こや【小屋】古木優

  成城石井.com  ことば 演目  千字寄席

不定期連載  いちばん新しい日本史  2021年11月13日

【おおあくび】

フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ制作)。

話題のわりには、視聴率が上がらないでいるようです。

物語の舞台はテレビのキー局。

登場人物はテレビ局の人々。

ドラマの中ではクソ番組「フライデーボンボン」の視聴率が4.2%から7.1%に上がってめでたしという運びなのですが、肝心の『エルピス』そのものは第4話(11月14日放送分)で6.9%だったとか。

まあ、視聴率がすべてではありません。心ある視聴者にはね。

このドラマ、意外なほどおもしろい。

地雷原を疾走しているような、むちゃくちゃそそられるストーリーを驀進中です。

冤罪事件を追う話のようなのですが、じつは、これはどうでもよくて。

テレビ局の人々(人生の勝ち組らしい)の正義と狡猾を描いているようです。

それでも気になる冤罪事件。

殺人事件です。

エンディングロールに流れる9冊の書籍。参考にした文献ということなのでしょう。

足利事件、東電OL事件、島根女子大生事件なんかを参考にしているようです。

舞台は、神奈川県八飛市やとびし八頭尾山はっとうびさん

もちろん実在しません。でも、なんでこんな、呼びにくい名称にしたのでしょう。

脚本は島根県在住の渡辺あやさんです。

島根県といったら、鷹の爪と出雲。出雲といったら、ヤマタノオロチ

これこれ。これです。

ヤマタノオロチが気になります。

その観点からドラマを見ると、おもしろいものが浮かんできます。

オープニングロールのアニメーションでは、螺旋の線形がのたうっています。

これ、ヤマタノオロチの暴れる具合を描いているように、私には見えてしまいます。

『古事記』中のヤマタノオロチは、すでに7人の娘を食べたことになっています。

スサノヲノミコトが出くわした、その夜、唯一人残ったクシイナダヒメを食べにくる、というお話でした。

ドラマでは、第4話までに4人の女子中学生が犠牲になっています。

さらに3人が餌食となる、ということでしょうか。

「フライデーボンボン」のボンボンガールは7人。食べられた子の数のつもり?

エンディングに映るストロベリーケーキ。

八分の一ほど切り欠けられていて、イチゴの数は8個と半欠けが見えます。

八飛市で出くわした永山瑛太の店での残像は、4匹のサルが火にあたっている燭台。

壁には、なぜかガラケーがあまた据え付けられていて。

メタファーが多すぎます。

ただ。この男が犯人なのでしょう。

このドラマは、犯人捜しのミステリーではなさそうです。

冤罪事件は道化廻しで、人の心の闇や社会の奥底なんかを描いているみたいです。

どこか『ツインピークス』じみてて、興味が尽きません。

カラオケや商店街の電飾光。

その趣味の悪さなんかが、なんだかとても似ているし。

もうひとつ。

せりふ回しが凝っています。たとえば。

第3話では。


およそ物事は、それが語られるにふさわしい位相を求めるものです。あなたがお知りになりたいものは、言語なんて目の粗い道具だけですくいきれるものではありませんよ。そもそも、あなた、誰なんです。

