胡椒の悔やみ こしょうのくやみ 演目

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まじめなときになんだか笑っちゃうことって、ときにありますよね。

【あらすじ】

なにを見てもおかしくなる、という幸せな男。

今日もケラケラ笑って兄貴分の家にやってくる。

「自分の長屋の地主の娘が、急に昨夜死んでしまったのが、おかしくてたまらない」
と言う。

「あきれけえった野郎だ」
と兄いがたしなめても、
「だって、七十八十でもまだ腐らない奴があるのに、あんな十七八の小娘が死んじまって生意気だ」
と、不思議な理屈でいつまでたっても笑いが止まらない。

兄貴分が
「てめえがいつも出入りさせてもらって、ふだんから半纏の一枚もいただいてる家じゃねえか。こういう時こそ手伝いに行って、くやみの一つも言ってみろ。また目をかけてくれる」
と勧めるが、
「くやみの言い方がわからないからやさしい奴を一つ教えてくれ」
という。

「……いいか。承って驚き入りました、お嬢さまはおかくれだそうでございます、さぞお力落としでございましょう」
「えー、お力が出たでしょう」
「ばか野郎。なぐられるぞ」

なんとかセリフだけは教え込まれ、
「悲しくなくても涙の一つくらい流さなくちゃならねえ、特にてめえは笑い止めが必要だ」
と兄貴分が言い、渡されたのが胡椒の粉。

なめると、なるほど涙がポロポロ。

「向こうまで遠いから、あんまり早くなめていくと効き目が切れる。かといって、向こうへ行ってからベロベロやってくやみを言ったのではバレてしまって体裁が悪いから、垣根か戸袋の陰でこっそりなめろ」
と、細かい「指導」の上、送りだされる。

さて式場。

早くも女どもが、クドクドと心にもないくやみを並べ立てるのを聞くと、野郎、またまた笑いがこみ上げてきた。

「あのオカミめ。あいつも胡椒なめやがったな。プッ、フ、フ、ハハ、いけねえ。俺もそろそろやるか」

ドジな奴で、いっぺんに全部口に放り込んだので、まるで舌に火がついたよう。

そこへ娘の母親。

「おまえ、どうおしだね。 ボロボロ涙をこぼして」
「へえ、少しなめすぎたらしくて……承って驚き入り……お嬢さまが……ハックショッ!! 鼻に入りやがって。……もし、水をすこしおくんなさい」

やっと落ちつき、
「えー、お嬢さまがおかくれでございまして、お嬢さまがおかくれで」

そこでグイッと水をのんで、
「あー、いい気分だ」

【しりたい】

原話二題

原話として知られる小ばなしは、安永2(1773)年刊の『聞上手』中の「山椒」、及び同3年刊『茶の子餅』中の「悔やみ」です。

前者の「山椒」は、八百屋で山椒をかじっていた男が、からいので茶をもらってのんでいるうち、向こうの家で主人が二階から落ちて大けがという騒ぎ。男はまだスウスウ言いながら駆けつけ、家人と話しているうちに辛味が消え、「やれそれは、スウ、ホウ、いい気味(=気分)だ」と言ってしまうもの。

後者の「悔やみ」は、やや現行に近くなり、山椒のからさで悔やみの演技がよくできたので、思わず「いい気味だ」と口に出す筋立てです。

八代目柳枝の十八番

昭和34年(1959)9月23日、ラジオの公開録音で「お血脈」を演じている最中に倒れ、亡くなった八代目春風亭柳枝。

三遊亭円窓の最初の師匠ですが、美声を生かした端正で穏やかな語り口で、「野ざらし」「王子の狐」など、江戸前の噺で人気がありました。

その柳枝がもっとも得意にしたのがこの噺で、同師はオチの部分を「はあっくしょい。ああ顔がこわれちゃう。こりゃおどろいたねどうも。……一時はどうなることかと思いましてな、どうも。……うぷっ、うけたまわり、うけたまわりますれば……うふふふっ、お嬢さんお亡くなりになったそうで……うーい、あーあ、いい気持ちだ」と写実的に演じ、滑稽味を強く出しました。

この噺の場合、どのやり手も「いい気持ち」のきっかけがわかりにくいので、水をのんで辛味が治るという段取りをつけることが多いようです。

胡椒の効用

古くから薬用として用いられ、特に、鼻の中に異物が入って出ないとき、胡椒粉をなめ、くしゃみをして出す民間療法がよく行われていました。

別話「悔やみ」

この噺の別題は「悔やみ」ですが、ややこしいことにまったく別話で「悔やみ」があります。

お店のだんなの葬式に、女房から悔やみのセリフを教えてもらい、出かけたまぬけ亭主が、ふだん世話になっているおかみさんの前でお経をあげながら、だんなに冷奴で焼酎をごちそうになったとか、腹痛を起こしてはばかりに行ったら紙がなく、困っているのを助けてもらったとか、くだらない思い出話をさんざん並べたあげく、「ナムアミダブ……だんなが先に死んで、こんないい女のおかみさんを一人置くのは、もったいない。あらもったいないったら、ンニャアモリョリョン」と、最後は明治の五代目桂文楽が流行らせた奇妙な「モリョリョン踊り」の節で、とんでもない下心を出す。

この噺は、六代目三遊亭円生がよく演じました。

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