死ぬなら今 しぬならいま 演目

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死は人生最大の難問。でも、落語にかかれば、どうってことない。

【あらすじ】

しわいやのケチ兵衛という男。

爪に灯をともすようにして金を貯め込んできたが、いよいよ年貢の納め時が来た。

せがれを枕元に呼び、寿命というものはどうにもならない。

「わたしも、突き飛ばしておいて転がった人の上にずかずか乗るような醜いことまでして、これだけの財産をこしらえたが、もう長くないので、おまえに一つ頼みがある」
と言う。

「どうだろう、早桶ン中に三百両、小判で入れてもらえないか」

地獄の沙汰も金次第。

「わたしのような者は必ず地獄におちるだろうが、金をばらまけばひょっとして極楽へ行けるかもしれない」
というわけ。

せがれが承知すると安心したか、ごろっと痰がからまったと思うと、キュウとそのままになってしまった。

いわゆる、ゴロキュウ往生。

湯灌も済み、白い着物を着せた。

せがれが遺言通りに頭陀袋の中に三百両の小判を入れているところを親類の者が見て
「いくら遺言だからといって、そんなばかなことをしてはいけない」
と、知り合いの芝居の道具方に頼み、譲ってもらった大道具の小判とそっくり入れ替えてしまった。

こちらはケチ兵衛。

いつの間にか買収資金がニセ金に替わっているともつゆ知らず、閻魔の庁まで来ると、さっそく呼び出される。

浄玻璃の鏡にかけられると、今までの悪事がこれでもかこれでもかと映るわ映るわ。

「うーん、不届きなやつ」

閻魔大王が閻魔のような顔になったので、さあ、この時と、袖口に百両をそっと忍ばせると、その重みで大王の体がグラリ。

「あー、しかしながらあ、一代においてこれほどの財産をなすというのも、そちの働き、あっぱれである」

がらっと変わったから、鬼どもがぶつくさ不満タラタラ。

それではと、そいつらの袖の下にも等分に小判を忍ばせたので、ケチ兵衛、無事に天上し、極楽へスーッ。

ケチ兵衛のまいたワイロで、地獄は時ならぬ好景気。

赤鬼も青鬼も仕事などやめて、のめや歌えの大騒ぎ。

その金が回り回って、極楽へ来た。

ニセ小判であることはすぐに知れたから、極楽から貨幣偽造及び収賄容疑で逮捕状が出た。

武装警官がトラックに便乗して閻魔の庁を襲う。

閻魔大王以下、馬頭牛頭、見る目嗅ぐ鼻、冥界十王、赤鬼青鬼、ショウヅカの婆さんまで、残らずひっくくられて、刑務所へ。

地獄は空っぽ。

だから、「死ぬなら今」

底本:八代目林家正蔵(彦六)

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【うんちく】

彦六の残した珍品

民話、民間伝承を基にしたと思われますが、原話は不明です。もともとは上方落語です。八代目林家正蔵(彦六)と六代目三遊亭円生が大阪の二代目桂三木助から直伝されましたが、円生は手掛けず、彦六が事実上の東京移植者になりました。彦六の後は孫弟子の春風亭小朝が継承。

本家の大阪では、三代目桂文我から桂春之輔に伝わっています。音源は、残念ながら正蔵のものはなく、上方の桂文我のCDが出ています。いずれにせよ、東西とも継承者の少ない、珍品中の珍品といえるでしょう。

「倒叙型」演出も

推理小説では、犯人が当初から明らかにされる倒叙型という手法がありますが、八代目林家正蔵(彦六)は、たまにこの噺でオチを最初に言う演出をとることがありました。

今回のあらすじで参考にした『林家正蔵集』上巻(青蛙房、1974年)の速記では言っていないため、実際に高座で演ずる場合に客の反応や客ダネを見て判断していたものと思われます。オチが考えオチなので、客に対する配慮でもあったのでしょう。