八飛市の骨董店店主(永山瑛太)が浅川恵那(長澤まさみ)にささやく

ずいぶん浮世離れしてますね。

第4話では。


あらゆるものを私利私欲で分解し、すべて惰性へと溶かし込むコンポストみたいなこの職場から、自分の仕事を取り戻してみせますよ。

「フライデーボンボン」のスタッフ会議で浅川恵那(長澤まさみ)が独白する

おもしろい比喩を使います。

と、こんな具合に。

暇なおじさんもビックリです。

来週も見てしまいそう。落語とは無関係でしたが。たまにはいいか。

興味のある方は☞エルピス

古木優 2022年11月16日

【おおあくび、さらに】

フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらに。

2022年12月5日22時から、第7回が放送されました。

これを見てのひとことを。

このドラマとヤマタノオロチのかかわりはどうなっているのでしょうか。

八頭尾山とか、八飛市とか。

渡辺あやさんは島根県在住だし。

第7回では、八飛警察署の平川警部補が、饒舌にもこんなことを言っていました。

「抜けない毒針みたいなもんですよ」

「時間をかけて全身に毒が回って」

「もう終わってる」

「毒の回った頭で焦り続ける死にぞこない」

「早く息の根止めてやってくださいよ」

警部補の芝居がかった悲鳴にも聞こえる数々のセリフの主語はすべて、「八飛警察署」という組織です。

上層部からの圧力と、地域住民やマスゴミからの突き上げの板挟みで、とうとう苦し紛れに犯人をでっちあげてしまった警察署としては、いまやもうレームダック状態なんだ、と言っているのです。

