【一つ穴】ひとつあな 落語演目 あらすじ
【どんな?】
主人と細君、権妻、権助の登場する噺。古い江戸落語です。
【あらすじ】
ある金持ちのだんな。
ケチな上に口が悪いので、奉公人には評判がよろしくない。
そのだんなにお決まりで、外に女ができたという噂。
お内儀さんは心穏やかでない。
飯炊きの権助を五十銭で口説き落とし、今度だんなが夜外出するとき、跡をつけて女の所在と素性を突き止めてくるよう、言いつける。
まもなく、二、三日ぶりに帰宅しただんなが、また本所の知人宅へ出かけると言いだした。
さああやしいと、細君は強引に権助をお供に押しつける。
だんなが途中でうまく言い繕い、帰そうとする。
権助は
「人間は老少不定、いつどこで行き倒れになるかわからねえ」
などと屁理屈をこね、どこまでもついてくる。
ところがその権助の姿がふいに見えなくなったので、だんなは安心して、両国の広小路から、本所とは反対方向に清澄通りを左折していく……。
巻かれたふりをして、こっそり尾行する権助に気づかず、だんなは、大橋という大きな茶屋の横町を曲がり、角から二軒目で抜け裏のある、格子造りの小粋な家に入っていった。
権助が黒塀の節穴からのぞくと、二十一、二で色白のいい女。
だんながでれでれになり、細君の顔を見ると飯を食うのもイヤだの、ウチの飯炊きのツラは鍋のケツだのと、言いたい放題のあげ句、昼間だというのにぴしゃっと障子を閉めてしまったのを見て、権助はカンカン。
さっそく、ご本宅に駆け込んで、ご注進に及んだ。
もちろん、お内儀さんも権助以上にカンカン。
現場を押さえるため、今すぐに先方に乗り込むと息巻く。
権助はさすがに心配になったが、下手に止めるとおまえも一つ穴の狐だと言われ、しかたなくお供をして妾宅に乗り込んでいく。
一方、こちらはだんな。
一杯機嫌でグウグウ寝込んでいるところへ、お妾さんの金切り声でたたき起こされる。
寝ぼけ眼でひょいと枕元を見上げると、紛れもない細君が恨めしそうな顔でにらんでいるので仰天したが、もう後の祭り。
初めはしどろもどろ言い訳し、なんとかこの場を逃れようとするが、お内儀は聞かばこそ。
ネチネチと嫌みを言うので、しまいにはこちらの方も頭にきて、居直った挙げ句、ポカリとやったから、さあ大変。
大げんかになる。
見かねて仲裁に権助が飛び込んできたからだんな、ますます怒って、
「てめえは裏切り者だ、犬畜生だ」
と、ののしる。
こうなると、売り言葉に買い言葉。
「おらあ国に帰ると、天下のお百姓だ。どこが犬だ」
「なにを言いやがる。あっちでもこっちでも尻尾ォ振ってるから犬だ」
「ああそれで、おめえは犬といい、おかみさんは一つ穴の狐だと言った」
【しりたい】
今は昔、名人綺羅星のごと 【RIZAP COOK】
原話は不詳で、幕末にはもう口演されていた生粋の江戸噺。
ことわざからでっちあげられた噺は、ほかには「大どこの犬」「長崎の強飯」「みいらとり」くらいで、案外、あるようでないものです。
この噺、古い速記がやたらに多く、明治28年(1895)12月の四代目橘家円喬を始め、四代目円蔵、初代円右、二代目小円朝と、明治・大正の名人がずらり。
昭和から戦後でも、八代目桂文治、八代目春風亭柳枝、六代目三遊亭円生が得意にしましたが、今は見る影もなし。
わずかに、柳枝、円生両人に師事した三遊亭円窓、本法寺で禁演落語の会を開いていた「ロイド眼鏡の円遊」くらいでしょうか。
噺にも、はやりすたりがあるということでしょう。
円生の芸談 【RIZAP COOK】
円生は、この噺のカンどころとして、権助が塀から濡れ場を覗いて独白するくだりを挙げ、「向こうの言っている言葉を、いちいち復唱するように」と芸談を残している通り、描写が写実的で詳細でした。
そういえば、お内儀が権助に、だんなの尾行を強要する前半部は「権助魚」「悋気の独楽」などと共通しているので、噺として独自色を出すためには、後半の濃密なエロ描写を眼目にするほかないのでしょう。
円喬以来、演出はさほど変わっていませんが、二代目小円朝のように、発端部分をばっさり切って、権助が帰ってきた場面から入る演者もありました。
名誉の禁演落語 【RIZAP COOK】
当然ながらこの噺、戦時中の「禁演落語」の内で、昭和16年(1941)10月30日、浅草・本法寺の噺塚に「祭られた」栄えある53演目の一つ(穴?)です。
もっとも、これほど濃密なエロ具合では、禁演になる以前に、昭和10年代には「問題外」だったでしょうね。
一つ穴の狐 【RIZAP COOK】
もはや死語と言っていいでしょう。現在は「同じ穴のむじな」として、辛うじて生き残っている慣用句です。
同腹、同類、共謀者を指す古い江戸ことばですが、動物が替わって「一つ穴の古狸」「一つ穴のむじな」となる場合もあり、いずれも意味は同じです。
これらは、巣穴を掘る習性のあることと、古くから人を化かすといわれるのが共通点です。
「一つ」にも、独立して同じ共犯の意味があり、歌舞伎でよく「○○と一つでない証拠をお目にかけん」などと力んで、腹に刀を突き立てたりします。
【語の読みと注】
お内儀 おかみ
大橋 たいきょう
妾宅 しょうたく