こうした演出を採る噺は数少なく、東京落語ではほかには、やはり正蔵が手掛けた「蛸坊主」があるくらい。上方落語では「苫ケ島」「後家馬子」があります。

牛頭馬頭

ごずめず。地獄の常連です。劇画「子連れ狼」の道中陣ですっかりおなじみになりましたが、牛頭人身と馬頭人身の地獄の獄卒を合わせてこう呼んだものです。

見る目嗅ぐ鼻

みるめかぐはな。こちらも地獄の常連。閻魔の庁の裁判官で、先に小旗を付けた矛の上に、人の生首が突き刺さっているグロテスクな姿として描かれます。亡者の善悪をすべて見通すと伝えられています。

冥界十王

めいかいじゅうおう。閻魔大王を最高位とする、地獄の十人の幹部です。以下の通り。

閻魔大王
泰広王
初江王
宗帝王
五官王
変成王
太山王
平等王
都市王
五道転輪王

中央に閻魔が座り、左右にこのお歴々が着席することになっています。

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地獄八景 じごくばっけい 演目

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上方では米朝のが有名ですが、ここでは明治の円遊ので。ほとんど同じ。

【あらすじ】

根岸でのんびり日を送る大店の隠居。

そこに、隠居が最近ドイツの名医からもらったという「旅行薬」の噂を効いて、源さんと八っつぁんの二人連れが訪ねてくる。

隠居が、この薬を飲めば、一時間以内で好きなところへ行ってこられるから、試しにどこかへ行ってみないかと言うので、二人は渡りに舟と、地獄旅行としゃれ込む。

すっかり薬が回ると、何だかスーッとしていい気持ち。

いつの間にか、だだっ広い野原にいる。

洋服を着た人が立っていて
「きさまらは新入りだな。自分はこの国の人民保護係だ」
と言う。

ここはシャバを去ること、八万億土の仇し野の原。

吹く風は無常の風、ぬかるみの水は末期の水と名がつく。

役人が、きさまらはシャバで罪を犯したので、ここでザンゲをしなければならないと言う。

まず源さんが
「えー、私は間男しました」

「とんでもねえ奴だ。相手はだれのかみさんだ」
「ここにいるこいつで」
「チクショー、こないだから変だと思った」

これで大げんか。

「八五郎、きさまはなにをした」
「へえ、私は泥棒で」
「どこに入った」
「こいつのとこです」
というわけで、間男と差し引き。

もめながら三途の川まで来ると、ショウヅカの婆さんが、
「当節、地獄も文明開化で、血の池は肥料会社に売却して埋め立て、死出の山は公園に」
と、いろいろ教えてくれる。

いよいよ、三途の川の渡し。

死に方で料金が違う。

心中だと二人で死んだから二四が八銭、お産で死ねば三四が十二銭という具合。

着いたのが閻魔の庁。

役人が一人一人呼び上げる。

「磐梯山破裂、押しつぶされー」
「ホオー」
「ノルマントン沈没、土左衛門」
「ヘイー」
「肺病、胃病、リューマチ、脚気」
「ヘイ」

全部中に通ると、罪の申し渡しがある。

有罪全員が集められ
「その方ら、いずれも極悪非道、針の山に送るべき奴なれど、今日はお閻魔様の誕生日につき、罪一等を減じ、人呑鬼に呑ませる。さよう心得ろ」

塩をかけて食われることになったが、歯医者がいて、人呑鬼の歯をすっかり抜いちまったから、しかたなく丸飲み。

腹の中で、みんなで、あちこちの筋を引っ張ったので、さすがの人呑鬼もたまらず、トイレに行って全員下してしまった、というところで気がつくと、いつの間にか元の根岸の家。

「どうだ、地獄を見てきたか」
「もし、ご隠居、あの薬の正体はなんです」
「おまえらは腹から下されたから、あれは大王(大黄=下剤)の黒焼きだ」

底本:初代三遊亭円遊

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【うんちく】

本家は上方落語

天保10年(1839)刊の上方板笑話本『はなしの種』中の「玉助めいどの抜道」が上方落語「地獄八景(亡者戯)」の原型。

さらに遡れば、宝暦13年(1763)刊の『根南志具佐』を始め、宝暦から文化年間まで流行した地獄めぐり滑稽譚が源流です。

上方では長編連作旅シリーズ「東の旅」の番外編という扱いで、古くは、道中の点描で、軽業師が村祭りで興行中木から転落。そのまま地獄へ直行するのが発端になっていました。

