かかとがずつうやんであたまへせんきがのぼる【踵が頭痛病んで頭へ疝気がのぼる】むだぐち ことば

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とうていあり得ないことをコミカルにむだぐちにしたもの。

不可能を表すたとえは「煎り豆に花」「石が流れて木の葉が沈む」などがありますが、なんでもありのご時節、踵が頭痛病むくらいでなければ、誰も驚かないでしょう。

五代目古今亭志ん生の小咄に、胴と足が別々のところに奉公して……というのがありますが、落語こそ、動物はおろか、ナマ首まで口をきき、自分の頭の池に飛び込む異次元世界です。

ちなみに、西洋ではこういうのを「奇蹟」と呼びます。『ノートルダム・ド・パリ』でビクトル・ユゴーが描く15世紀のパリには「奇蹟通り」と呼ぶ怪しげな一角がありました。そこでは、日が落ちると必ず「奇蹟」が起こり、歩けない人が駆け出し、目が見えない人がぱっちり目を開きます。それからみんなそろって追い剥ぎに「変身」するわけですが。もっとも、もうひとひねりして、「足が目を開け目が走り出す」くらいでないと、このむだぐちのレベルには達しません。

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勘当された若だんな。「お天道さまと米の飯は」とまぬけでのんき。

【あらすじ】

紀伊国屋という綿屋の若だんな。

略して紀綿さんと呼ばれているが、大変な道楽者で、吉原の花魁に入れ揚げてとどのつまりは、勘当。

「お天道さまと米の飯はどこでも付いて回る」
と「唐茄子屋政談」の若だんなとちょうど同じことを言って、家を飛び出し、花魁の所へ転がり込むが、金の切れ目が縁の切れ目、ていよく追い出され、結局、見世に出入りの印判屋の喜兵衛の家で居候を決め込む身とはなった。

若だんながあんまりにも怠け者でずうずうしいから、案の定、かみさんが怒り出す。

喜兵衛は板挟みで、若だんなに
「なにか商売を」
と勧めると、今度の若だんなは
「易者になりたい」
と言い出す。

みかん箱を一つ借り、白布を掛けて見台、魚串が筮竹。

家の半分を借りて「人相手相墨色判断」と看板を書いてもらい、名も平安時代の陰陽師安倍晴明をもじって「今晴明」というごたいそうなのを付けた。

最初に来たのは女で、三味線のお師匠さん。

母親に琴も教えたらどうかと言われ、やった方がいいか見てもらいたいと言うので、無理はコトだからおやめなさいとくだらない駄じゃれでごまかし、三味線だけに心を太棹に持って辛抱が肝心と、落語家のようなことを言って帰す始末。

次は鳶頭の娘。縁談があるが、うまくいくか見てほしいと頼む。

娘が違うと言うのに、強引に娘は火性、先方の男は水性ということにしてしまって、
「だんなは水性だから、鰻と同じ穴っぱいり(浮気)の好きな質、おまえさんは火だから、カッカと焼くので、釣り合わないからおやめなさい。それよりいっそ、芸者にでも出て」
と、めちゃくちゃを言うので、娘は怒って帰ってしまう。

