こわかれ【子別れ】演目

通常、上、中、下の3部に分けて演じられます。

別題:強飯の女郎買い(上) 子は鎹(中と下で)

【あらすじ】

腕はいいが、大酒飲みで遊び人、大工の熊五郎。

ある日、山谷の隠居の弔いですっかりいい心持ちになり、このまま吉原へ繰り込んで精進落としだと怪気炎。

来合わせた大家が、そんな金があるなら女房子供に着物の一つも買ってやれと意見するのもどこ吹く風。

途中で会った紙屑屋の長さんが、三銭しか持っていないと渋るのを、今日はオレがおごるからと無理やり誘い、葬式で出された強飯の煮しめがフンドシに染み込んだと大騒ぎの挙げ句に三日も居続け。

四日目の朝。

神田堅大工町の長屋にご機嫌で帰ってくると、かみさんが黙って働いている。

さすがに決まりが悪く、あれこれ言い訳をしているうちに、かみさんが黙って聞いているものだからだんだん図に乗って、こともあろうに女郎の惚気話まで始める始末。

これでかみさんも堪忍袋の緒が切れ、夫婦げんかの末、もう愛想もこそも尽き果てたと、せがれの亀坊を連れて家を出てしまう。

うるさいのがいなくなって清々したとばかり、なじみのおいらんが年季が明けると家に引っ張り込むが、やはり野に置け蓮華草、前のかみさんとは大違いで、飯も炊かなければ仕事もせず。

挙げ句に、こんな貧乏臭いところはイヤだと、さっさと出ていってしまった。

一方、夫婦別れしたかみさん。

女の身とて決まった仕事もなく、炭屋の二階に間借りして、近所の仕立て物をしながら亀坊を育てている。

ある日、亀坊がいじめられて泣いていると、後ろから声を掛けた男がいる。

振り返ると、なんと父親。

身なりもすっかり立派になって、新しい半纏を着込んでいる。仕事の帰りらしい。

あれから一人になった熊五郎、つくづく以前の自分が情けなくなり、心機一転、好きな酒もすっかり絶って仕事に励み出したので、もともと腕はいい男、得意先も増え、すっかり左団扇になったが、思い出すは女房子供のことばかり。

偶然に親子涙の再会とあいなり、熊はせがれに五十銭の小遣いをやってようすを聞くと、女房はまだ自分のことを思い切っていないらしいとわかる。

内心喜ぶが、まだ面目なくて会えない。

その代わり、明日鰻を食わせてやると亀坊に約束し、その日は別れる。

一方、家に帰った亀坊、もらった五十銭を母親に見つかり、おやじに、おれに会ったことはまだおっかさんに言うなと口止めされているので、しどろもどろで、知らないおじさんにもらったとごまかすが、もの堅い母親は聞き入れない。

貧乏はしていても、おっかさんはおまえにひもじい思いはさせていない、人さまのお金をとるなんて、なんてさもしい料簡を起こしてくれたと泣いてしかるものだから、亀坊は隠しきれずに父親に会ったことを白状してしまう。

聞いた母親、ぐうたら亭主が真面目になり、女ともとうに手が切れたことを知り、こちらもうれしさを隠しきれないが、やはり、まだよりを戻すのははばかられる。

その代わり、翌日亀坊に精一杯の晴れ着を着せて送り出してやるが、自分もいても立ってもいられず、そっと後から鰻屋の店先へ……。

こうして、子供のおかげでめでたく夫婦が元の鞘に納まるという、「子は鎹(かすがい)」の一席。

【しりたい】

長い噺   【RIZAP COOK】

幕末の初代春風亭柳枝作。長い噺なので、上中下に分けられています。

普通は、中と下は通して演じられ、別題を「子は鎹(かすがい)」といいます。かすがいは大工が使う、大きな木材をつなぐためのカギ型の金具で、打ち込むのにゲンノウを用いるので、母親が「ゲンノウでぶつよ」と脅かす場面が、幕切れの「子はかすがい」という地のサゲとぴたりと付きます。