私には、クシイナダヒメに化けたスサノヲノミコトがヤマタノオロチを泥酔させて、とどめを刺すくだりを連想させます。

オープニングのアニメーションも、相変わらず、私にはヤマタノオロチに見えます。

オロチはいったい何のメタファーなのでしょうか。

地元有力者の本城彰なのか、警察・検察組織をさすのか、副総理の大門雄二に代表される国家権力なのか。

スサノヲノミコトが斎藤正一で、彼にとどめを刺されるのが大門雄二=ヤマタノオロチ。

おお。これかもしれません。

ただし、ドラマは、浅川、岸本、斎藤が個々に抱えるヤマタノオロチをなんとかしたい思いと重なって進行するのでしょう。

ここが、このドラマの、重くてちょっと深いところです。

興味のある方は☞エルピス

古木優 2022年12月5日

【おおあくび、さらにさらに】

フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらにさらに。

2022年12月12日22時から、第8回が放送されました。

殺人鬼の毒牙に掛かった中村優香が、生前、隠し撮りしたという本城彰の写真。

彼が雑誌らしきものを読んでいるところの写真です。

読んでいる雑誌名が笑っちゃいました。

「半獣半人」。

カストリ雑誌でしょう。

「3号でつぶれる」という、敗戦直後の混濁期に出回ったアレ。

Youtubeの考察動画では、どなたもこれに言及してはいなかったようです。

2018年の時点で、カストリ雑誌を読んでいる人。

こんな人が日本にいるのか、と奇異に感じました。

これが本城彰の本性であり、半獣半人の性質を表現している、ということなのでしょう。

それにしても、21世紀のこんにち。

カストリ雑誌を入手すること自体、そうとう困難かと思うのです。

父親の本城総一郎や友人の大門雄二だって1954年の生まれです。

カストリ雑誌の世代には間に合っていません。

そもそも、半獣半人とは、腐敗した現代社会をさしているのかも。

八頭尾山は「古事記」の鳥上山とりがみやまに相当する存在でしょう。

高天の原を追い出された、流浪のスサノヲノミコト。

簸川で箸が流れてきたのを見て、上流には人がいる、と。

川沿いに上がると、なるほど一軒家。

翁(アシナヅチ)、媼(テナヅチ)、娘(クシイナダヒメ)が、しくしく泣いているのです。

わけを聞くと。

今夜、ヤマタノオロチがやってきて、クシイナダヒメを食うのだと。

ならば、と。

スサノヲノミコトは女装し、八つの酒樽を用意させます。

ヤマタノオロチは八つの首を持つ蛇の化け物です。

スサノヲノミコトはクシイナダヒメを櫛に化身させて、わが髪に挿します。

なんせ、神話ですから。

夜に下り来って酒で泥酔したヤマタノオロチ。

スサノヲノミコトがやつらを滅多切りに。

凄惨な殺戮となるのですが、その後、クシイナダヒメが清浄の地とします。

クシイナダヒメは巫女でした。

彼女がまつることで、血で汚れた鳥上山を聖なる地に変えるのです。

その役回りは、斎藤正一=スサノヲノミコト、浅川恵那=クシイナダヒメ、というところでしょうか。

となると、ヤマタノオロチは社会の腐敗、混乱、汚辱、堕落の象徴でしょう。

浅川恵那は、堕落社会のえじきとなる運命を背負っているのかもしれませんし。

オープニングアニメの激しくて速い動くアレは、堕落して汚濁にまみれた現代社会を表現していたのですね。

旧社会を一掃したのち、新しい社会をつくるのが彼らの仕事、ということでしょうか。

このドラマは、壮大な祭祀劇だったのですね。

あるいは、スサノヲノミコト=岸本拓朗でないかとも。

「古事記」でのスサノヲノミコトのくだりは、幼児期から老年期にいたる成長物語として描かれています。

このドラマは、岸本の成長譚の側面も担っていますし。

テレビ局を追われて、来週からフリージャーナリストとしてさすらう姿は、スサノヲノミコトそのものでしょう。

いずれにしても、興味の尽きないドラマです。

古木優 2022年12月16日

【おおあくび、しつこくも】

フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』、しつこくも。 2022年12月19日22時から、第8回が放送されました。 これを見ての偏見のような感想のような駄文を。

