いえみまい【家見舞】落語演目

【RIZAP COOK】

  成城石井.com  ことば 演目  千字寄席

【どんな?】

物語を知れば、そっちのほうがしっくりくるかもしれません。

別題:祝いがめ 肥瓶 祝いの壷(上方) 雪隠壷(上方)

【あらすじ】

借金をしても義理だけは欠かないのが、江戸っ子。

兄貴分の竹さんが引っ越した。

日ごろ世話になっている手前、祝いの一つも贈らなくてはならないと考えた、二人組。

ところが、なにを買っていいか見当がつかない。

直接、本人に聞きに行く。

竹兄イが
「そんな無理をしなくてもいい」
と断るのに、
箪笥たんす長持ながもち一式はどうです?」
なんぞと大きなことを言う相棒に、
「どこにそんな金があるんだ」
と片一方はハラハラ。

ところが、ふと台所を見ると、昔はどこの家でも必需品の水瓶がなく、バケツで代用しているようす。

「さあ、これだ」
と二人。

兄イが止めるのも聞かず、脱兎だっとのごとく外に飛び出した。

さっそく、ある道具屋に飛び込んで物色すると、手ごろなのがあった。

値段を聞けば二十八円。

少しばかり、いや大いに高い。

一番安いのを見ると、四円。

ところが、ばかなことに、所持金額は一人が一銭、相棒は一文なし。

お互いに相手の懐を当てにしていたわけ。

しかたなく消え入りそうな声で、
「あの、もう少しまかりませんか?」
「へえ、どのくらいに?」
「あの一銭」
「ははあ、一銭お引きするんで?」
「一銭はそのまま。後の方をずーっと……」

これでは怒らない方がおかしい。

「顔を洗って出直してこい。来世になったら売ってやる」
と、おやじにケンツクを食わされた。

別の道具屋をのぞくと、またよさそうなのがある。

当たって砕けろと、おそるおそる一銭と切り出すと、
「一銭? そんな金はいらない。タダで持っていきなさい」

大喜びの二人。

さっそく、差し担いで運ぼうとすると道具屋、
「あんた方、それをなにに使いなさる?」
「水瓶だよ」
「そりゃいけねえ。見たらわかりそうなもんだ。おまえさん方、毎朝あれにまたがってるでしょう」

ん……? 毎朝またがる? 

よくよく見ると、はたしてそれは紛れもなく、便器用の肥瓶こいがめ

タダなわけだ。

と言って、今さらどうしようもない。

洗ってみても、猛烈な悪臭で鼻が曲がりそう。

しかたなく水を張ってゴマかし、引っ越し祝いに届けると、兄イは大喜び。

飯を食っていけと言われて、出てきたのが湯豆腐。

うめえ、うめえと食っているうちに、ふと気づいて二人、腰が抜けた。

「豆腐を洗った水はどこから汲んだ?」
「へえ、その、豆腐は断ってまして」
と言うと、
「それじゃ香の物はどうだ」
と出され
「そりゃいい、古漬はかくやに刻んで水に……あの、コウコも断ってます」
「なんでも断ってやがる。それじゃ焼き海苔で飯を食え」
「その飯はどこの水で炊きました?」
「決まってるじゃねえか。てめえたちがくれたあの水瓶よ」
「さいならツ」
「おい、待ちな。あの瓶が……おい、こりゃひでえおりだ。こんだ来る時、ふなァ二、三匹持ってきてくれ。鮒は澱を食うというから」
「なに、それにゃあ及ばねえ。今までコイ(肥=鯉)が入ってた」

底本:五代目柳家小さん

【しりたい】

水瓶と肥瓶

水瓶は、明治31年(1898)に近代的な水道が敷設され始めてからも、その普及がなかなか進まなかったため、昭和に入るまでは家庭の必需品でした。

特に長屋では、共同井戸から汲んでくるにしても水道の溜枡からにしても、水をためておく容器としては欠かせません。

素焼きの陶磁器で、二回火といって二度焼きしてある頑丈なものは値が張りました。

噺に最初に出てくる28円のものがそれで、備前焼です。

水がめより低く、口が広いのが肥がめです。五人用、三人用など、人数によって横幅・容量が異なりました。 

江戸の裏長屋では、総後架そうごうかと呼ばれた共同便所に、大型のものを埋めて使用し、トイレが各戸別になっているところでは、それぞれの裏口の突き出しに置かれました。

上方の「雪隠壺」

雪隠せんち」は東京では「せっちん」と読みますが、関西の言葉です。

上方のやり方は、東京のものとはかなり異なり、家相を見てもらって、ここに雪隠を立てて、肥壺(肥瓶)は一回だけ使えとアドバイスされた男がもったいないと、使用後道具屋に売る場面が前に付きます。

それを水がめ用に買っていった男が、新築祝いにしますが、宴会でバアサン芸者が浮かれたので、「ババ(=糞)も浮くわけや。雪隠壺へ水張った」と汚いオチになります。

それをはばかってか、桂米朝は「祝いの壺」として演じました。

東京では小さん系

明治期に三代目柳家小さんが東京に移植、改作しましたが、速記は残されていません。

八代目春風亭柳枝しゅんぷうていりゅうしを経て、五代目小さんが十八番にしていました。

今回のあらすじのテキストも小さんのものです。

小さんは高座では「こいがめ」で演じても、後年、レコードやCDでは「家見舞」「祝いがめ」の題名で入れていました。

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