「かすがいを打つ」   【RIZAP COOK】

という慣用句もあり、人の縁をつなぎ止める意味です。

上は五代目古今亭志ん生が、「強飯の女郎買い」として独立させ、紙屑屋を吉原に誘う場面の掛け合いで客席を沸かせました。むろん、後半の「子別れ」は別にみっちりと演じています。

志ん生は母親の表現に優れ、六代目三遊亭円生は、上の通夜の場面から綿密に演じました。戦後では、やはりこの二人が双璧だったでしょう。

熊&紙長さんの「掛け合い漫才」   【RIZAP COOK】

熊「いくらあんだい? 一両もあんのかい一両も?」
長「一円? 一円なんぞあるもんか」
熊「八十銭かァ?」
長「八十銭ありゃしないよ」
熊「六十銭か」
長「六十銭…までありゃいいんだがね」
熊「五十銭だな」
長「五十銭にちょいと足りねえんだ」
熊「じゃ四十銭だ」
長「もうすこしってとこだ」
熊「三十五銭か」
長「もう、ちょいとだ」
熊「三十銭か」(このあたりで客席にジワ)
長「もうすこしだ」
熊「二十五銭だな」
長「うう、もうちょいと」
熊「二十銭かァ」
長「うう、くやしいとこだ」(爆笑)
熊「十五銭かァ?」
長「もうすこし」
熊「十銭か」
長「うう、もうちょいと」(高っ調子で)
熊「五銭だな?」
長「もうすこしィ」
熊「三銭か」
長「あ当たった」
熊「あこら三銭だよ」

最後の「三銭だよ」に絶妙の間で客の大爆笑がかぶさります。志ん生のライブならではの醍醐味。活字では、とうてい表現しきれません。

ゲンノウでぶつ   【RIZAP COOK】

母親が五十銭の出所を白状させようと、子供を脅す場面があります。

ゲンノウ(玄翁)は言うまでもなく、大工が使う大型の鉄の槌ですが、六代目三遊亭円生はカナヅチ(金槌)でやりました。

芸談によると、古今亭志ん生に注意され、なるほど、女が持つにはゲンノウは重くて大きすぎると気がついたそうです。

当の志ん生はというと、当然ながら「ここにお父っつァんの置いてったカナヅチがあるから、このカナヅチで頭ァ、たたき割るぞッ」と言っています。

もっとも、単なる脅かしですし、大きいから子供が怖がると考えれば、ゲンノウでもいいと思いますが、昔の落語家は、噺の中のちょっとした小道具にも常にリアリティを考え、気を使っていたことがわかりますね。

「女の子別れ」   【RIZAP COOK】

明治初期に三遊亭円朝が、柳枝の原作を脚色し、あべこべに、出て行くほうがかみさん(母親)で、亭主(父親)が子供と暮らすという「女の子別れ」として演じました。

やはりゲンノウの場面を気にして、ゲンノウで脅すなら父親の方が自然だろうというのが直接の動機だったようですが、なによりも、「男の子は父親につく」という夫婦別れのときの慣習や、亭主の方が家を出るのは(当時としては)不自然というのが円朝の頭にあったのでしょう。

この「女の子別れ」は、高弟の二代目円馬が大阪に伝え、明治期には月亭文都が得意にしていましたが、今は、東西ともこのやり方で演ずることはありません。

東京嫌いの宇井無愁(上方落語研究家)は、「子供をカセにお涙ちょうだいのあの手この手を使った、ウエットなヒネクレ落語で、ドライな笑いを好む大阪の水には合いにくい」と述べています。

下足番に習った「子別れ」   【RIZAP COOK】

五代目古今亭志ん生が生前、対談で回想していますが、志ん生がまだ二つ目で旅興行でさすらい歩いていたとき、流れ着いた甲府の稲積亭といううらぶれた席で、「子別れ」を一席やったところ、そこの下足番の爺さんに、「あすこんとこはまずい」と注意され、なに言ってやがると思ったそうです。

よく聞いてみると、この爺さん、昔は四代目三升家小勝の弟子で小常といったれっきとした噺家。旅興行のドサまわりをしているうちにここに落ち着き、とうとう下足番になり、年を取ってしまったとのこと。