あらすじの東京バージョンは珍しいのでご紹介しましたが、明治中期に初代三遊亭円遊が東京に移植・改作したものです。

あだし野の原

実在の仇し野(化野)は、京都府北嵯峨・念仏寺の、京都最古の土葬墓地です。八千体の石仏や石塔がひしめく荒涼たる風景は、「あだし野の露消ゆる時なく」と吉田兼好が『徒然草』に記しているように、この世の無常、ひいては地獄を感じさせます。それもそのはず、「あだし野」は特定の地名でなく、冥界を意味する言葉でした。

「八万億土」は、もともとこんな言葉はなく、西方十万億土の少し手前というくすぐりです。

ショウヅカの婆さん

脱衣婆のことです。地獄の入り口、三途の川の岸辺で亡者の衣服をはぎ取り、衣領樹の上にいる懸衣翁に渡す仕事の鬼婆。

「ショウヅカ」は「三途河」がなまったものとか。

落語では、「朝友」「地獄の学校」「死ぬなら今」など、地獄を舞台にしたものにはたいてい登場。「朝友」を除けば悪役のイメージは薄く、特にこの噺では、情報通の茶屋の婆さんという扱われ方です。

三途の川の渡し賃

普通は六文と考えられていました。棺桶(早桶)に六文銭を入れる習わしはそのためです。

磐梯山破裂

明治21年(1888)7月の、会津磐梯山の大噴火を指します。

ノルマントン号事件

明治29年(1896)10月24日、日本人乗客23名を乗せた英国貨物船ノルマントン号が紀州沖で沈没。水死したのが日本人のみだったため、全国で対英感情が悪化しました。

米朝十八番、すたれた円遊改作

円遊は、オチを含む後半はほとんど上方版と同じながら、発端をあらすじのように変え、明治25年(1892)4月の速記では「大王の黒焼」を受けて「道理でぢごく(=すごく)効きがよかった」と、ひどいダジャレオチにしています。

円遊版の特色は、あらすじでは略しましたが、当時すでに死亡していた多くの有名人が、続々と地獄に来ている設定になっていること。

川路利良(明治12年没)、三島通庸(21年没)、西郷隆盛(10年没)、その他三条、岩倉、大久保、木戸の維新の元勲連から、森有礼暗殺犯の西野文太郎、大津事件の津田三蔵、毒婦高橋お伝まで。明治のにおいが伝わってきます。

円遊のこの演出は時代を当て込んだものだけに、当然、以後継承者はなく、明治期にできた地獄噺は、オリジナルの大阪版以外はすべて滅びたといっていいでしょう。

戦後では桂米朝が、発端をフグにあたってフグに死んだ若だんなと取り巻き連のにぎやかな冥土道中にした上、より近代的なくすぐりの多いものに変え、「地獄八景亡者戯」として、一世のヒット作、十八番としています。

この米朝演出を、門弟の桂枝雀がさらにはでなスペクタクル落語に変え、昭和59年(1984)3月の歌舞伎座公演のトリでも大熱演しました。

枝雀のオチでは、体内を責めさいなまれた人呑鬼が悲鳴を上げるので、閻魔大王がしかたなく「極楽へやってやる」とだまして一同を外にひきずり出してしばりますが、うそをついたというので、閻魔自身が舌を抜かれるという皮肉なものです。

演題の読みはあくまで上方のものを踏襲して「じごくばっけい」と読むのが正式です。古くは「地獄めぐり」「明治の地獄」「地獄」など、さまざまな別題で演じられていました。

【語の読みと注】
根南志具佐 ねなしぐさ:風来山人、つまり平賀源内の作
脱衣婆 だつえば
衣領樹 えりょうじゅ
懸衣翁 けんえおう:三途の川のほとりにいるといわれる老人
三途河 さんづか
地獄八景亡者戯 じごくばっけいもうじゃのたわむれ