「戻ってこれねえぞ」

こんな殺し文句を吐いた村井の役回りは「宋江」(水滸伝)か「ゝ大和尚」(八犬伝)か。

はたまた、タマ寄せのイタコか。

村井は、はたして斎藤を此岸に呼び戻したわけです。

これはドラマにすぎませんから、あの一言が次週になんらかの効果的作用をもたらすのは自明です。

齊藤はスサノヲノミコトに戻り、大門雄二に象徴されるヤマタノオロチが孕むグチャグチャでドロドロのはらわたを裂いて、ドラマ世界に血のりの海をもたらすのでしょう。

善玉菌と悪玉菌のかかわりを知って覚醒した浅川も、週刊潮流の強力ライターに成長した岸本も、じつは、スサノヲノミコトだったのですね。

斎藤、浅川、岸本の三人は、村井のタマ寄せで一体となってヤマタノオロチを退治する、という痛快譚に展開するのでしょう。

松本死刑囚は、晴れて無罪放免に。

そうはいっても、なにがしかの理由で、本城彰は逮捕されることはありません。

これは犯人逮捕がゴールの探偵劇ではないので。

いいとこ自死か、あるいは、さんざっぱら捜したけど海外で白骨化していた、とか。

まるで、半獣半人みたいな。

そんなこんなの、苦い断末魔を迎えるのです。

それでも、視聴者には、わずかであってもたしかな留飲が下がるはず。

クシイナダヒメが浅川なのか誰なのかはもはやわからなくなっていますが、殺戮ののちの祀りで、世の中は一時、清浄化されて、新しい価値観を抱いて歩くことに。

これがエルピスというものか、と。

世間のほとんどの人々には、なんのかかわりもありゃしませんが。

こんなところでしょう。と、私は読みましたぜ。

2022年12月20日 古木優

【おおあくび、ばかばかしい大団円】

3か月間、胸をときめかせてしまいました。

松本死刑囚は釈放されてよかったね、という大団円。

チェリーさんとなかよくケーキ食ってにっこり。

ヤマタノオロチもクシイナダヒメもなんでもなくて、半獣半人の意味も不明。

右足の靴が脱げている謎もそれっきり。

あーうー言ってる大門なる政治家も、なんだかキャラが見えず。

だいたい警察庁トップを勤めあげた政治家にしては、その怪奇ぶりが気になります。

官僚出にしては、タマがでかすぎて違和感あり。

強姦事件か本城彰かの天秤で、本城=警察・司法の威信を切り捨てた大門。

うーん、大いに違和感。

斎藤も「戻ってこれねえぞの」のタマ寄せにこたえず。

これもなあ。

でも、全国の視聴者はこれで留飲を下げたことでしょう。

浅川蘇生と岸本成長の物語。おかくれになったのは斎藤一人。

よかったです。

日本のドラマって、しょせんはこんなポピュリズムに帰結するんでしょうか。

落としどころの水準が低すぎて、がっかりでした。

2022年12月29日 古木優

■古木優プロフィル
1956年高萩市出身。高田裕史と執筆編集した「千字寄席」の原稿を出版社に持ち込み、「立川志の輔監修」付きで刊行したことがありました。これがどうも不本意で、サイト運営で完全版をめざすことにしようかと、2004年10月16日からはココログで運営を始めました。うーん、これも勝手がどうもいまいちで、さんざっぱら悩んだ末に、2019年7月31日からは独自ドメイン(https://senjiyose.com)を取得しまして、「落語あらすじ事典 web千字寄席」として再始動するにいたりました。噺のそれぞれが潜ませている「物語の力」をもっともっと知りたくて古典をひもとく日々。震災以来書斎が倒壊中。近所のスタバを渡り歩いています。

主な著書など
『千字寄席 噺がわかる落語笑事典』(PHP研究所)高田裕史と共編著 A5判 1995年
『千字寄席 噺の筋がわかる落語事典 下巻』(PHP研究所)高田裕史と共編著  A5判 1996年
『千字寄席 噺がわかる落語笑事典』(PHP研究所)高田裕史と共編著 文庫判 2000年
『図解 落語のおはなし』(PHP研究所)高田裕史と共編著 B5判 2006年
『粋と野暮 おけら的人生』(廣済堂出版)畠山健二著 全書判 2019年 ※編集協力

