いぬのめ【犬の目】落語演目

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【どんな?】

犬の目を入れた男。ふざけた噺です。この味わいは落語ならでは。

別題:目玉違い

あらすじ

目が悪くなって、医者に駆け込んだ男。

かかった医者がヘボンの弟子でシャボンという先生。

ところが、その先生が留守で、その弟子というのが診察する。

「これは手術が遅れたので、くり抜かなくては治らない」

さっさと目玉をひっこ抜き、洗ってもとに戻そうとすると、水でふやけてはめ込めない。

困って、縮むまで陰干しにしておくと、犬が目玉を食ってしまった。

「犬の腹に目玉が入ったから、春になったら芽を出すだろう」
「冗談じゃねえ。どうするんです」

しかたがないので、犯人ならぬ「犯犬」の目玉を罰としてくり抜き、男にはめ込む。

今までのより遠目が利いてよかったが、
「先生、ダメです。これじゃ外に出られません」
「なぜ」
「小便する時、自然に足が持ち上がります」

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しりたい

逃げ噺 【RIZAP COOK】

軽い「逃げ噺」なので、オチはやり手によってさまざまに工夫され、変えられています。

もっとも艶笑がかったものでは、「夜女房と取り組むとき、自然に後ろから……」と。

「まだ鑑札を受けていません」というのもあります。

原話となっている安永2年(1773)刊の『聞上手』中の「眼玉」では、「紙屑屋を見ると、ほえたくなる」というものです。

明治でのやり方 【RIZAP COOK】

明治・大正の名人の一人で、六代目三遊亭円生の大師匠にあたる四代目橘家円蔵(品川の円蔵)の速記が残っています。

それによると、円蔵は男を清兵衛、医者を横町の山井直という名にし、前半で、知り合いの源兵衛に医者を紹介してもらうくだりを入れています。ギャグも、「洗うときはソーダを効かさないでくれ」「枕元でヒョイと見回してウーンとうなる」など、気楽に挿入しています。「ソーダ(曹達)」のような化学用語に、いかにも文明開化の新時代のにおいを感じさせるものの、今日では古めかしすぎて、クスリとも笑えないでしょう。

円蔵は、「目が落ちそうだ」と訴えるのに、中で目玉をふやかす薬を与えていて、そのあたりも現行とは異なります。

三平の古典 【RIZAP COOK】

昭和初期には、五代目三升家小勝が「目玉違い」の題で演じました。

なんといっても、林家三平の「湯屋番」「源平盛衰記」と並んでたった三席だけ残る、貴重な(?)古典落語の音源の一つがこの「犬の目」です。その内容については……言うだけ野暮、というものでしょう。

大らかなナンセンス 【RIZAP COOK】

「義眼」のシュールで秀逸なオチに比べ、「犬の目」では古めかしさが目立ち、そのためか、最近はあまり演じられないようです。

こうした単純明快なばかばかしいナンセンスは今では逆に貴重品です。ある意味では落語の原点、エッセンスともいえます。

新たなギャグやオチの創作次第ではまだまだ生きる噺。若手のテキストレジーに期待したいものです。

ヘボンと眼病 【RIZAP COOK】

ヘボン(James Curtis Hepburn、ジェームス・カーティス・ヘボン)は、明治学院やフェリス女学院を作ったアメリカ人の医者で熱心なキリスト教徒でした。名字のHepburnは、今ではオードリー・ヘップバーンと同じヘップバーンをさします。米国長老派教会の医療伝道宣教師でした。お医者さんです。

だから、こんな噺に巻き込まれるわけ。ヘボン先生は日本人に発音しやすいようにと自ら「ヘボンです」と言い、「平文」とも記していたそうです。

ローマ字の考案者で、われわれが学校で習った表記法はヘボン式ローマ字といわれるものです。長老教会は離合集散の結果、今ではUSA長老教会として、米国の上層部を牛耳る保守派のプロテスタント。もとはカルバン派という改革を好む集団でした。それが月日がたつとゴリゴリの保守派になるのは、奇妙なさがです。

安政6年(1859)に来日するや、ヘボンがまず驚いたのは、日本人があまりにも眼病をわずらっていることでした。

これは、淋菌の付いた指で目をこすって「風眼」という淋菌性の眼病にかかる人が多かったからとのこと。

それだけ、日本人の性は、倫理もへったくれもなく、やり放題で、その結果、性病が日常的だったわけでもあるのですがね。衛生的にどうしたとかいう以前に、性があんまりにもおおっぴらだったことの証明なんです。

ですから、この噺が、ヘボン先生の弟子のシャボン先生(そんなのいるわけありません)が登場するのは眼病とヘボンという、当時の人ならすぐに符合するものをくっつけて作っているところが、みそなんですね。

