【万金丹】まんきんたん 落語演目 あらすじ
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【どんな?】
江戸を食い詰めた梅吉と初五郎。
寺に転がり込んで一波乱。
別題:戒名万金丹 鳥屋引導(上方)、鳥屋坊主(上方)
【あらすじ】
道中で路銀が底をつき、水ばかり飲んで腹は大シケという、餓死寸前の大ピンチ。
とある古寺に、地獄にホトケとばかり転がり込む。
いざとなればタコの代わりくらいにはなるから、坊主でも食っちまおう、というひどい料簡。
やっと食い物にありついたと思ったら、先代住職の祥月命日とやらで、精進物の赤土と藁入り雑炊を食わされる。
これで左官をのみゃあ、腹ん中に壁ができらァという大騒ぎの末、同情した和尚の勧めで、先の当てもないこともあり、しぶしぶ出家して、この寺に居候同然の身とはなった。
梅坊、初坊と名を変えた二人、ひっきりなしにこき使われ、飲酒も女郎買いも厳禁というひどい境遇に、はや不満たらたら。
その折も折、和尚が京都の本山に出張で一月は帰れないという。
留守番を頼まれた梅と初、さあこの時とばかり、
「それ酒だ」
「網がねえから麻衣で鯉をとってこい」
「金がなきゃァ阿弥陀さまから何から一切合切売っ払っちまえ」
というわけで、飲めや歌えのドンチャン騒ぎをし始める。
そこへやって来たのが檀家の衆。
近在の大金持ち、万屋の金兵衛が死んだので
「葬式をお願え申してェ」
と言う。
「どうしよう、兄貴、経も読めねえのに」
「なに、かまうこたァねえ。経なんざイロハニホヘトでゴマけて、どさくさに香典かっつァらってずらかっちめェ」
りっぱな坊主があったもので、香典目当てに金兵衛宅に乗り込んだ二人、さっそく怪しげな読経でケムにまく。
「いーろはーにほへと、富士の白雪ャノーエ、おてもやーん、チーン」
なんとかかんとか終わったはいいが、どうぞ戒名をいただきたいと言われて、さあ困った。
「なにか字のあるものは……」
と探すと、和尚の部屋を掃除していて、たまたま見つけた薬の効能書き。
「あー、戒名、官許伊勢朝熊霊法万金丹」
「坊さま、こんな戒名聞いたことがねえ」
「なに、上等だ。ホトケのニンにあってらあな。棺の前で経を読むからカンキョ、生きてるときは威勢がいいが死んだら浅ましくなるから、イセイアサマ、死んだら幽霊になるから霊宝、おまけにホトケが万屋金兵衛だから万金だァ。なに? 屋根から転がり落ちて死んだ? それならゴロゴロゴロゴロ落っこったんの丹だ。…リッパなカイミョウじゃねえか」
「それじゃあ、わきに白湯にて用うべしとあるのは、なんだね」
「このホトケはお茶湯をあげるにゃ及ばねえ」
【しりたい】
原型は『醒睡笑』に 【RIZAP COOK】
直接の原話は延宝3年(1675)刊の笑話本『軽口曲手毬』中の「文盲坊主戒名付る事」ですが、さらに遠い原型は『醒睡笑』(安楽庵策伝、寛永5=1628年稿)巻一の小咄「無智の僧」その六です。
こんな話です。
バクチに負けて取り立て逃れのため、にわか坊主になった男が、葬式で読経させられるハメに。困って、若いころ薬屋に奉公したとき覚えた漢方薬の名をでたらめに並べ立てますが、たまたま列席していた薬屋の主人が勘違いし、「あらありがたや。われわれが売買する薬の名は、すべて法華経の経文にあったのか」と感激、ニセ坊主を伏し拝む。
この話が上方で旅の噺として落語化され、「鳥屋坊主」または「鳥屋引導」として親しまれたものが、幕末か明治初期に東京に移植されたと思われます。
元は「七度狐」の一部にも 【RIZAP COOK】
上方の演出は、長編シリーズ「東の旅」で、清八と喜六の極楽コンビが寺(または尼寺)で狐に化かされる「七度狐」の前半、住職に赤土と藁のベチョタレ雑炊を食わされるシーンの後に、入れ込み噺(別バージョン)として挿入されるのが普通です。
東京のと、やり方はさほど変わりません。
「お茶湯」のオチも同じですが、「霊法」のこじつけで、「幽霊になって出んよう、法で押さえてある」とするところが異なります。
頭屋 【RIZAP COOK】
上方の演題「鳥屋坊主」はもとは「頭屋坊主」で、頭屋とは西日本で葬儀を取り仕切る村の長老のこと。
旅の噺になり、旅回りの芸人が楽屋で寝泊まりするのを「鳥屋につく」といったのを誤用したのでは、というのが宇井無愁(宮本鉱一郎、1909-92、上方落語研究)の説です。
鳥や船は葬制にかかわる言葉です。死を導く言葉でもあります。
金さんは「要解剖?」 【RIZAP COOK】
古くは「戒名万金丹」と題した明治23年(1890)1月の二代目禽語楼小さん(大藤楽三郎、1848-98)の速記があり、さらに孫弟子にあたる三代目蝶花楼馬楽(本間弥太郎、1864-1914)が、明治43年(1910)4月の『文藝倶楽部』に速記を載せていて、それ以来ずっと小さん系の噺です。
二代目小さんのでは、坊主に化けるのは一人で、江戸を出てすぐの出来事としてあります。
「丹」のこじつけでは、二代目や馬楽、四代目柳家小さん(大野菊松、1888-1947)あたりまでは単に「落っこったんのタンだ」としていましたが、五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)や七代目立川談志(松岡克由、1935-2011)は「痰がからんだんで」「だめだい、屋根から落っこちて死んだ」「だから、落っこちたんさ」と、細かくなっていました。
「白湯にて用ゆべし」を、「おぼれ死んだから水には懲りてる」としたり、効能書きに「食物いっさい差し支えなし」と加え、だから「精進には及ばない」とこじつけるオチもあります。
万金丹 【RIZAP COOK】
目まい、癪、下痢、痛みなどの万病に効くとされる常備薬です。
「丹」は中国で不老不死の霊薬を指し、一般に丹薬の形状は練り薬です。
「万金丹」は「仁丹」と共に例外的に丸薬で、わらべ唄などにも唄われ、悪童どもの「鼻くそ丸めて万金丹」という囃し言葉にもなりました。
お茶湯 【RIZAP COOK】
「おちゃとう」と読みます。
禅家のことばです。お茶と白湯をさします。転じて、仏前、祖師や霊前に供える茶のこと。さらには、その点茶法をもさします。
「先祖の仏前に供えるお茶のこと」でもよいのですが、ちょっと粗い解釈です。禅宗系で使われることばで、あくまでも、お茶と白湯のこと。
ことば | よみ | いみ |
---|---|---|
鳥屋 | とりや | 鶏肉を売る店。「とや」と読むと梅毒にかかった遊女の療養所。ここでは鶏肉販売店のことですから「とりや」 |
精進物 | しょうじんもの、しょうじもの | 植物質の食べ物。非肉系の食料や料理。仏教系の食料全般 |
藁 | わら | 稲や小麦などイネ科植物の茎を乾燥させたもの。さまざまな用途で利用する |
頭屋 | とうや | 寺社の行事での世話役の家 |
檀家 | だんか | 決まった寺に属し、寺が葬式や供養を営む代わりに、家が寺を金銭的に支える、その家のこと。浄土宗では信徒、浄土真宗では門徒 |
万屋 | よろずや | 雑貨店、荒物店 |
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