ろくしゃくぼう【六尺棒】落語演目



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【どんな?】

ほとんど二人だけ。

おやじと息子のやりとりのみで展開する対話噺です。

【あらすじ】


道楽息子の孝太郎が吉原からご帰還。

店が閉め切ってあるので、戸口をどんどんたたく。

番頭と思いのほか、中からうるさいおやじの声。

「ええ、夜半おそくどなたですな。お買い物なら明朝願いましょう。はい、毎度あり」
「いえ、買い物じゃないんですよ……。あなたのせがれの孝太郎で」

さすがにまずいと思っても、もう手遅れ。

「……ああ、孝太郎のお友達ですか。手前どもにも孝太郎という一人のせがれがおりますが、こいつがやくざ野郎で、夜遊びに火遊び。あんな者を家に置いとくってえと、しまいにゃ、この身上をめちゃめちゃにします。世間へ済みませんから、親類協議の上、あれは勘当しましたと、どうか孝太郎に会いましたなら、そうお伝えを願います」

あしたっからもう家にいます、と謝ろうが、跡取りを勘当しちまって家はどうなる、と脅そうが、いっこうに効き目なし。

自殺すると最後の奥の手を出しても……。

「止めんなら、今のうちですよ……ううう、止めないんですか。じゃあ、もう死ぬのはやめます」
「ざまァ見やがれ……と言っていた、とお伝えを願います」

孝太郎、とうとう開き直って、できが悪いのは製造元が悪いので、悪ければ捨てるというのは身勝手だと抗議するが……。

「やかましい。他人事に言って聞かせりゃいい気になりやがって、よそさまのせがれさんは、おやじの身になって『肩をたたきましょう』『腰をさすりましょう』、おやじが風邪をひけば『お薬を買ってまいりましょう』と、はたで見ていても涙が出らァ。少しは世間のせがれを見習え」

親父が小言にかかると、孝太郎、
「養子をとってまでどうでも勘当すると言うなら、他人に家を取られるのはまっぴらなので、火をつけて燃やしてしまいましょう」
と脅迫する。

言葉だけでは効果がないと、マッチに火をつけてみせたから、戸のすきまからようすをうかがっていたおやじ、さすがにあわてだす。

六尺棒を持って、表に飛び出し
「この野郎、さァ、こんとちくしょう!」

幸太郎、追いかけられて、これではたまらんと逃げだした。

抜け裏に入って、ぐるりと回ると家の前に戻った。

いい具合に、おやじが開けた戸がそのままだったので、これはありがたいと中に入るとピシャッと閉め込み、錠まで下ろしてしまった。

そこへおやじが、腰をさすりながら戻ってくる。

「おい、開けろ」
「ええ、どなたでございましょうか」
「野郎、もう入ってやがる。おまえのおやじの孝右衛門だ」
「ああ、孝右衛門のお友達ですか。手前どもにも孝右衛門という一人のおやじがありますが、あれがまあ、朝から晩まで働いて、ああいうのをうっちゃっとくってえと、しまいにゃ、いくら金を残すかしれませんから、親類協議の上、あれは勘当いたしました」

立場がまるっきり逆転。

「やかましい、他人事に言って聞かせりゃいい気になりやがって、世間のおやじは、せがれさんが風邪でもひいたってえと『一杯のんだらどうだ。小遣いをやるから、女のとこへ遊びにでも行け』。はたで見ていても涙が出らァ。少しは世間のおやじを見習え」

それを聞いて、おやじ、
「なにを言いやがんでェ。そんなに俺のまねをしたかったら、六尺棒を持って追いかけてこい」

底本:初代三遊亭遊三

【しりたい】

三遊亭遊三

文化4年(1807)の口演記録が残る、古い噺です。

明治末期には、御家人上がりで元彰義隊士という異色の落語家、初代三遊亭遊三(小島長重、1839-1914)が得意にしていました。

とはいえ、この遊三はヘナヘナ侍の典型で、幕府賄方役人でありながら、のむ打つ買うの三道楽だけが一人前。

お城勤めよりも、寄席で一席うかがうのがむしろ本業で、彰義隊に駆り出されて立てこもった上野の山からも、さっさと逃走。

維新後、裁判官になりましたが、被告の女に色目を使われてフラフラ。

カラスをサギ、有罪を無理やり無罪にして、あっさりクビに。

これでせいせいしたと喜んで落語家に「戻った」という、あっぱれな御仁です。

十朱幸代さん(俳優)の曽祖父にあたる人です。十朱久雄(俳優)の祖父ですね。あたりまえですが。

遊三から志ん生へ

遊三は、美濃部戌行と初代三遊亭円遊(竹内金太郎、1850-1907、鼻の、自称三代目)と三人、御家人仲間で、若き日の遊び友達だったそうです。

美濃部戌行は五代目古今亭志ん生(美濃部孝蔵、1890-1973)の父親、初代円遊は明治の爆笑王です。

その関係からか、遊三は孝蔵少年(志ん生)をかわいがりました。

志ん生は「火焔太鼓」「疝気の虫」「六尺棒」などを遊三から会得しています。

遊三の明治41年(1908)の速記を見ると、このおやじ、ガンコを装っていても、一皮むけば実に大甘で、セガレになめられっ放し、ということがよくわかります。

本当に勘当する気などさらさらなく、むしろ心配で心配でならないのです。

志ん生の方は、遊三のギャグなどは十分残しながら、親子して「勘当ごっこ」で遊びたわむれてるような爆笑編に仕上げています。

なかでも、おやじがいちいち、返事に「明日ッから明日ッからてえのは、もう聞き飽きた……とお言伝てを願います」「どうしようと大きなお世話だ……とお言伝てを願います」というぐあいに、いちいち「お言伝て」をつけるところは抱腹絶倒です。

十代のころ、巡査だったおやじの金キセルを勝手に質入れしてしまい、おやじに槍で追いかけられそれっきり家に帰らなかった、というほろ苦い思い出が、この噺には生きているのでしょう。

六尺棒

樫材などで作る、泥棒退治用の棍棒です。

警察署の前には門番みたいに屈強な巡査が六尺棒を持って立っていますね。アレです。

六尺(約180cm)ですから、人の身長ほどの長さでしょうか。

これを使った棒術や杖術といった武芸もあるようですから、武器になる代物です。

志ん生のおやじは、維新後は「棒」と呼ばれた草創期の巡査で、巡邏(巡回)のときは、いつも長い木の棒を持ち歩いていたとか。

高座でこの噺を演じながら、志ん生は、遊三と同年の大正3年(1914)に亡くなった、遠い日の父親を思い出していたのかもしれません。

数少ない「対話劇」

落語は、講談と違って、複数の登場人物の会話を中心に進めていく芸です。

例外的に「地ばなし」といって、説明が中心になるものもありますが、大半は演者は「ワキ」でしかありません。

「六尺棒」は、その中でも登場人物が二人しかいない、おやじと息子のやりとりのみで展開する「対話劇」とでもいえるものです。

「対話劇」などと言っても、どだい、落語という話芸は対話が中心となるわけで、とりわけこの噺に対話の特徴が強い、という程度の話です。

それだけに、イキ、テンポ、間の取り方が命で、芸の巧拙が、これほどはっきりわかる噺はないかもしれません。

この種のものは、落語にはそう多くありません。

隠居と八五郎しか登場しない「浮世根問」はじめ、「穴子でからぬけ」「今戸焼」「犬の目」なども登場人物二人の噺ですが、どちらかというと小咄程度の軽い噺ばかりです。

「六尺棒」のように本格的な劇的構成を持ち、背景としての人物も登場しない噺はかなりまれです。



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