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地獄の学校 じごくのがっこう 演目

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なんとも不思議な。こんな学校、あっても行きたくないし。

【あらすじ】

深川六間堀に住む、紺屋の正直六兵衛。

昨夜、酔ったはずみで商売物の緑青を飲んでしまい、気がついた時は、もう六道の辻。

道連れになった坊さんに、極楽に行く道はどこか教えてくれと頼むと、拙僧もよくわからないと言う。

そこへ鬼がやってきて、二人はたちまち閻魔大王の前に引き出される。

まず坊さんが、シャバの行状を映しだす浄玻璃(じょうはり)の鏡にかけられると、いや、悪行が映るわ映るわ、朱の衣も何もきれいにほうり出し、芸者を揚げて酒池肉林のドンチャン騒ぎ。

たちまち、地獄墜ちと決まった。

次は六兵衛の番。

震えて、自分はシャバでは正直六兵衛と異名を取り、嘘は一度もついたことがないから、どうぞ、極楽へやってくれと頼むが「黙れ。その方は紺屋。紺屋のあさってと申し、染物がいつできますと聞かれるといつもあさってと申す。嘘ばかりついているではないか」

形勢が悪いところへ、十大王の一人が、それは商売上しかたないので、この者が悪いのではないし、赤鬼や青鬼の服もだいぶ近ごろ色褪せてきているから、紺屋が来たのを幸い、これを染め替えさせよう、と助け船。

三日だけ地獄で仕事をすれば、極楽へ上げてやると言われて、六兵衛は大喜び。

その間にも、いろいろな亡者が来る。

ガラッ八という博打打ちが連れてこられ「マゴマゴしゃあがると土手っ腹蹴破って鉄の棒を突っ通し、鬼の漬け焼きをこしれえるぞ」と啖呵を切って暴れるので、鬼どもが怒ってぶち生かしてしまったりする騒ぎの後、六兵衛は六道銭一枚もらって、地獄の盛り場の賽の河原で遊んでこいと言われ、喜んで地獄見物。

河原には芝居小屋や寄席が所狭しと並び、大賑わい。

死んだ名優や大真打ちがすべて出演している。

そのうち河原学校という看板が見えたので入っていくと、子供がぞろぞろいて、先生は石の地蔵様。

地蔵が黒板に字を書いて、生徒に読ませる。

「そもそも地獄の数々は、一百三十六地獄、あまねく人の聞き知るは、阿鼻獄、堕地獄、阿鼻焦熱、熱鉄地獄修羅地獄、凍渇地獄針の山。オーライ芸者の水転も、見る目嗅ぐ鼻拘引し、処刑は拘留一週間」

カンカンと鐘が鳴り、授業終わり。

地蔵「無常の鐘が鳴ったから、枕飯にしよう」

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底本:初代三遊亭金馬(のち二代目小円朝)

【うんちく】

明治の新作

具体的な原話は不詳ですが、明治中期の新作で、地獄めぐりを題材にした安永3(1774)年刊の滑稽本「針の供養」や、同じ明治に初代三遊亭円遊が改作した同趣向の「地獄八景(地獄旅行)」などを種本にして作られた噺と思われます。

明治33年(1900)の初代三遊亭金馬(のち二代目小円朝)の速記が唯一の口演記録ですが、同人の作かどうかはわかりません。

娑婆の教科書のパロディー

この学校で使われている、「そもそも地獄の数々は……」で始まる教材を地蔵先生は「八方奈落国尽」と説明しています。

「奈落」は芝居用語ですが、もともと地獄のこと。「国尽くし」は、諸国の名前を列挙して子供に朗唱させて覚えさせるための教材です。

江戸時代の寺子屋の教科書として、「日本国尽」などさまざまな「国尽くし」が作られていました。

明治2年(1869)、福沢諭吉が『世界国尽』を刊行。仮名垣魯文(1829-94)がその翌年、『苦界ふみ尽し』としてこれをパロディ化しました。

この地獄版国尽くしは、それらの民衆(児童)教化本のそのまたパロディで、始めは地獄の数々について述べていますが、ごらんの通りだんだん怪しくなり、あらすじでは略しましたが、途中の「ひっぱりぢごく、旅ぢごく、淫売ぢごくの常として」あたりから、最下級の女郎を「地獄」と呼ぶことにからめて、だんだんげびたものになってきます。

明治の娼妓規制を反映

朗唱の終わりの「処刑は拘留一週間」には、明治6年に東京府知事により、「貸座敷渡世規制」「娼妓規制」「芸妓規制」が立て続けに発布され、私娼や芸者らの「個人営業」の売春を厳しく取り締まることになった背景があります。