昔はこういうケースはよくあったようで、志ん生は夏の暑いさ中、爺さんのボロ小屋で虫に食われながら「子別れ」をさらってもらったそうです。

なんだか哀れな、ものさびしい話ですが、志ん生の自伝『びんぼう自慢』では、小常から習ったのは「甚五郎の大黒」(→三井の大黒)ということになっていて、こうなるとどちらが本当なのかはわかりません。

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おせつとくさぶろう【おせつ徳三郎】演目

法華の信者ならすぐわかる、オチは「鰍沢」と同じフレーズです。

別題:刀屋(下のみ) 隅田の馴染め(改作) 花見小僧(上のみ)

あらすじ

日本橋横山町の大店の娘おせつ。

評判の器量よしなので、今まで星の数ほどの縁談があったのだが、色白の男だといやらしいと言い、逆に色が黒いと顔の表裏がわからないのはイヤ、やせたのは鳥ガラで、太ったのはおマンマ粒が水瓶へ落っこちたようだと嫌がり、全部断ってしまう。

だんなは頭を抱えていたが、そのおせつが手代の徳三郎とできているという噂を聞いて、びっくり仰天。

これは一大事と、この間、徳三郎といっしょにおせつの供をして向島まで花見に行った丁稚の定吉を脅した。

案の定、そこで二人がばあやを抱き込んでしっぽり濡れていたことを白状させた。

そこで、すぐに徳三郎は暇を出され、一時、叔父さんの家に預けられる。

なんとかスキを見つけて、お嬢さんを連れだしてやろうと考えている矢先、そのおせつが婿を取るという情報が流れ、徳三郎はカッときた。

しかも、蔵前辺のお大家の若だんなに夢中になり、一緒になれなければ死ぬと騒いだので、だんながしかたなく婿にもらうことにしたという。

「そんなはずはない、ついこないだオレに同じことを言い、おまえ以外に夫は持たないと手紙までよこしたのに、かわいさ余って憎さが百倍、いっそ手にかけて」
と、村松町の刀屋に飛び込む。

老夫婦二人だけの店だが、親父はさすがに年の功。

徳三郎が、店先の刀をやたら振り回したり、二人前斬れるのをくれだのと、刺身をこしらえるように言うので、こりゃあ心中だと当たりをつけ、それとなく事情を聞くと、徳三郎は隠しきれず、苦し紛れに友達のこととして話す。

親父は察した上で
「聞いたかい、ばあさん。今時の娘は利口になったもんだ。あたしたちの若い頃は、すぐ死ぬの生きるのと騒いだが……それに引きかえ、その野郎は飛んだばか野郎だ。お友達に会ったら、そんなばかな考えは止めてまじめに働いていい嫁さんをもらい、女を見返してやれとお言いなさい。それが本当の仇討ちだ」
と、それとなくさとしたので、徳三郎も思い止まったが、ちょうどその時、
「迷子やあい」
と、外で声がする。

おせつが婚礼の石から逃げだしたので、探しているところだと聞いて、徳三郎は脱兎のごとく飛び出して、両国橋へ。

お嬢さんに申し訳ないと飛び込もうとしたちょうどそこへ、おせつが、同じように死のうとして駆けてくる。

追手が追っていて、せっぱつまった二人。

深川の木場まで逃げ、橋にかかると、どうでこの世で添えない体と、
「南無阿弥陀仏」
といきたいところだが、おせつの宗旨が法華だから
「覚悟はよいか」
「ナムミョウホウレンゲッキョ」
とまぬけな蛙のように唱え、サンブと川に。

ところが、木場だから下は筏が一面にもやってある。

その上に落っこちて、
「おや、なぜ死ねないんだろう?」
「今のお材木(題目)で助かった」

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なりたちと演者など  【RIZAP COOK】

もともとは、幕末に活躍した初代春風亭柳枝(?-1868)作の人情噺です。

長い噺なので、古くから上下または上中下に分けて演じられることが多く、小僧の定吉(長松とも)が白状し、徳三郎がクビになるくだりまでが「上」で、別題を「花見小僧」。この部分を明治の「鼻の円遊」こと初代三遊亭円遊が「隅田の馴染め」として、くすぐりを付け加えて改作しました。