ヘボンは明治25年(1882)に離日しました。日本のきわめて重要な時期を見つめてきた外国人といえるでしょう。円朝との接触もありましたが、それはまたの機会に。

文久3年(1863)、ヘボンは箕作秋萍が連れてきた岸田吟香の眼病を治療しています。岸田は明治の新聞記者です。明治初期のよちよち歩きの文壇事始めにもかかわっています。その子が岸田劉生(洋画家)。

岸田國士とは違う系統です。だから、岸田今日子(岸田國士の次女)、岸田森(岸田國士の弟・虎二の子)とは関係ありません。今日子と森は従兄弟の関係です。

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ふたなり【ふたなり】演目

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【どんな?】

タイトルとはおおよそイメージ違った、大笑いの噺。あまりやらない珍品です。

別題:亀右衛門 書き置き違い(上方)

【あらすじ】

ある田舎のお話。

土地の親分で、面倒見がよいので有名な亀右衛門のところに、猟師が二人泣きついてくる。

五両の借金が返せないので、夜逃げをしなければならないという。

何でも呑み込む(頼みを引き受ける)ため、鰐鮫わにざめと異名を取っている手前、なんとかしてやると請け負ったものの、亀右衛門にも金はない。

そこで、妖怪が出ると噂の高い天神の森を通って小松原のおかんこ婆という高利貸しのところへ借金に行くことになった。

森に差しかかると、ふいに若い女に声をかけられる。

どうせ狐か狸だろうと思ったが、これがなかなかいい女なので、話を聞いてみると
「若気の至りで男と道ならないことをした、連れて逃げてもらおうと思ったが、薄情にも男は行方をくらましてしまい、この上は死ぬよりほかはないから、書き置きを親許に届けてほしい」
との願い。

「もし聞き届けてくださるのなら、死ぬ身にお金は必要なし、持ち出した十両があるので、それを差し上げます」

こんなおいしい話はない。

亀右衛門はたちまち飛びついた。

「もう一つお願いがございます」
「なんだい」
「あんまり急いだので、死ぬ用意が有りません。ここは飛び込む川もなし、どうしたら死ねるか、教えてください」

そこで、目についたのが目の前の松の木。

亀右衛門、首くくりの実技指導をしているうちに、熱が入りすぎて、縄から思わず手を放したのが運の尽き。

自分がぶら下がってしまい、あえない最期。

「あァらいやだわ、この人。あたし、なんだか死ぬのが嫌になっちゃった。死人にお金は必要ないから、今この人に渡した十両、また返してもらおう」

ひどい奴があるもので、風を食らって逃げてしまった。

翌朝、親分の帰りが遅いのを心配した例の猟師二人が捜しに来て、哀れにもぶらぶら揺れている亀右衛門の死骸を発見して大騒ぎ。

さっそく、役人のお取調べとなる。

「ここに書き置きがあるな。覚悟の自殺と見える。どれどれ『ご両親さまに、先立つ不幸、かえりみず、かの人と深く言い交わし、ひと夜、ふた夜、三夜となり、ついにお腹に子を宿し…』。なんじゃ、これは。これこれ、その方ども、この者は男子か女子か、いずれじゃ」

「へえ、猟師(両子)でございます」

底本:五代目古今亭志ん生

【しりたい】

志ん生、米朝の珍品  【RIZAP COOK】

別題「書置き違い」の上方落語を東京に移植したものですが、古い速記もなく、原話ほか、詳しいこともよくわかりません。

東京では「亀右衛門」の題も使われ、戦後は五代目古今亭志ん生の一手専売でした。

その志ん生も、しょっちゅうやった噺ではありません。埋もれるには惜しい逸品ですが、発想が古めかしいためか、なぜか演者は少なく、珍品の部類に入るでしょう。

男女の垣根が取っ払われつつある現代では、この噺程度の「不道徳性」では刺激が少ないかもしれません。

上方では、桂米朝が東京通り「ふたなり」の題で演じていました。弟子の枝雀のも「それなりに」エキセントリックで、けっこうでした。

上方のオチと演出  【RIZAP COOK】

現行のものもダジャレオチで、決してほめられたものではありませんが、それだけに、演者によってオチの工夫がみられます。

上方のオチは、「おまえの親父はふたなりか」と聞かれ、「夜前食うたなりです」というもので、これもかなり苦し紛れ。

上方では、古くは首をつる主人公は、名前はありませんでした。

役人が「亀右衛門はふたなりであろう」と先に言ってしまい、「いえ、昨晩着たなりです」とする演者もあったようです。これなど、早とちりで「ふたなり」を先に出してしまい、あわてて咄嗟にゴマかしたにおいがぷんぷんするのですが。

ふたなり  【RIZAP COOK】

両性具有、アンドロギュヌスのことです。古くは「はにわり」ともいいました。雌雄一体は、下等生物にはよくあるそうですが、さすがに人間となると……。

【RIZAP COOK】

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