【羽織の遊び】はおりのあそび 落語演目 あらすじ
【どんな?】
遊びといえば、吉原が舞台。
とはいえ、苦労するもんですね。
別題:羽織の女郎買い 羽織 ご同伴
【あらすじ】
町内の若い衆が、キザな伊勢屋の若だんなをたらし込み、タダでお遊びのお相伴をしようとたくらむ。
そこへ現れた若だんな、さっそく吉原の自慢話をひけらかし始める。
「昨日は青楼へふけりまして」
と漢語を使うので、一同、牢に入ったと勘違いする始末。
「北国へ繰り込みまして、初会でカクカイオイロウへ上がりました」
これは吉原の大見世、角海老楼のこと。
「ショカボのベタボで」
つまり、花魁に初会惚れのべた惚れされた、ということ。
二の腕をつねられたのが一時三十五分で、ほっぺたが二時十五分、明け方が喉笛と、いやに詳しいノロケぶり。
いいかげんあてられて、ぜひお供をと頼むと若だんな、「では、これからセツとご同伴願って、ぜひご耽溺をくわだてましょう」と、くる。
「おい、タンデキてえのを知ってるかい」
「うん。焼き芋みてえな形をして、塩をつけるとオツなもんだ」
いいかげんなことを言い合った末、若だんなが
「セツの上がる見世は大見世ばかりでゲスから、半纏着を相手にいたしやせん。ぜひとも羽織とおみ帯のご算段を願いとうございますな」
要するに、オレの顔にかかわるから、羽織と帯だけは最低限着てこなけりゃあ連れていかねえという、ご意向。
そこで一時間の猶予をもらい、それぞれ羽織の調達に行く。
八五郎は出入り先のお内儀さんのところに行き、正直に「女郎買いのお相伴で」とわけを話したため、祝儀不祝儀でないと貸せないとあっさり断られた。
あわてて、
「ええ、その祝儀不祝儀でござんす。向こうから祝儀、こっちから不祝儀で、どーんと突き当たって」
と、トンチンカンに言いつくろう。
冠婚葬祭のことだと教えられ、
「へえ、長屋でお弔いがございます」
誰が死んだかと尋ねられて答えにつまり、屑屋の爺さんを勝手に殺してしまう。
「いつ死んだんだい」
「ゆうべの十一時で」
「ばかをお言いでない。さっき鉄砲ざる背負って通ったよ」
「えっ、通った? ずうずうしい爺イだ」
困って、今度は洗濯屋の婆さんを殺すと、たった今二階で縫い物をしている、という。
大汗をかいてようよう貸してもらい、集合場所へ。
一人は、帯の代わりに風呂敷でゴマかし、別の男は、子供の羽織。
もう一人はふくらんだ紙入れを持ってきたが、実は煉瓦を中に入れて、金があるように見せかけているだけ。
「こりゃご趣向でゲス。しかしそのふくらんだ具合は、懐中が温かそうに見えますな」
「あったけえどころか、煉瓦だから冷えます。途中で小便を二度しました」
【しりたい】
演者を選ぶ噺 【RIZAP COOK】
原話は不詳で、文化年間から口演されてきた古い江戸噺です。
古い速記では「羽織の女郎買ひ」と題した二代目古今亭今輔のもの(明治22年11月)が現存します。
戦後では、三代目、四代目の春風亭柳好、六代目三遊亭円生が得意にし、古今亭志ん朝も明るく、スピーディーな高座が絶品でした。
現役では、桂文治が平治時代からやるほか、若手もぼつぼつ手掛け始めてはいますが、演者はさほど多くありません。
登場人物も多く、よほどの円滑洒脱な話芸達人でないとこなせない、難しい噺だからでしょう。
六代目円生は「羽織」、七代目柳枝は「御同伴」と、演題はまちまちです。
オチはいろいろ 【RIZAP COOK】
オチのやり方はいくつかあって、八五郎が羽織の調達に出かけるくだりを後半に回し、婆さんを「殺した」後、嘘がばれて問い詰められ、「だれかそのうちに死にましょう」とオチるのが、現在では普通で、古今亭志ん朝もこのやり方でした。
かってはこの続きがあり、若だんなに引率されて遊びに出かけた後、食通を気取って「ただいまは重箱の鰻でもねえのう」と、後ろへそっくり返るのを教えられた男が、そっくり真似してひっくり返るところで切るのが、明治の今輔のオチ。
「世界は妙でげす、不思議でげす」と言って紙入れを出し、見せびらかせと若旦那に言われ、その通りにしたら、懐のレンガが飛び出した、というのもありました。
志ん朝のくすぐり 【RIZAP COOK】
古今亭志ん朝では、若だんなのノロケが抱腹絶倒。
一時には、マナコの中に熱燗の酒を注がれ、二時には簪を鼻の穴に。
「先がのどのところから出やした」
「魚焼くのがうまいよそういう女は」
三時には、みぞおちの辺りを尻でぐりぐりっと。明け方にはのど笛を食らいつき……という次第。
八公が親分のかみさんに、遊びに行くんなら羽織は貸せないと言われて興奮し、
「姐さんは女だからそんなこと言うんだよ。ねえ、こっちゃあ男だよ。まして若えんだ。ええ、んとに。からだア達者なんだしさ、ずっとここんところ行ってねえんだよ。なんだかイライライライラしてしょうがねえんだから。鼻血は出るしね。朝なんかもう大変なんだから」
半泣きになるところなど、妙にリアルで生臭いところは、いかにもこの人らしい味でした。
ゲス言葉は上品でげす 【RIZAP COOK】
「げす」などの通人ことばは、滑稽本や洒落本などに江戸中期ごろから、頻繁に登場するようになりました。
自称の「セツ」などと並んで、半可通のエセ通人が連発します。接尾語としては「げえす」というのが本来で、「であります」の意味です。
噺家や幇間も日常的に使い、六代目三遊亭円生は口癖のようにしていました。
明治以後になると、この噺や「酢豆腐」の若旦那のように聞きかじりの漢語を交えたりもするので、余計に分かりにくくなってきます。
【語の読みと注】
青楼:せいろう。遊郭
北国:きた。吉原
大見世:おおみせ
角海老楼:かどえびろう
花魁:おいらん
拙:せつ。拙者。私
耽溺:たんでき
半纏着:はんてんぎ。職人
お内儀さん:おかみさん
ご相伴:ごしょうばん
重箱:じゅうばこ。鰻の老舗
祝儀:しゅうぎ
屑屋:くずや
煉瓦:れんが
懐中:かいちゅう
簪:かんざし
姐さん:ねえさん
半可通:はんかつう
幇間:ほうかん。たいこ