【青山】
あおやま
天正19年(1591)、青山常陸介忠成(1551-1613)が宅地をたまわったところからの地名です。その折、老馬に乗って一円をまわった範囲をたまわったのだそうです。当時はそんなものだったのですかね。のどかなかぎり。
南は麻布、麻布今井町、北は千駄ヶ谷、鮫ヶ橋、東は赤坂、西は原宿、上渋谷に接する広大な地。
ただ、次男の青山忠俊(1578-1643)が徳川家光(1604-51)の勘気をこうむって、元和9年(1623)に武蔵岩槻(5.5万石)の所領と青山の屋敷を没収されました。
青山の屋敷は弟の青山幸成(1586-1643)が改めて拝領したものです。幸成の青山家は美濃郡上の八幡藩(4.8万石)を拝領し、明治維新まで続きました。郡上藩と呼ぶ人もいます。
八幡藩の上屋敷は小石川春日町(文京区本郷1)ですが、下屋敷は青山原宿村(港区南青山2/青山霊園)にありました。
銀座線外苑前駅の近くに建つ梅窓院(浄土宗、港区南青山2-26-38)。ここは青山幸成の死後、青山家の菩提寺として開創されましたが、ここでは毎年6月、郡上踊りが開催されます。青山家とのかかわりに由来するのは明らかですね。