その場合、小僧が調子に乗って花見人形の真似をして怒られ、「道理でダシ(=山車)に使われた」という、ダジャレ落ちになります。それに続いて、徳三郎が伯父の家に預けられ、おせつの婚礼を聞くくだりが「中」とされますが、普通は「下」と続けて演じられるか、簡単な説明のみで省略されます。後半の刀屋の部分以後が「下」で、これは人情噺風に「刀屋」と題してしばしば独立して演じられています。

明治期の古い速記としては、原作にもっとも忠実な三代目柳枝のもの(「お節徳三郎連理の梅枝」、明治26年)ほか、「上」のみでは二代目(禽語楼)柳家小さん(「恋の仮名文」、明治23年)、初代三遊亭円遊(「隅田の馴染め」、明治22年)、「下」のみでは三遊亭新朝(明治23年)、初代三遊亭円右(不明)のものが残されています。

オチは、初代柳枝の原作では、おせつの父親と番頭が駆けつけ、最後の「お材木」は父親のセリフになっていますが、六代目三遊亭円生も「刀屋」でこれを踏襲しました。

「刀屋」で、おやじが、自分の放蕩息子のことを引き合いにしんみりとさとすのが古い型ですが、現行では省略して、むしろこの人物を、洒脱で酸いも甘いもかみ分けた老人として描くことが多くなっています。

戦後は六代目円生のほか、五代目古今亭志ん生、六代目春風亭柳橋、五代目柳家小さんも得意にし、円生と志ん生は「下」のみを演じました。

その次の世代では、十代目金原亭馬生、古今亭志ん朝、三遊亭円楽のものなどが傑出していました。現在では、「おせつ徳三郎」といえば「下」の「刀屋」のくだりを指すことが多く、「上」の「花見小僧」は、ホール落語の通し以外では、最近はあまり単独口演されません。

村松町の刀屋  【RIZAP COOK】

この噺のとおり、日本橋村松町と、向かいの久松町(中央区東日本橋一丁目)には刀剣商が軒を並べていました。江戸末期の商人喜多川守貞(1810-?)の『守貞漫稿』に「久松町刀屋、刀脇差商也。新製をもっぱらとし、又賤価の物を専らとす。武家の奴僕に用ふる大小の形したる木刀等、みなもっぱら当町にて売る」とあります。徳三郎が買おうとしたのは、二分と二百文の脇差です。

深川・木場の川並  【RIZAP COOK】

木場の材木寄場は、元禄10年(1697)に秋田利右衛門らが願い出て、ゴミ捨て場用地として埋め立てを始めたのが始まりです。その面積約十五万坪といい、江戸の材木の集積場として発展。大小の材木問屋が軒を並べたました。掘割に貯材所として常時木材を貯え、それを「川並」と呼ばれる威勢のいい労働者が引き上げて筏に組んで運んだものです。

法華の信者  【RIZAP COOK】

「お材木で助かった」という地口(=ダジャレ)オチは「鰍沢」のそれと同じですが、もちろん、この噺が本家本元です。

こうしたオチが作られるくらい、江戸には法華信者が多かったわけです。江戸時代は「日蓮宗」と呼ばず「法華」という呼び名の方が一般的でした。日蓮宗は「法華経」のみを唯一最高の経典と尊重したからです。現在のように「日蓮宗」という宗派名が使われるようになるのは明治に入ってからです。江戸時代には浄土宗とは因縁の対立が続いていました。題目(法華系)と念仏(浄土系)との対立は、落語や川柳での約束事のひとつです。

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できごころ【出来心】演目

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オチによっては「花色木綿」とも。泥棒噺。江戸前。間抜け泥、いかにもの笑い。

別題:花色木綿

あらすじ

ドジな駆け出しの泥棒。

親分に、
「てめえは素質がないから廃業した方がいい」
と言われる。

心を入れ替えて悪事に励むと誓って、この間土蔵と間違って寺の練塀を切り破って向こうに出たとか、電話がひいてあるので入ったら交番だったなどと話すので、親分はあきれて、おめえにまともな盗みはできねえから、空き巣狙いでもやってみろと、こまごまと技術指導。