バックナンバー

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【白戸若狭守】2022/11/17

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しらとわかさのかみ【白戸若狭守】古木優

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『戦国人名事典』という本があります。

吉川弘文館が2006年に刊行した大部な一冊です。不思議な事典なのです。

収められているのは関東甲信越東海あたりの武将。

尾張の織田信長は載っていても、美濃の明智光秀は載っていません。常陸の佐竹義宣は取り上げられていても、陸奥の伊達政宗は外されています。

うーん。使えない事典かと思いきや、ところがどうしてどうして。

「白戸若狭守」という項目があります。

受領名で載っているのは、本名がわからないからなのでしょう。生年没年も不詳とのこと。

こんなマイナーな人を載せる意味があるのかと思ってしまいます。

でも、本文を読むと、これが大いにあるのだということがわかります。

この方、「元亀頃の人」とありますから、1570年前後に活躍したのですね。

佐竹義重の家臣だったそうです。

佐竹は常陸国の守護ですから、白戸若狭守は、いまの茨城県内をせわしなく動き回っていたのでしょう。

事典には「佐竹義重から唐人の来航への対応にあたる役職と考えられる『水土』職に任じられ加恩として五貫文を与えられている」とあります。

根拠とすべきなにかの史料に、そのように記されているのでしょう。

戦国時代、常陸国と中国人。結びつきにくいのですが、那珂湊や大津浜あたりに明の商人が寄港したとしてもべつに不思議でもありますまい。

三重県からこのあたりまでの沿岸部には「神降り神事」という風習があちこちに残っています。

古代から海とのかかわりがあったという証拠ではないかと思うのです。

ちょっとした驚きではありますが。元亀の頃、中国人は何しに来ていたのか。

それはもう鉄砲を売りに、でしょう。

関東から東北地方の戦国武将たちが鉄砲隊を合戦の編制に組み入れ出したのは元亀年間あたりだそうですから。

佐竹は鉄砲を金粒で買っていたのでしょう。

金砂山や八溝山は、古代から金の産地。佐竹という大仰であまり有能でない一族がこの地を営々と君臨できたのは、ひとえに彼らが金や銀の産出を仕切っていたからです。

という具合に、じつはこの事典、なかなか読みでのある好著でだったのでした。

こんなすごい本が、古書ながらもAmazonで1000円ほどで入手できてしまう現代というのは、よいのか悪いのか。

落語本はそこまで恵まれていません。

戦国より落語のほうが需要薄し、ということでしょうか。歴女はいても落女はいない。そんなところでしょうか。

落語ファンはあまり本を読まないのでしょうか。

それでも、あまた残る明治期の落語本をもっと気楽に読めるようになりたいものです。今の出版界では望むべくもありません。

ここで翻刻しようかなと思っています。

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日本の始まり 旧石器、縄文時代

【RIZAP COOK】  落語ことば 落語演目 落語あらすじ事典 web千字寄席 円朝作品

最近の日本史教科書を開くとびっくりします。
知らないことがたくさん載っているのです。
どこがどんなふうに変わったのか。
時代順にわかりやすく記していきます。

更新世から完新世へ

日本列島はアジア大陸にくっついていました。

「氷河時代」と呼ばれていた時代は、いまでは「更新世」と呼ばれていますが、寒い時期が何度かあった頃の話です。

亜寒帯のヘラシカ、マンモスゾウ、ヒグマ、冷温帯のナウマンゾウ、オオツノシカなどの大型動物を追って、人々が移動してきたわけです。

やがて、地球規模の気温の上昇が始まります。海進にともなって、いまの日本列島が形成されていきました。

温暖な時代は、いまから1万年余り前から始まって現代にまで及んでいます。

この時代を「完新世」と呼びます。

「更新世」が終わって「完新世」に。

こんなぐあいですが、1980年代までの教科書には「洪積世」「沖積世」と記されてありました。いまでは「更新世」「完新世」です。

「洪積世」「沖積世」という名称は、ノアの洪水伝説に由来するのであまりよろしくない、という理由のようです。

この時期の日本列島での時代区分は、わりと簡単です。

更新世にほぼ対応するのが旧石器時代。打製石器の時代です。

完新世の始まりに対応するのが縄文時代。土器を使うようになりました。

日本列島が形成されていくと、落葉広葉樹林や所用樹林の森林が広がりました。

このような新しい自然環境に適応した人々は、煮炊き用の道具である土器、森林に棲息するニホンシカやイノシシなどの中小動物を獲得するため弓矢などを使用し、クリ、トチ、ドングリなどの木の実(堅果類けんかるい)を主な食料として、定住性の高い狩猟・採取生活を送る縄文文化を営みました。

相沢忠洋の登場

一挙に縄文時代に来てしまいましたが、旧石器時代のことで忘れてはならない話があります。

戦後まもなくのこと。

行商を生業としていた青年、相沢忠洋あいざわただひろが、群馬県岩宿いわじゅくの関東ローム層から打製石器を発見しました。その涙ぐましい苦労譚はいずれまたの機会に。

それまで、学者たちの間では、火山の多い日本列島には旧石器時代な成立しなかったろうというのが、共通した認識でした。

ところが、日本にも旧石器時代はあった。これがすごいことでした。

捏造事件

旧石器時代は、前期、中期、後期の3区分とされています。

日本での旧石器時代の遺跡は、だいたいが後期のものでした。

ところが、20世紀末期には主に東北地方の遺跡から次々と前期や中期の遺跡が見つかっていきました。

その結果、1990年代の教科書には、宮城県の上高森かみたかもり遺跡や座散乱木ざざらぎ遺跡などが紹介されていたのです。

ところが、毎日新聞が「旧石器発掘ねつ造」とすっぱ抜いて、学界の気運を覆してしまいました。2000年11月5日のことです。

これは考古学上、大変な事件でした。捏造ねつぞうを許してきた学界の姿勢が問われたのです。

これ以降、旧石器時代の前期、中期の遺跡は教科書から消え、この時代を語ることがたぶんに慎重となりました。

その結果、現在の教科書では、旧石器時代の遺跡はことごとく後期のものばかりです。

旧石器時代の証拠品としては、石器以外に化石人骨があります。

かつての教科書にはたくさんの「原人」が載っていましたが、そのほとんどは、いまでは覆されています。

たとえば、葛生くずう人(栃木県)は縄文時代以降の人骨、聖嶽ひじりだき人(大分県)は中世以降の人骨、三ヶ日原人(静岡県)は縄文時代早期の人骨、牛川原人(愛知県)は上腕部が動物の骨、明石原人(兵庫県)は現代人の骨に類似、など。