以後、売春は個人・業者共に鑑札制になり、そうした稼業の者を市内数カ所に集め、いわゆる「赤線地帯」が設けられました。

また「水転」は、誰とでも関係を持つ芸者を嘲っていう言葉です。

「オーライ」も同じで、往来で「交渉」することと、英語をもじって「ダレでもOK]とが掛けられています。

浄玻璃の鏡

シャバにおける亡者の善悪の行為を、すべて映し出す鏡。人は死ぬ間際に、自分の一生をあますところなく鮮やかに思い出すといわれますが、そのことの象徴でもあるのでしょう。今なお評価の高い中川信夫監督の『地獄』(1960)でも、効果的に使われていました。

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朝友 あさとも 演目

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幽霊の金貸し。珍しい噺。出どころのよくわからない謎めいた噺でもあります。

別題:ともふさ

【あらすじ】

病気でこの世とおさらばした男。

気づいてみると、なんだか暗いところに来ていて、今どこにいるのやらさっぱりわからない。

うろうろしていると、ふいに女に話しかけられてびっくり。

よく顔を見ると、これが稽古所でなじみのお里という女。

再会を喜び合ううちに
「死んでしまった今となってはどこに行くあてもないから、お手伝いでもよいから、あなたのそばに置いてください」
と女が言う。

男は、高利貸しを営む日本橋伊勢町の文屋検校という者の息子。

いっそ地獄に行って、親父の借金を踏み倒したままあの世へ逃げた奴らから取り立て、そのまま貸付所の地獄支店を開設してボロもうけ、という太い料簡になり、そのまま渡りに船と、夫婦の約束。

ついでに、意気揚々と三途の川も渡ってしまった。

ところが、地獄では閻魔大王がお里に一目ぼれ。ショウヅカの婆さんに預け、因果を含めて自分の愛人にしようという魂胆。

亭主は死なしておいてはじゃまだから、赤鬼と青鬼に命じて、ぶち生かそうとする。

そこはさすがに金貸しの息子、親父が棺に入れておいてくれた、シャバのコゲつき証文で鬼を買収し、脱走に成功。

たどりついた三途の川のほとり、ショウヅカの婆さんの家では、毎日毎日、あわれ、お里が婆さんに責めさいなまされている。

「おまえ、いったい強情な子じゃないか。あの野郎はもう、赤と青が、針の山の裏道でぶち生かしちまったころだよ。あんな不実な奴に操を立てないで、大王さまのモノになれば、栄耀栄華は望み次第。玉の輿じゃないか。ウーン、まだイヤだとぬかすか。それじゃあ、手ひどいこともせにゃならぬ」
と、襟髪取って庭に引き出し、松の根方にくくりつけた。

折しも、降りしきる雪。

極楽の鐘の音がゴーン。

男が難なく塀を乗り越え
「お里さん」
「そういう声は康次郎さん」

急いで縄を切り、二人手に手を取って逃げだしたとたん、シャバでは
「ウーン」
とお里が棺の中で息を吹き返す。

それ、医者だ、薬だ、と大騒ぎ。

生き返ったお里の話を聞いて、急いで先方に問い合わすと、向こうも同じ騒ぎ。

来あわせた坊さんが
「幽霊同士の約束とはおもしろい。昔、日向の松月朝友という方が、やはり死んで生き返ってみると、姿は文屋康秀。それが伊勢に帰ると言って消えたという話があるが、こちらが小日向の松月堂、向こうが伊勢町の文屋検校。康秀と康次郎。語呂が合うのは縁ある証拠。早く二人を夫婦にしなさい」
「でも和尚さん、向こうの都合もあります」
「いや幽霊同士、しかも金貸し。アシは出すまい」

底本:五代目古今亭志ん生

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【しりたい】

噺のなりたち

平安時代中期の歌人で六歌仙の一、文屋康秀を題材とする民間伝承に、同じく平安時代成立の『日本霊異記』や『今昔物語集』に多く見られる死人が蘇生して地獄の様を語る仏教説話が結びついて原型ができたと思われます。

