猿後家 さるごけ 演目

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舌禍でリストラの憂き目にあうおやじには身につまされるはなしです。

別題: お猿だんな

【あらすじ】

さる商家の後家さん。

四十過ぎだが、ご面相が猿そっくり。

外出するたびに近所の者に
「サル、サル」
と後ろ指さされるので、気がめいって、家に閉じこもりきり。

周囲の者には「サル」という言葉は絶対に言わせない。

口に出したが最後、奉公人はクビ、職人も出入り禁止になるので、みな戦々恐々。

先日も植木屋がうっかり
「サルすべり」
と言ってしまい、大げんかになったばかりで、番頭は頭を抱えている。

ちょうど現れたのが出入りの源さん。

これが口八丁手八丁で、うまくおかみさんの機嫌を取り結ぶので、みな重宝がっている。

源さん、さっそく奥へ通ると、いつもの通りお世辞の連発。

親類で京美人の娘と間違えたふりをしたり、素顔なのに化粧していると言ってみたりで、おかみさんはすっかり有頂天。

おかみさんは、鰻だ酒だと、ごちそう攻め。

三、四日来なかったわけを聞かれると、待ってましたとばかり、源さん、知人に案内して東京の名所を回った話をする。

「浅草の広小路に出ると大勢の人だかりで、これが近ごろ珍しいサル回し……」

あっと思ったが、もう手遅れ。

おかみさんは烈火のごとく怒り、あえなく源さん、永久追放とあいなった。

失業中で、ここのご祝儀だけで親子三人露命をつないでいたのに、クビになった日には干上がってしまう、とべそをかき、番頭に取りなしを頼む。
番頭は番頭で、前任者で仕立て屋の太兵衛という男の悲惨な運命を語る。

子供の踊りの話から「靭猿」がついて出て、失敗。

二か月後、物乞いの格好で現れ、絵草紙屋で見つけた絶世の美女の錦絵があまりにも奥さまに瓜二つなので、これをご本尊に、これから四国巡礼の旅に出るとうまく言って、見事失地回復。

ところが、おまえは知恵者だとほめられた拍子に「ほんのサル知恵で」とやった。

これで完全に回復不能、というわけ。

そんな話を聞いていてひらめいた源さん、
「日本古来の美人は」
と番頭に尋ねると、
「小野小町、袈裟(けさ)御前に静御前、常盤御前」
と番頭。

それだけ覚えると再び奥へ。

「さっきのは皿回しと言ったんですよ」
とゴマかしてご機嫌を直し、ダメ押しに
「おかみさんほどの美人は小野小町か袈裟御前」
とまくしたてたから、
「おまえ、生涯家に出入りしておくれ」
と、おかみさんは大喜び。

「その代わり、あたしの気にさわることは、絶対に口におしでないよ」
「そりゃ大丈夫です。ご当家をしくじったら、木から落ちたサル」
「なんだい?」
「いえ、猫同様でございます」

底本:六代目蝶花楼馬楽、十代目柳家小三治

【しりたい】

オリジナルは上方落語

純粋の上方落語で、先代桂文枝のは、中年女の脂っけたっぷりで絶品でした。

大阪の演出では、伊勢参りから奈良を回った話から「猿沢の池」が出て失敗。寒いので「さむそうの池」と言ったとごまかしますが、最後に「ようヒヒ(=楊貴妃)に似てござります」と地口(ダジャレ)オチになります。

東京紹介はわりに早かったようで、昭和4年(1929)講談社刊の『落語全集』下巻に、「お猿だんな」として主人公を男性に替えた、藤波楽斎なる演者名での東京演出の速記が載っています。実際にこの演題で口演されたかどうかは不明ですが。この速記では、オチは「木から落ちたリス」となっています。

現在は東京でも「猿後家」で演じられ、六代目蝶花楼馬楽の速記もありますが、現役では柳家小三治のもので、小三治は「猿でございます」と、失敗のままオチています。

靭猿

うつぼざる。同題の狂言を常磐津舞踊に仕立てたもので、本題を「花舞台霞の猿曳」といいます。歌舞伎舞踊では現在もよく上演される代表的なもので、長唄にもアレンジされています。

狂言には珍しい「人情噺」で、太郎冠者を引き連れた大名に、靭(=矢筒)の革にしたいから猿を差し出せと強要された猿曳きが、涙ながらに自分の手で杖で打ち殺そうとすると、猿がその杖を取って舟の櫓を押すまねをするので、大名も哀れに思い、猿を助命する、という筋です。

四国巡礼

「一つとや、一つ長屋の佐次兵衛殿、四国を廻って猿になる」という俗謡からの連想と思われます。

美人

このほか、大阪では照手姫、衣通(そとおり)姫の名を挙げたりします。

木から落ちた猿

頼りとする者から、見放されるたとえです。

【猿後家 柳家小三治】

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