夏どろ なつどろ 演目

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泥棒から金を巻き上げる、長屋住まいのしたたか男。痛快です。上方噺。

別題:置きどろ(上方) 打飼盗人(上方)

【あらすじ】

ある夏の夜。

路地裏の貧乏長屋にコソ泥が侵入した。

目をつけたのは、蚊燻しを焚きっ放しにしている家。

小汚いが、灯を点けずに寝ているからは、食うものも食わないで金を溜め込んでいるに違いないと、当たりをつけた。

火の用心が悪いと、お節介を言いながら中に入ると、男が一人で寝ている。

起こして
「さあ、金を出せ」
とすごんでも、男は、
「ああ、泥棒か。なら、安心だ」
と、全く動じない。

男は日雇いの仕事人で、昨日の明け方まで五円あったが、博打で巻き上げられて、今は一文なし。

取られるものなど、なにもないという。

「しらばっくれるな。これでも一軒の家を構えていて、なにもないはずがねえ。銀貨かなにかボロッきれにでも包んで隠してあるだろう。オレが消してやらなかったら、てめえは今ごろ蚊燻しが燃え上がって焼け死んじまったんだ。いわば命の恩人だ」
「余計なことをしやがる」

二尺八寸のだんびらは伊達には差さないと脅しても
「てめえ、なにも差してねえじゃねえか」

このところ雨が続いて稼業に出られず、食うものもないので水ばかりのんで寝ているという。

「いっそ、おめえの弟子にしてくれ」
と頼まれ、泥棒は閉口。

その上
「縁あって上がってきたんだ。すまねえが三十銭貸してくれ」
と、逆に金をせびられた。

「どうせ、ただ取る商売だ。貸したっていいだろう。かわいそうだと思って」
「ばか言え。盗人にかわいそうもあるか」
「どうしても貸さねえな。路地を閉めれば一本道だ。オレが泥棒ッてどなれば、長屋中三十六人残らず飛んでくる。相撲取りだって三人いるんだ」

逆に脅かされ、しかたなく三十銭出すと、今度はおかず代にもう二十銭貸せと、言う。

「とんでもねえ」
と断ると
「どうしても貸さねえな。路地を閉めれば一本道だ」

また始まったから、しぶしぶ二十銭。

すると、またまた今度は
「蚊帳を受け出す金三十銭頼む。質にへえってるんだ。貸さねえと、路地を閉めたら一本道……」

泥棒はもうお手上げ。合計八十銭ふんだくられた。

「ありがてえ。これは借りたんだ。今度来たときに」
「誰が来るもんか」
「そう言わずにちょいちょいおいで。オレは身内がねえから、親類になってくれ」
「ばかあ言え。どなると聞かねえぞ」

泥棒がげんなりして引き上げると、アワを食ったのか煙草入れを置いていった。

男は煙草を吸わないので、もらってもしかたがないと後を追いかけて
「おーい、泥棒ォ」
「こんちくしょう。まぬけめ。泥棒ってえやつがあるか」
「でも、おめえの名前知らねえから」

底本:三代目柳家小さん

【しりたい】

上方から東京へ

原話は安永8年(1779)刊『気の薬』中の小咄「貧乏者」です。原話では、「出張先」のあまりの悲惨な現状に泥棒がいたく同情、現行の落語と逆に金子二百疋を恵んでくれる筋です。オチは「おたばこ入れが落ちておりました」。上方噺の「打飼盗人」を大正末期に柳家小はんが東京に移したと言われますが、はっきりしません。上方の題名は、オチが「カラの打飼忘れたある」となっていることからきています。

打飼

うちかえ。布を袋状に縫い合わせた旅行用の胴巻きのことです。胴巻きとは、腹巻きのことです。ややこしいです。

いろいろなオチ

昭和に入ってからは、三代目三遊亭小円朝が得意にしました。小円朝は「忍び込んでからの泥棒の目の動きが難しい噺」と、芸談を残していますが、同師は家のあるじをを大工とし、暑いのでフンドシ一本で寝ている設定にしました。そのオチは、泥棒が引き上げるところで切り、「陽気の変わり目に、もういっぺん来てくんねえ」としていました。

同世代では三代目金馬も演じましたが、そのほかオチは、演者によってかなり異なり、たばこ入れが落ちていた説明を略した上で「おーい」「どなるやつがあるか」「たばこ入れが落ちてた」と、意表をついた上、原話通りに落とすもの、「あとの家賃(用の金)はいつ持ってきてくれる?」と、さらにずうずうしいもの、「また質入れしたころ来てくんねえ」とするものなど、さまざまに工夫されています。

ここでのあらすじの「おめえの名前を知らねえから」は、小はんの師匠、三代目柳家小さんの作ったもので、このオチが東京ではもっとも一般的でしょう。

だんびら

一般には「段平」と記します。短刀で、刃が幅広いもの。たんに刀をもさします。「だびら」とも言ったりします。「だびらひろ」となると、刀の身の幅が広いこと、「だびらせば」は刀の身の幅が狭いことをさします。「徒広」が語源で、セリフの「二尺八寸……」は芝居の泥棒の常套句です。「転宅」の泥棒がこの大仰なセリフのフルバージョンをまくしたてていますので、これから「出動予定」で商売用に丸暗記したい方はその項を参照してください。

ダンビラを振りかざして見得を切る芝居の泥棒。『100年前の東京』(マール社)より

煙草入れ

安永年間(1772-81)から普及し、幕末に近づくにつれしだいに贅沢なものが好まれるようになりました。落語に登場の飯炊き男、権助が持っているのは熊の革の煙草入れと相場が決まっていて、これはいかにもぴったりな感じです。

【語の読み】
二百疋 にひゃっぴき:二千文=二分=一両の二分の一
打飼盗人 うちがえぬすびと
胴巻き どうまき:腹巻き
徒広 ただびろ

蚊いくさ かいくさ 演目

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家を城と見立てて 蚊と一合戦講じる話です。 黄表紙のようなばかばかしさ!