まず声をかけて、返事がなかったら入るが、ふいに人が出てきたら
「失業しておりまして、貧の盗みの出来心でございます」
と泣き落としで謝ってしまう。

返事があったら人の家を訪ねるふりをして
「何の何兵衛さんはどちらで?」
とゴマかせばいいと教えられ、さっそく仕事に出かける。

ある家で
「ええ、何の何兵衛さんはどちらで?」
「なにを?」
「いえその、イタチ西郷兵衛さんは……」
としどろもどろで逃げ出した。

次の家では、主人が二階にいるのも気づかず、羊羹を盗み食いして見つかり、
「イタチ西郷兵衛さんはどちらで?」
「オレだよ」
「えっ? その、もっといい男の西郷兵衛」
「なにを?」
「よろしく申しました」
「誰が?」
「あたしが」
「この野郎ッ」
……あわてて逃げ出す。

「あんな、まぬけの名の野郎が本当にいるとは思わなかった」
と胸をなで下ろしながらたどり着いたのが、長屋の八五郎の家。

畳はすり切れ、根太はボロボロ。

転がっているのは汚い褌一本きり。

しかたなく懐に入れ、八五郎が帰ってきたので、あわてて縁の下に避難。

八五郎は、粥が食い散らされているのを見て、
「ははあ泥棒か」
と見当をつけるが、かえって泥棒を言い訳に家賃を待ってもらおうと、大家を呼びに行った。

「それじゃしかたがねえ。待ってやろう」
とそこまではいいが、盗難届けを出さなくてはならないと、盗品をいちいち聞かれるから、はたと困った。

苦し紛れに布団をやられたと嘘をつくと
「どんな布団だ? 表の布地はなんだ?」
「大家さんとこに干してあるやつで」
「あれは唐草だ。裏は?」
「行きどまりです」
「布団の裏だよ」
「大家さんのは?」
「家は、丈夫であったけえから、花色木綿だ」
「家でもそれなんで」

羽二重も帯も蚊帳も南部の鉄瓶も、みんな裏が花色木綿。

「あきれて話しにならねえ。あとは?」
「お礼で。裏は花色木綿」

縁の下の泥棒、これを聞いて我慢できずに下から這い出てくる。

「さっきから聞いてりゃ、ばかばかしい。笑わせるない」
「おやっ、そんなとこから這いだしゃあがって。てめえは泥棒だな?」
「この家にはなにも盗めるものなんぞねえ」

警察に突き出すと言われ、あわてて
「えー、どうも申し訳ござんせん。失業しておりまして、六十五を頭に三人の子供が……これもほんの貧の出来心で……と哀れっぽく持ちかけたら、銭の少しもくれますか?」
「誰がやるもんか。八、てめえもてめえだ」

お鉢が回ってきたので、八五郎、こそこそ縁の下へ。

「おい、なにも盗られてねえそうじゃねえか。どうしてあんな、うそばかり並べたんだ?」
「これもほんの出来心でございます」

しりたい

「出来心」ならお上のお慈悲?

落語には泥棒噺が多く、「穴泥」「もぐら泥」「だくだく」「釜泥」「締め込み」「転宅」「夏どろ」……まだまだあります。

そのほとんどが、まぬけで愛すべき空き巣の失敗をおおらかに笑う噺で、いかにのどかな江戸時代でも犯罪の実態は陰惨なものが多かったことを考えれば、落語の泥棒は、むしろ、こういう泥テキばかりなら……という庶民の願望のあらわれともいえるでしょう。

しかし、現実にはお奉行のお裁きは峻厳だったのです。

十両盗めば初犯でも死罪は有名ですが、窃盗を重ねて盗んだ金額が累積で十両に達すれば、その時点で一巻の終わりです。空き巣で初犯なら「出来心」でお上のお慈悲にあずかれますが、土蔵を切り破ったり、家人の在宅しているところに押し入れば、重罪の押し込み強盗ですから、初犯、かつ未遂でも主犯は原則死罪でした。