こんなふうに、動物の骨片か、古代や中世の人骨だった、というのがオチで、いまでは誰も語らなくなりました。

もちろん教科書にも載りません。

いまの教科書には、2つの化石人骨が載っています。

浜北はまきた人(静岡県)と港川みなとがわ人(沖縄県)。いまのところ確かなようです。

浜北はまきた人は1万8000年前、港川みなとがわ人は2万1000年前のものと推定されています。

もうひとつ。山下町洞人やましたちょうどうじん(沖縄県)もあります。

こちらは3万2000年前のもので、最も古い化石人骨です。

日本で発見される化石人骨は新人段階のものばかりです。

縄文土器

1980年代までの教科書では「縄文式土器」と記されていましたが、いまでは「縄文土器」となっています。

縄文土器は、大森貝塚を発掘したモースが発見者です。

英文学会誌には「cord marked pottery」と記したそうです。

その訳語として「索文土器」「貝塚土器」「縄目文様」などが使われていましたが、「縄文式土器」の用語が定着しました。

1975年になって、佐原真さはらまことが土器の名称に「式」を使うことは不合理であると主張し、「縄文土器」の名称を使うことが一般化していきました。

「縄文土器」には2つの意味が含まれます。

「縄目文様が施された縄文時代の土器」という意味と、「縄文時代の土器一般」という意味です。

縄文時代の土器だからといっても、すべてが縄目模様とはかぎらないのです。

それにしても、縄文土器の奇妙な形はわれわれが知っている日本的美とはおおよそ異なります。

これについても、説明は岡本太郎が『縄文土器 民族の生命力』で唱えていますが、読んでもよくわかりません。

納得できずじまい。いずれ覆される日が来るかもしれません。

縄文の時代区分

1980年代の教科書には、縄文時代は5つの時代区分でしたが、いまは6つの区分です。

草創期、早期、前期、中期、後期、晩期。

「草創期」が新しく加わりました。

草創期の土器は、無文むもん土器、隆起線文りゅうきせんもん土器、爪形文つめがたもん土器などの型式で教科書に載っています。これこそ、広義の縄文土器です。

三内丸山遺跡の豊かさ

三内丸山さんないまるやま遺跡は、2021年7月、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界遺産に認定されました。

縄文時代の前期から中期まで、5900年前から4200年前までの、1700年間にわたる遺跡です。この場所に、人々が1700年間定住していたのですから、驚きです。

クリ林の管理、ヒョウタンの栽培などが、教科書に載っています。

発掘されたヒノキ科の針葉樹の樹皮で編まれた小さな袋は、「縄文ポシェット」と呼ばれています。

測定技術の精緻化

これまでの教科書では、縄文時代の始まりは、1万2000年前、または1万3000年前と知れされてありました。

現在の教科書もこの年代観に沿ってはいますが、ただ、縄文時代の始まりをさらにさらにさかのぼらせる遺跡を紹介してもいるのです。

1998年に大平山元おおだいやまもと遺跡(青森県)から出土した無文土器の付着炭化物を測定したら、なんと1万6500年前という数値がはじき出されました。

これは、炭素14年代測定法という高精度の方法によるものです。

同様の測定法によれば、弥生時代の始まりは2800年前となりました。従来は2500年前ですから、300年さかのぼりました。

以前のてつを踏まないようにと慎重を要しているようですが、教科書の記述は少しずつ塗り替わっていくことでしょう。

参考文献:高橋秀樹、三谷芳幸、村瀬信一『ここまで変わった日本史教科書』(吉川弘文館、2016年)、中央公論新社編『歴史と人物5 ここまで変わった! 日本の歴史』(中央公論新社、2021年)、大津透ほか編『岩波講座 日本歴史』全22巻(岩波書店、2013~15年)

