の話」。明治17~22年(1884~89)に書かれた、子規の身辺雑記です。
〇 円朝の話
ある時円朝の話しに、ある画師がある寺の本堂にて画をかきいるに、天人の処に至りしかば小菊という芸妓の顔を写したり。その時仏壇の下より一ヶ所の好男子現れ出で、実は小菊の兄にて故ありて世を憚る身なるが、何とぞかくまいくれまじくやといえば、画師承知して彼の男に小菊の着物をきせ頭を頭巾にて包み水桶と花とを持たしめ、墓参りの如くにいでたたせて出しやりたり。それと引き違えて入り来りしは女房にて、女房は天人の顔が小菊に似たりとてそろそろやきはじめければ、さにあらずと弁解しけるに女房「そんなこといったッてだめです、今此門口を出ていったのは誰です、あれはだれです。あれが小菊ではありませんか」。とさもねたましそうにいえば画師「ムムあれが小菊と見えたか」。女房「見えたかッて小菊はどう見たって小菊に」。画師「ムムそうか、とんだいい」トうれしそうにいうた処は女房の嫉妬に反映していかにも面白く。円朝の妙味ここにありと思えり。女房「何がとんだいいです、ほんとうにあなたは……小菊がきたならきたと、はっきりいっておしまいまさいヨ。……あなたもほんとうに……女房に……トくやしそうになきながらいう。画師「そう疑ぐっては困るじゃないか。小菊は何ですヨ。あの墓参りにきたのですヨ。水桶も花も持てたじゃないか。女房「墓参りなら花も持て来ましょうが、寺から花を持て出ることはありません……」トここらの具合を聞きて余は小説の趣向もかくこそありたけれと悟りたり。
底本:『子規全集』第10巻初期随筆集(講談社、1975年)「筆まか勢」 適宜直しました。
円朝の物語運びの妙に、子規はうなっています。かくや。