三度目で首が飛ぶ

空き巣では初犯敲き、再犯刺青、再々犯は有無を言わさず首が飛びました。

極端にいえば、一回に三文盗んだ場合は敲きで済みますが、初犯一文、再犯一文、再々犯一文と三回に分けて合計三文盗めば、あわれ、この世の別れというわけ。

1994年に米カリフォルニア州で制定された「スリーストライク法案」も、重罪を三度重ねれば仮釈放ナシの禁固25年-終身刑という過酷さ。なんと空き巣三回、三回目にたった152ドル盗んだだけで懲役52年という判決が出て、世論を震撼させたことがありますが、こちらは命がないのですから、まさに究極の「スリーストライク、アウト」でしょう。

オチで変わる演題

泥棒噺は、柳家小さん代々が得意にした江戸前の滑稽噺の典型で、この噺も、三代目から五代目小さんまで継承され、五代目春風亭柳朝、入船亭扇橋、桂文朝などの持ちネタでもあります。特に柳朝の泥棒のすっとぼけた味は絶品でした。

泥棒が入る家の主人の珍名は、演者によって「ちょうちん屋ブラ右衛門」などと変わります。

オチは二通りあり、あらすじで紹介した小さんのものが基本形ですが、現実にはそこまでいきません。 寄席などでは「下駄を忘れてきちゃった」で終わる「間抜け泥」が多いようです。 八代目春風亭柳枝のように、大家と泥棒の会話でのもあります。

大「どこから入った?」
泥「裏です」
大「裏はどこだ?」
泥「裏は花色木綿」

このオチでの演目は「花色木綿」となります。

花色木綿

「花色」は「縹色(はなだいろ)」の省略で、薄い藍色の木綿地になります。

「出来心」も死語に

噺のタイトルにもなっているこの言葉も、最近はだんだん使われなくなってきているようです。

「出来」はこの場合、「とっさに」「即席に」という意味。古くは、即席のシャレのことを「出来口」といいました。

要するに、計画してやった犯行ではなく、ついとっさに魔がさしたものなのでご勘弁を、という言い訳ですね。

コソ泥どころか、重大な犯罪をしでかしても、しおらしく謝るどころか、「逆ギレ」して居直るヤカラばかりが増えた昨今ですから、こんな言葉が消えていくのも無理はありません。

小里ん語り、小さんの芸談

こういうネタは「間抜けな奴が本気じゃないといけない」と師匠も言ってました。

五代目小さん芸語録 柳家小里ん、石井徹也(聞き手)著、中央公論新社、2012年

こしょうのくやみ【胡椒の悔やみ】演目

まじめなときになんだか笑っちゃうことって、ときにありますよね。

別題:悔やみ 悔やみ丁稚(上方)

あらすじ

なにを見てもおかしくなる、という幸せな男。

今日もケラケラ笑って兄貴分の家にやってくる。

「自分の長屋の地主の娘が、急に昨夜死んでしまったのが、おかしくてたまらない」
と言う。

「あきれけえった野郎だ」
と兄いがたしなめても、
「だって、七十八十でもまだ腐らない奴があるのに、あんな十七八の小娘が死んじまって生意気だ」
と、不思議な理屈でいつまでたっても笑いが止まらない。

兄貴分が
「てめえがいつも出入りさせてもらって、ふだんから半纏の一枚もいただいてる家じゃねえか。こういう時こそ手伝いに行って、くやみの一つも言ってみろ。また目をかけてくれる」
と勧めるが、
「くやみの言い方がわからないからやさしい奴を一つ教えてくれ」
という。

「……いいか。承って驚き入りました、お嬢さまはおかくれだそうでございます、さぞお力落としでございましょう」
「えー、お力が出たでしょう」
「ばか野郎。なぐられるぞ」

なんとかセリフだけは教え込まれ、
「悲しくなくても涙の一つくらい流さなくちゃならねえ、特にてめえは笑い止めが必要だ」
と兄貴分が言い、渡されたのが胡椒の粉。

なめると、なるほど涙がポロポロ。

「向こうまで遠いから、あんまり早くなめていくと効き目が切れる。かといって、向こうへ行ってからベロベロやってくやみを言ったのではバレてしまって体裁が悪いから、垣根か戸袋の陰でこっそりなめろ」
と、細かい「指導」の上、送りだされる。