いちばん新しい日本史【目次】 

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■先史・古代

旧石器、縄文時代 最終氷河期 列島最古の人々 どこから来たか 3万年前の種子島 捏造の新石器 土器の出現 はじまりとひろがり 定住生活 縄文文化の東西南北 三内丸山遺跡 クリと人々 縄文人の一生 再生のまつり 縄文人って? 縄文人と犬 測定技術 続縄文文化 
弥生時代 はじまりを知る 相続と格差 最古のイエネコ 平和から戦争へ 世界史の中の弥生時代 土器と稲作 稲作の視点 新たな年代観 貝塚後期 青銅器と鉄器 墳墓と王の姿 中国王朝と弥生時代 邪馬台国論争 戦いとクニ 卑弥呼の真相 弥生時代と古墳時代 騎馬民族説の顛末 巨大化した古墳 纏向遺跡 製鉄のはじまり 古代国家の誕生 国家形成と飛鳥宮 多賀城と大宰府 沖ノ島 正倉院文書 出土文字資料 延喜式 古代と中世の違い 年代測定の進展 鉛同位体比分析 総括の弥生時代 考古学からの日朝関係史 

見直される半島との関係 半島と倭 渡来人 「任那」の実態 
「聖徳太子」はいたのか  厩戸王 推古王権 遣隋使の役割 
藤原京の実際  「天皇」の登場 「日本」のデビュー 見直し藤原京
律令国家の最盛期  長屋王家木簡 公地公民制 墾田永年私財法
仲麻呂と道鏡  藤原仲麻呂 道鏡の登場 揺れる王朝
桓武天皇と嵯峨天皇  桓武朝 唐式の祭祀と装束 薬子の変
引き続きの日中交流  遣唐使は「停止」 唐物と巡礼僧 国風文化の実態
受領の底力  国司の底力 任国支配 受領の実態
アップデート摂関政治論  女系の重視 政所政治の疑問 太政官の機能

■中世

武士のはじまり 平安時代
初めての武士政権 平安時代
更新される源頼朝 鎌倉時代
北条政子の実像 鎌倉時代
モンゴル襲来の深層 鎌倉時代
鎌倉新仏教の実態 鎌倉時代
新しい後醍醐政権 室町時代
義満と天皇 室町時代
幕府が分裂 室町時代
社会経済史、文化史 室町時代
一揆のイメージ 室町時代
戦国、始まりと終わり 戦国時代

■近世

変わる信長像 戦国時代
秀吉の真相 戦国時代
関ヶ原の戦いの意味 江戸時代
消えるか、鎖国 江戸時代
江戸の都市生活 江戸時代
刷新される綱吉像 江戸時代
新説三大改革 江戸時代
変わる田沼政治 江戸時代
近世の身分制度 江戸時代
一変した化政文化 江戸時代
藩は「三十年一日」 江戸時代
大塩の乱の評価 江戸時代

■近現代

明治維新の実体 明治時代
二つの国際秩序 明治時代
憲法発布から日清・日露へ 明治時代
転換期の大正 大正時代
軍靴と銃声 昭和時代
「先の大戦」とは 昭和時代
占領と戦後改革 昭和時代
高度成長期の新視点 昭和時代
バブル経済 昭和時代
現在史の書かれ方 平成時代

参考文献:高橋秀樹、三谷芳幸、村瀬信一『ここまで変わった日本史教科書』(吉川弘文館、2016年)、藤尾慎一郎、松木武彦『ここが変わる!日本の考古学 先史・古代史研究の最前線』(吉川弘文館、2019年)、中央公論新社編『歴史と人物5 ここまで変わった! 日本の歴史』(中央公論新社、2021年)、大津透ほか編『岩波講座 日本歴史』全22巻(岩波書店、2013~15年)

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