あとから若い者が押しかけ
「この野郎、てめえが易者か。家の姉御をおつゥまぜっ返しゃあがったな」

ポカポカポカと殴られ、コブだらけにされた若だんな。

自業自得とはいえ、すっかり易者に懲り、今度は医者をやると言い出す。

また看板を書き換え、今度は
「施しに五銭で診察する」
と宣伝したので、さっそく客が来る。

女が腰がつると言うと、にわか医者
「それは疝気」
「疝気は男の」
「女だって疝気だ。橙の粉にマタタビをなめなさい」

喜兵衛に女は寸白と教えられ
「おまえさんは医者をやったことがあるね」
「やらなくたってわかります」

そこへ蔵前の万屋という茶問屋から、
「奥方が風邪をこじらせたのでみてくれ」
と言ってくる。

金になりそうだからさっそく出かけて、かっこうをつけるため、お茶を所望。

「これはけっこうで。ご主人はどういうご流儀で?」
「千家でございます」
「それでわかった。奥さまは寸白でしょう」

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【うんちく】

後継者のいない噺

大正4年(1915)9月刊『三遊連柳連名人落語十八番』に、六代目金原亭馬生の速記が掲載されています。

この馬生は、後年、四代目古今亭志ん生を襲名。五代目志ん生の二人目の師匠です。

歯切れのいい江戸前の芸風で人気がありましたが、襲名後わずか一年あまりの大正15年(1926)1月、48歳の若さで亡くなりました。

戦後では、初代林家三平や八代目橘家円蔵の師匠で、七代目橘家円蔵(あのねの円蔵)がたまに演じましたが、彼の没後、東京ではほとんどやり手はいません。

ならぬ勘当するが勘当

とうの昔に死語と化しましたが、勘当には二通りありました。

ほとんどの場合、こらしめのため、家に出入りを禁ずるという形をとり、落語の居候の若だんなはみなこれです。

ただ、どうにも手がつけられず、犯罪などで親族に累を及ぼす場合は、親類同意の上で除籍します。

これで、勘当された者は無籍、つまり無宿人となります。その名を記載したのが久離勘当帳、または言上帳ともいいました。「久離を切って勘当する」というのは、親父の脅しの常套文句でした。

これは町名主が管理し、復籍する際はそこから名前を消します。ついでに、これが「帳消し」の語の起こりです。

懲りない若だんな

毎度おなじみ、懲りない若だんな。

今回は易者志望で、また一騒動。原話は不詳ですが、民話がルーツともいわれます。前半は「湯屋番」「素人車」などと同じく、勘当→居候という一連のパターンなので、誰かがバリエーションを変えて改作したのかもしれません。

「きめんさん」で演じることがあるのは、主人公が紀伊国屋という綿屋の息子だからで、上方ではこの題で演じられます。医者の息子という設定もあります。

【語の読みと注】
花魁 おいらん
居候 いそうろう
筮竹 ぜいちく
太棹 ふとざお
鳶頭 とびのかしら
姉御 あねご
疝気 せんき
寸白 すばこ:女の生理病
久離 きゅうり

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ちのみち 【血の道】 ことば

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女性特有の病気の総称。

身体的には男女を問わず血管をさしますが、芝居や落語では、広く血行障害に起因する女性特有の病気の総称のこと。

主に、産褥時や生理時、また、更年期障害の一症状として血行不良が起こり、その結果生じる、頭痛、目まい、精神不安定などの症状を、すべてこう呼びました。

これは、漢方医学では、到底病因や疾病の特定が不可能なため、致し方なく、なんでも「血の道の病」とされていたからでしょう。男の「疝気」や「腎虚」と同じようなものです。

「東海道四谷怪談」(四世鶴屋南北)で、出産直後のお岩が悩まされるのがこれでした。

伊藤喜兵衛(高師直の家臣)が、田宮伊右衛門(お岩の夫)を、孫娘お梅と添わせたいばかりに、じゃまになるお岩を「血の道の妙薬」と称した毒薬で殺そうとしたのが、すべての悲劇の発端となります。

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石返し いしがえし 演目

【RIZAP COOK】

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ここの松公は与太郎。番町を夜なきそばで。江戸から上方へ移った珍しいはなし。

【あらすじ】

少しばかり頭が薄暮状態の松公は、夜なきそば屋のせがれ。

親父の屋台の後を、いつもヘラヘラして付いて回っているだけ。

今夜は親父が
「疝気が起こって商売に出られないから、代わりにおまえがそばを売って来い」
と言い渡す。

そばのこしらえ方や「お寒うございます」というお愛想の言い方を一通りおさらいし、屋台のそば屋はなるたけさびしい場所の方が客が捕まる、火事場の傍だと野次馬が大勢集まっているからもうかりやすい、などといった秘訣を、いちいち教えられた。

「じゃ、お父っつぁん、道具ゥ置いといて火ィつけてまわろうか」
「ばか野郎ッ」

頼りないながらも、最後に「そばあうううい」という売り声をなんとか親父が教え込み、松公は商売に出かけた。

さあ、それからが大変。

なかなか「そばあうううい」と出てこないので、暗い所で練習しておけば明るい所でも大丈夫だろうと、立ち小便の真っ最中の職人にいきなり
「(そ)ばあー」
とやってケンツクを食わされたり、客が
「一杯くれ」
と言うのに、
「明るいとこじゃ売れない、オレのそばが食いたきゃ墓場へ来い」
とやったりして、相変わらず頭のネジは緩みっぱなし。