さて式場。

早くも女どもが、クドクドと心にもないくやみを並べ立てるのを聞くと、野郎、またまた笑いがこみ上げてきた。

「あのオカミめ。あいつも胡椒なめやがったな。プッ、フ、フ、ハハ、いけねえ。俺もそろそろやるか」

ドジな奴で、いっぺんに全部口に放り込んだので、まるで舌に火がついたよう。

そこへ娘の母親。

「おまえ、どうおしだね。 ボロボロ涙をこぼして」
「へえ、少しなめすぎたらしくて……承って驚き入り……お嬢さまが……ハックショッ!! 鼻に入りやがって。……もし、水をすこしおくんなさい」

やっと落ちつき、
「えー、お嬢さまがおかくれでございまして、お嬢さまがおかくれで」

そこでグイッと水をのんで、
「あー、いい気分だ」

【RIZAP COOK】

しりたい

原話二題  【RIZAP COOK】

原話として知られる小ばなしは、安永2(1773)年江戸板『聞上手』中の「山椒」と、同3年江戸板『茶の子餅』中の「悔やみ」です。

前者の「山椒」は、八百屋で山椒をかじっていた男が、からいので茶をもらってのんでいるうち、向こうの家で主人が二階から落ちて大けがという騒ぎ。男はまだスウスウ言いながら駆けつけ、家人と話しているうちに辛味が消え、「やれそれは、スウ、ホウ、いい気味(=気分)だ」と言ってしまうもの。

後者の「悔やみ」は、やや現行に近くなり、山椒のからさで悔やみの演技がよくできたので、思わず「いい気味だ」と口に出す筋立てです。

八代目柳枝の十八番  【RIZAP COOK】

昭和34年(1959)9月23日、ラジオの公開録音で「お血脈」を演じている最中に倒れ、亡くなった八代目春風亭柳枝。

三遊亭円窓の最初の師匠ですが、美声を生かした端正で穏やかな語り口で、「野ざらし」「王子の狐」など、江戸前の噺で人気がありました。

その柳枝がもっとも得意にしたのがこの噺で、同師はオチの部分を「はあっくしょい。ああ顔がこわれちゃう。こりゃおどろいたねどうも。……一時はどうなることかと思いましてな、どうも。……うぷっ、うけたまわり、うけたまわりますれば……うふふふっ、お嬢さんお亡くなりになったそうで……うーい、あーあ、いい気持ちだ」と写実的に演じ、滑稽味を強く出しました。

この噺の場合、どのやり手も「いい気持ち」のきっかけがわかりにくいので、水をのんで辛味が治るという段取りをつけることが多いようです。

胡椒の効用  【RIZAP COOK】

古くから薬用として用いられ、特に、鼻の中に異物が入って出ないとき、胡椒粉をなめ、くしゃみをして出す民間療法がよく行われていました。

別話「悔やみ」  【RIZAP COOK】

この噺の別題は「悔やみ」ですが、ややこしいことにまったく別話で「悔やみ」があります。

お店のだんなの葬式に、女房から悔やみのセリフを教えてもらい、出かけたまぬけ亭主が、ふだん世話になっているおかみさんの前でお経をあげながら、だんなに冷奴で焼酎をごちそうになったとか、腹痛を起こしてはばかりに行ったら紙がなく、困っているのを助けてもらったとか、くだらない思い出話をさんざん並べたあげく、「ナムアミダブ……だんなが先に死んで、こんないい女のおかみさんを一人置くのは、もったいない。あらもったいないったら、ンニャアモリョリョン」と、最後は明治の五代目桂文楽が流行らせた奇妙な「モリョリョン踊り」の節で、とんでもない下心を出す。

この噺は、六代目三遊亭円生が逃げ噺としてよく演じました。

【RIZAP COOK】

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まめや【豆屋】演目

商いの噺。物売りの豆屋、売れても売れなくても客に怒られる始末。

【あらすじ】

あるぼんくらな男。

何の商売をやっても長続きせず、今度は近所の八百屋の世話で豆売りをやることにして、知り合いの隠居のところへ元手をせびりに行く。

隠居からなんとか二円借りたにわか豆屋、出発する時、八百屋に、物を売る時には何でも掛け値をし、一升十三銭なら二十銭と言った後、だんだんまけていくもんだと教えられたので、それだけが頭にこびりついている。

