ふろしき【風呂敷】落語演目

  ことば 噺家  演目 志ん生 円朝迷宮 千字寄席

【どんな?】

長屋で間男してないのはいない。
そう言う、熊五郎のかみさんも……。
不倫、不貞、間男。
意表をつく風呂敷の使い方。
ためになりますかね。

別題:褄重ね 不貞妻 風呂敷の間男

【あらすじ】

亭主の熊五郎の留守に、かみさんが間男を引きずり込み、差しつ差されつ、しっぽり濡れている。

男の方はおっかなびっくり。

かみさんは、この長屋で間男していないかみさんはないから、みな「お相手」がいると、いっこうに気にしない。

「ウチの宿六は、年がら年中稼ぎもしないで遊び放題で、もう愛想が尽きたから、牛を馬に乗り換えて、おまえさんと末永く、共白髪まで添い遂げたいねえ」
と言っては、気を引く。

馬肉や精進揚げをたらふく食って酒をのみ、
「どうせ亭主は横須賀に行っていて帰りは明日だから、今夜はゆっくり」
というところに、路地のどぶ板で足音。

戸をとんとんたたいて
「おい、今、けえった」

かみさん、あわてて間男を戸棚に押し込んだ。

どうせ酔っぱらっているから、すきを見て逃がす算段。

ところが熊五郎、家に入るなり、たいそう御膳が出ているなと言いながら、当の戸棚の前に寝そべると、そのまま高いびき。

これでは戸を開けられないので、かみさんが困っていると、そこへ現れたのが鳶頭。

かみさん、拝み倒して成り行きを白状し、
「ひとつ助けてくださいな」
と頼むので、鳶頭、
「見捨てるわけにもいかねえな」
と、かみさんを外に出し、熊をゆさぶり起こす。

寝ぼけ眼の熊に、かみさんは買い物に行ったとごまかして
「今日友達の家に行ったらな、おかしな話があったんだ。そこの亭主というのはボンヤリしたやつで、稼ぎもろくろく出来ねえから、かみさんが間男をしやがった」
「へえ、とんでもねえアマだ」
「どうせ宿六は帰るめえと思って、情夫を引きずり込んで一杯やってるところへ、亭主が不意に帰ってきたと思え。で、そのカカアがあわ食って、戸棚に男を隠しちまった」
「へえー」
「すると、亭主が酔っぱらって、その戸棚の前に寝ちまった」
「そりゃ、困ったろう」
「そこで、オレがかみさんに頼まれて、そいつを逃がしてやった」

熊が
「どんなふうに逃がしたか聞かしてくれ」
と頼むので、鳶頭
「おめえみたいに寝ころんでたやつを、首に手をこうかけて起こして」
「ふんふん」
「キョロキョロ見ていけねえから、脇の風呂敷ィ取って亭主の顔へこう巻き付けて……どうだ、見えねえだろう。そこでオレも安心して、戸をこういう塩梅にガラリと開けたと思いねえ」

間男を出し、拝んでねえで逃げろと目配せしておいて、
「そいつが影も形もなくなったとたんに、戸を閉めて、それから亭主にかぶせた風呂敷を、こうやって」
とぱっと取ると、熊が膝をポンとたたいて
「なあるほど、こいつはいい工夫だ」

底本:初代三遊亭円遊、五代目古今亭志ん生

【しりたい】

原話は諸説紛々

興津要説では落語草創期から口演されてきた古い噺。矢野誠一説では幕末の安政5年(1858)に没した中平泰作なる実在人の頓知ばなしが元とか。

出自については風呂敷だけに、唐草模様のごとく諸説入り乱れ、マジメに追究するだけ野暮というものです。

ともかく生粋の江戸前艶笑落語ですが、珍しく上方に「輸出」され、東西で演じられます。一応、安政2年(1855)刊『落噺笑種蒔』中の「みそかを」が原話らしきものとされます。

これは、間男をとっさに四斗樽の中に隠して風呂敷をかけた女房が、亭主に「これはなんだ」と聞かれたら「焚き付け(風呂焚き用のかんな屑)です」と答えようと決めていたのに、いざとなると震えて言葉が出ず、思わず樽の中の間男が「たきつけ、たきつけ」という、それこそかんな屑のようにつまらないもの。

この噺は少なくともそれ以前から演じられていたようなので、これはずっと古い出典のコピーか、逆に落語を笑話化したものの可能性があります。

「風呂敷」史 検閲逃れの悪戦苦闘

江戸時代には粋なお上のお目こぼしで、間男不義密通不倫噺として、大手を振って演じられていたわけですが、幕府の瓦解で薩長の田舎侍どもが天下を取ると、そうはいかなくなります。

明治、大正、戦前までは、「姦通罪」が厳として存在し、映画、演劇、芸能の端にいたるまで、人妻を口説く場面などもってのほか。台本などの事前検閲はもちろん、厳重をきわめました。

落語も例外ではなく、「不貞妻」と題したこの噺の初代三遊亭円遊(竹内金太郎、1850-1907、鼻の、実は三代目)の速記(明治25年)では、官憲をはばかって間男に「道ならねえことをするのだからあんまりよい心持ちじゃねえな」と言わせるなど、弁解に苦心しているのがありあり。

大正期の初代柳家小せん(鈴木万次郎、1883-1919、盲小せん)になると、女房はお女郎さんあがりで、以前のなじみ客に会ったので、あくまで昔話をするということで家に入れる設定になっています。