そのうちに、ばかにさびしい所に出たので、いちだんと声を張り上げると、片側が石垣、片側がどぶとなっている大きな屋敷の上の方から侍が声を掛けてきた。

「総仕舞いにしてやるから、そばと汁を別々に、残らずここに入れろ」
と、上から鍋と徳利が下がってきたので、松公喜んで全部入れ、
「お鍋の宙乗りだ、スチャラかチャンチャン」
と囃すうちに、そばは屋敷の中に消える。

「代金をくれ」
と言うと、
「石垣に沿って回ると門番の爺がいるから、それにもらえ」
とのこと。

ところがその門番、
「あそこには人は住んでいない、それは狸で、鍋は金玉。きさまは化かされたのだからあきらめろ」
という。

「狸がたぶん引っ越しそばでもあつらえたんだろうから、そんな代金を人間が払う義理はない、帰れ帰れ」
と六尺棒で追い立てられ、松公は泣きべそで戻って報告した。

親父は
「あすこは番町鍋屋敷という所だ」
と屋台の看板を汁粉屋に書き換え、松公と一緒に現場へ急行。

「しるこォ」
と声を張り上げると、案の定呼び止められ、鍋が下がってきたので、親父、そいつに石を入れて
「お待ち遠さま」

侍、引き上げて驚き
「おいっ、この石はなんだッ」
「さっきの石返し(意趣返し)」

底本:五代目柳家小さん

【RIZAP COOK】

【しりたい】

小さん系の与太郎噺

古い江戸落語ですが、原話は不詳です。武士の横暴に仕返しする、町人のレジスタンス精神があふれ、なかなかおもしろい噺ながら、オチがダジャレ、つまり、石=イシと仕返しの意味の意趣=イシュを掛けた、くだらないせいか、最近はあまり演じられていないようです。

三代目小さんから四代目、七代目三笑亭可楽、そして五代目小さんに継承されました。与太郎(松公)の商売を、始めに汁粉屋、報復の時にうどん屋になって行く演出もあります。

江戸から上方へ

多くの滑稽噺とは逆に、これは江戸から大坂に移植されたものです。上方では戦後、最長老として重きをなした橘ノ円都 1883-1972)から門弟の橘家円三に継承されました。ここでのあらすじは、五代目小さんの速記をもとにしました。

夜鷹そば、風鈴そば

夜鷹そばともいい、風鈴が屋台に付いていたので、風鈴そばともいいました。ただし、元来、この二つは別で、夜鷹そばは二八そばのかけ、風鈴そばはしっぽく(そばの上に焼き玉子、蒲鉾などの種物をあしらったもの)。しっぽくの登場は文化年間(1804-18)と言われますから、後者の方が遅く、夜鷹そばの方は宝暦年間(1751-63)の文献には、もう名が出ています。

『論集江戸の食―くらしを通して』(石川寛子編著、弘学出版刊、2007年)によれば、貞享3年(1686)11月に、うどん、そば切りなどの夜間の行商が禁止になったとあるので、さらに起源は古いことになりますが、このころは蒸しそばだったと思われます。

夜鷹そばは二八そばともいいました。一杯の値段はずっと二八の十六文で通してきたものの、不潔なため、同じ夜間の行商人には「夜たかそば などと見くびる 甘酒屋」という川柳の通り、下に見られていたようです。幕末の慶応2年(1866)9月、二八そばの値段が二十文から二十四文に値上げされたという記録が残ています。

番町鍋屋敷表長屋、曰窓、笊

怪談「番町皿屋敷」をもじったもの。特に幕末には、直参・陪臣を問わず、このような侍の食い逃げがまかり通っていました。

表長屋と呼ぶ江戸詰めの勤番侍の住居は、この噺の通り二階建てで、下は仲間・小者、二階に主人の住居でした。

上から笊を下ろして品物を買う場面は「井戸の茶碗」にも登場しますが、出口は屋敷側に向いていて、表通りに面しているのは曰窓だけだったので、室内から手軽に買い物をするにはこうするよりほかなく、したがって、これを利用した悪事が横行したわけです。

【語の読みと注】
疝気 せんき
夜鷹 よたか
曰窓 いわくまど 横桟一本だけの窓。字に見立ててこう呼ぶ

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