この前は売り物の名を忘れたが、今度は大丈夫そうで
「ええ、豆、そら豆の上等でございッ」
と教えられた通にがなって歩いていると、とある裏路地で
「おい、豆屋」
「豆屋はどちらで」
「豆屋はてめえだ」
「一升いくらだ」
と聞くので
「二十銭でございます」
と答えると
「おい、お松、逃げねえように戸を閉めて、しんばり棒をかっちまえ。薪ざっぽうを一本持ってこいッ」

豆屋はなんのことかと思っていたら、
「この貧乏長屋へ来て、こんな豆を一升二十銭で売ろうとは、てめえ、命が惜しくねえか」
と脅かされ、二銭に値切られてしまった。

その上、山盛りにさせられ、こぼれたのまでかっさらわれてさんざん。

泣く泣く、また別の場所で
「豆、豆ッ」
とやっていると、再び
「豆屋ァ」
の声。

前よりもっとこわそうな顔。

「一升いくらだ」
と聞かれ、
「へい、二…十」
を危うくのみ込んで
「へえ、二…銭で」
「おい、お竹、逃げねえように戸を閉めて、しんばり棒をかっちまえ。薪ざっぽうを一本持ってこいッ。一升二銭なんぞで買っちゃ、仲間うちにツラ出しができねえ」
と言う。

もう観念して
「それじゃ、あの一銭五厘に」
「ばか野郎。だれがまけろと言った。もっと高くするんだ」

豆屋がおそるおそる値を上げると
「十五銭? ケチなことを言いやがるな」
「二十銭? それっぱかりのはした銭で豆ェ買ったと言われちゃ、仲間うちに…」
というわけで、とうとう五十銭に。

いい客が付いたと喜んで、盛りをよくしようとすると
「やいやいッ、なにをしやがるんだ。商売人は中をふんわり、たくさん詰めたように見せかけるのが当たり前だ。真ん中を少しへこませろ。ぐっと減らせ、ぐっと。薪ざっぽうが見えねえか。よし、すくいにくくなったら、升を逆さにして、ポンとたたけ」
「親方、升がからっぽです」
「おれんとこじゃ、買わねえんだい」

【RIZAP COOK】

【しりたい】

江戸の野菜売り  【RIZAP COOK】

江戸時代、この豆屋のように一種類の野菜を行商で売り歩く八百屋を「前栽売り」と呼びました。落語ではほかに「唐茄子屋政談」「かぼちゃ屋」の主人公も同じです。いずれも天秤棒に「前栽籠」という浅底の竹籠をつるして担ぎ歩きます。同じ豆屋でも枝豆売りは子持ちの貧しい女性が多かったといいます。

十代目文治のおはこ  【RIZAP COOK】

かつては「えへへの柳枝」と呼ばれた七代目春風亭柳枝がよく演じましたが、その後は、十代目桂文治が伸治時代から売り物にしていました。評逸なおかしみは無類で、あのカン高い声の「まめやァー!」は今も耳に残っています。立川談志は、豆屋を与太郎としていました。

逃げ噺の代表格  【RIZAP COOK】

「豆屋」は短い噺ですが、オチもなかなか塩が効いていて、捨てがたい味があります。持ち時間が少ないとき、早く高座を下りる必要のあるときなどにさらっと演じる「逃げ噺」の代表格です。

古くは、六代目三升家小勝の「味噌豆」、八代目桂文楽の「馬のす」、五代目古今亭志ん生の「義眼」、六代目三遊亭円生の「四宿の屁」「おかふい」「悔やみ」など、一流の演者はそれぞれ自分の逃げ噺を持っていました。

薪ざっぽう  【RIZAP COOK】

「真木撮棒」と書きます。すでに伐ったり割ったりしてある薪で、十分に殺傷能力のある、コワイ代物です。「まきざっぽ」とも言います。

【語の読みと注】
前栽売り せんざいうり

【RIZAP COOK】

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