ここでのあらすじは、初代円遊の古い型を参照しました。

実際にはこれ以後、現在に至るまで通常の寄席の高座で演じる「風呂敷」からは本来の不倫噺の要素がほとんど消えています。

この噺を好んで演じたのは、五代目古今亭志ん生(美濃部孝蔵、1890.6.5-1973.9.21)。

やはり間男噺としては演じず、男はただの知人で、嫉妬深い亭主の誤解を避けるため押し入れに隠すやり方をとりました。

濡れ場などはカットした上で、鳶頭が「女は三階(=三界)に家なし」「貞女屏風(=両夫)にまみえず」などのダジャレで、実際は不倫をしていなくても、誤解を招くことをしないよう女房に訓戒をたれる配慮をしていました。

現在もこのやり方がほとんどです。

もっとも、いくら何でも女房が不倫を打ち明けて鳶頭に助けを請うのは不自然で、鳶頭がそれをいいよいいよと簡単に請合うのもおかしな話なので、噺の流れとしては今のやり方の方がずっと自然でしょう。

風呂敷ことはじめ

古くは平裏ひらつづみと呼ばれ、平安時代末期から使われました。源平争乱期には、当然、討ち取った生首を包むのにも。

江戸時代初期、銭湯が発達して、ぬか袋などを包むのに使われたため、この名が付きました。

なかには、布団が包める3m四方以上の大きなもの(大風呂敷)もあり、これが「ホラ吹き」を意味する「大風呂敷を広げる」という表現の元となったわけですね。



  ことば 噺家  演目 志ん生 円朝迷宮 千字寄席

評価 :3/3。

にかいのまおとこ【二階の間男】落語演目

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【どんな?】

女房が亭主を尻目に自宅であいびきして。
バレ噺。二階付き長屋での。

別題:お茶漬け 二階借り 茶漬け間男(上方)

【あらすじ】

ある夫婦、茶飲み話に亭主の友達の噂話をしている。

「畳屋の芳さんは粋でいい男だなァ」
「あらまァ、私もそう思っているんですよ。男っぷりもよし、読み書きもできるし、子供好きでつきあいもいいし」
「おらァ、男ながら惚れたョ」
「あたしも惚れましたよ」

ところが、間違いはどこに転がっているかわからないもの。

この女房、本当に芳さんに惚れてしまった。

こうなると、もう深みにはまって、はらはらどきどき密会を重なるうち、男の方はもうただでは刺激がない、となる。

一計を案じて、亭主のいる所で堂々と間男してやろうと。

ある日、ずうずうしくも乗り込んでくる。

「実はさる亭主持ちの女と密通しているので、お宅の二階を密会の場所にお借り申したい」
というのである。

まぬけな亭主、わがことともつゆ知らず、
「そいつはおもしろい」
というわけ。

言われるままに当の女房を湯に入ってこいと追い出した。

ごていねいにも
「いろ(相手の女)は明るい所は体裁が悪いと言っているから、外でエヘンとせき払いをしたらフッと明かりを消してください」
という頼みも二つ返事。

こうもうまくいくと、かえって女房の方が心配になり、表で姦夫姦婦の立ち話。

「あたしゃいやだよ。そんなばかなことができるもんかね」
「まかしとけ。しあげをごろうじろだ」
「明かりをつけやしないかしら」

亭主は能天気にパクパクと煙草をふかした後、かねての合図でパッと灯火を消すと、あやめも分かたぬ真っ暗闇。

「どこの女房だかしらないが、ズンズンおはいんなさいよ」

うまくいったとほくそ笑んだ二人。

女房は勝手を知ったる家の中。

寝取られ亭主になったとも知らず
「この闇の中で、よくまァぶつからねえで、さっさと上がれるもんだ」
と、妙に感心しているだんなを尻目に、二階でさっさとコトを始めてしまった。

亭主、思わず上を眺めて
「町内で知らぬは亭主ばかりなり。ああ、そのまぬけ野郎のつらが見てえもんだ」

底本:六代目三遊亭円生

【うんちく】

二階付き長屋

三軒長屋」にも登場しました。二階付き長屋は数が少なく、おもに鳶頭のように、大勢が出入りする稼業の者が借りました。

八代目林家正蔵(岡本義、1895-1982、彦六)が、終生、稲荷町の二階付き長屋に住んでいたことはよく知られています。

円生の逸品

原話は、天保13(1842)年刊の『奇談新編』中の漢文体笑話です。

明治23年(1890)5月の雑誌『百花園』に掲載された、初代三遊亭円遊(竹内金太郎、1850-1907、鼻の、実は三代目)の速記が残っています。

紙入れ」「風呂敷」と同じく、間男噺ですが、その過激度では群を抜いていて、現在、継承者がいないのが惜しまれます。

この噺は演者によって題が異なります。

桂米朝(中川清、1925-2015)は「茶漬け間男」で、六代目三遊亭円生(山﨑松尾、1900-79、柏木の師匠)は「二階の間男」で、五代目春風亭柳昇(秋本安雄、1920-2003)は「お茶漬け」で、それぞれやっていました。

ここでの「茶漬け」は亭主が茶漬けを食っている間にコトを済ます、というすじだからです。

ここでは六代目三遊亭円生の速記を使いました。あの謹厳実直を絵に描いたようなイメージの、昭和の名人の、です。

寝取られ男

この言葉に対応するフランス語は「コキュ(cocue)」が有名です。

cocuはカッコウから来ている言葉のようで、「かっこうの雌は他の鳥の巣で卵を産むことから」のようです。

そういえば、私が大学に通っていた頃に、こんなカッコウのようなことをしていた女子がいましたっけ。ちゃっかりしてます。

フランスでは伝統的にコキュを描いた文学や演劇などが多くあります。

他人のセックスを覗いて笑うネタにするのは世界共通ですが、フランスはもう少し高度な文化のようです。

他人の持ち物で楽しむ人を覗いて笑う趣味がある、ということでしょうか。

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