別題:蚊の軍

【あらすじ】

町内の八百屋の久六。

このところ剣術に凝り、腕はからっきしナマクラのくせに剣客気取り。

横町の道場に通い詰めで商売を怠けっぱなしなので、がまんならなくなったのが女房。

亭主の剣術狂いのため家は左前で、去年の暮れに蚊帳を曲げて(質入れ)しまったため、この夏は親子で蚊に食われ通し。

ほとほと愛想が尽きたから、別れて子供をつれて家を出ると脅かされ、久さん、しかたなく先生の所にお断りに行く。

事情を聞いた先生、
「それなら今日から大名になったつもりで、蚊と一合戦してみろ」
とそそのかす。

家は城、かみさんは北の方、子供は若君。

家の表が大手、裏口が搦手、引き窓が櫓、どぶ板が二重橋。

「はあ、大変なことになりましたね」
「蚊といくさをするのだから、暮れ方になると幕下の大名の陣から、ノロシが上がるな」
「なんです、それは」

つまり、長屋中一斉に蚊燻しの煙が上がる。

そこで軍略で、久さんの「城」にだけノロシを上げない。

敵は空き城だと油断して一斉に攻めてくる。

そこを十分に引きつけて、大手搦手櫓を閉め、そこでノロシ(蚊燻し)を上げて、敵が右往左往するところで四方を明け放てば、敵軍は雪崩を打って退却する。

あとをしっかり閉めて
「けむくとも 末は寝やすき 蚊遣りかな」
で、ぐっすり安眠というわけ。

怪しげな戦法だが、久さん、すっかり感心して、家に帰るとすぐ籠城準備に取りかかった。

女房に紙屑駕籠を持ってこさせて兜。

手に埃たたきで刀。

気が違ったんじゃないのかいと言われても、何のその。

「やあやあ敵の奴ばら、当城にては今宵は蚊帳は吊らんぞや……それ、敵が攻めてきた。北の方、ノロシの支度を」
「なんだい、ノロシってのは」
「蚊燻しを焚けってんだ」

ゴホンゴホンとむせながら、それでもようやく敵を退散させて勝ちいくさ。

しかし、先生に、
「落武者が殿さまを暗殺しに来るかもしれないので、その時は一騎打ちをしなければならないから、寝てはいけない」
と言われてきた久さん、目をむいて待ち構えていると、やっぱり
「ブーン」
ときた。

ポンとつぶして、
「大将の寝首をかこうとは、敵ながらあっぱれ、死骸をそっちへ」
「ブーン」
「今度は縞の股引きをはいているから、雑兵だな。旗持ちの分際で大将に歯向かうとは……ポン」
「ブーン」
「ポン」
「ブーン」
「ポン」
「これ北の方、城を明け渡してよかろう」

底本:四代目柳亭左楽

【しりたい】

町人めらもヤットウ、ヤットウ

同じく町人が生兵法で失敗する「館林」同様、物騒な世情の中、百姓町人が自衛のため、武道を習うことが流行した幕末の作といわれます。

剣術は、町人の間では、気合声(ヤッ、トー)を模して「ヤットウ」と呼ばれました。

すでにサムライの権威は地に堕ち、治安も乱れるばかりで、刀もまともに扱えない腰抜け武士が増えていました。

町人が武士を見限って自衛に走った時点で、封建的身分制度はくずれ、幕府の命運も尽きていたといえます。たわいない蚊退治の笑い話の裏にも、時代の流れは見えていました。

後半の久さんの蚊への名乗り上げは、明らかに軍記物の講釈(講談)を踏まえています。

蚊いぶし

蚊遣りのことで、原料はダジャレではありませんが、榧(かや)の木の鉋屑です。

下町の低湿地帯の裏長屋に住む人々にとって、蚊とのバトルはまさに食うか食われるか、命がけでした。

五代目古今亭志ん生の自伝「なめくじ艦隊」に、長屋で蚊の「大軍」に襲われ、息を吸うと口の中まで黒い雲の塊が攻め寄せてきたことが語られています。昭和初期のことです。

ついでに、ジョチュウギクを用いた渦巻き型の蚊取り線香は、もう次第に姿を消しつつありますが、大正中期に製品化されたものです。

落語の珍・防「蚊」対策

二階の窓に焼酎を吹きかけ、蚊が二階に集まったらはしごを外すという、マクラ小ばなしがあります。

これなぞは、頭の血を残らず蚊に吸い取られたとしか思えませんが、まあ、二階建ての長屋に住めるくらいだから富裕で栄養たっぷりなのでしょうから、蚊の餌食になるのも当然でしょう。

そのほか、「二十四孝」では、親不孝の熊五郎に大家が、呉猛という男が母親が蚊に食われないよう、自分の体に酒を塗り、裸になって寝たという教訓話をします。

バクチをすると蚊に食われないという俗信も、昔はあったといいます。