江戸時代の笑話としては、明和5年(1768)刊の『軽口はるの山』中の「西寺町の幽霊」、天明3年(1783)刊『軽口夜明烏』中巻「死んでも盗人」が原話とされます。

前者では、幽霊が「ゴーストバスター」に墓穴を埋められて戻れなくなり、消えることもできずに「ああ、もはやおれが命もこれぎりじゃ」と嘆くオチ、後者は盗人が地獄の番人になぐられて、「当たり所が悪くて」蘇ってしまうお笑いで、この噺の後半の、二人が蘇生するくだりの原型としては後者がやや近いでしょう。

お里がショウヅカの婆さんに雪責めにされるところは、新内の「明烏夢淡雪」中の遊女浦里雪責めの場面を採ったものです。

松月朝友

詳細は不詳です。あらすじの参考にした、四代目橘家円喬の明治27年(1894)の速記では「トモフサ」とルビが振ってあります。

座頭金

民間では座頭金といいます。江戸期での視覚障害者の位階で最下位となる「座頭」がため込んだ小金を元手に貸金業を営むことはよくありましたが、これが最高位の「検校」ともなれば、大名貸しで巨富を築くものも少なくありませんでした。

当道座

彼らの自治的互助組織を当道座といい、女性は瞽女座がありました。国の当道座をまとめる「惣検校」を最高位として京都の仏光寺近くに置き、江戸には関東の座の取り締まりをする「惣録検校」を本所に置きました。彼らには階級が厳しくあって、別当、勾当、座頭の順ですが、さらに細分化されていて、73階級もあったそうです。

円朝作の、「真景累ヶ淵」の発端で旗本、深見新左衛門の屋敷に、貸金の取り立てに行って斬殺される按摩の皆川宗悦もこの座頭金を営み、その金利は五両に一分で返済期限四月という高利でした。

ショウヅカの婆さん

脱衣婆ともいい、地獄の入り口、三途の川の岸辺で亡者の衣服をはぎ取り、衣領樹という木の上にいる懸衣翁に渡すのが仕事の鬼婆です。

「ショウヅカ」は「生塚」とも書きます。「三途河」がなまったものです。柳田国男は、「障塚」が由来と言っています。水木しげるの怪奇漫画では常連ですね。落語でも「地獄八景」「死ぬなら今」など、地獄を舞台にした噺にはたいてい登場。この「朝友」では本来の悪役ですが、ほとんどは、どちらかというとコミカルな、情報通の茶屋の婆さんという扱われ方です。

「朝友」のこの婆さんのモデルは、前述した「明烏夢淡雪」で、遊女浦里を雪中、割り竹でサディスティックに責めさいなむ、吉原山名屋のやり手のおかや婆あです。

正塚の婆さん

かつて「正塚の婆さん」というタイトルのテレビドラマがありました。1963年10月25日19時30分-20時56分、「近鉄金曜劇場」でTBS系列で放映された単発のテレビドラマ。意地悪婆さんの正塚くに(三益愛子)が検察審査会の委員に選ばれて、ヤクザの家屋損壊事件を追究していきながら、日本の民主主義政治の実態を問う、という社会派法廷ドラマでした。原作は橋本忍。この方、『七人の侍』『幻の湖』で名を残しています。タイトルが奪衣婆からの命名なのは明々白々です。50年以上前の日本社会では、奪衣婆=ショウヅカの婆さんは常識だったのですね。

完全に絶えた噺

四代目円喬以後、ほとんどやり手がなかったようで、昭和になって、昭和4年騒人社刊「名作落語全集」中に円喬の速記が復刻されて以来、何度か活字化されていますが、すべてソースは円喬のものばかり。彼以前も以後も、現在にいたるまで、音源も含めて、他の演者の記録はまったくありません。

地獄を脱出するサスペンスなど、なかなか捨てがたいので、どなたかがテキストレジーの上、復活してくれるとおもしろいのですがね。

文屋と朝友

円喬の速記によると、伊勢国の文屋の康秀が死んで地獄へ行き、まだ寿命が尽きていないからと帰されますが、すでに死骸は火葬にされ、戻るべき肉体がないことが判明。困った閻魔の庁では、文屋と同日同時刻に死んだ日向国の松月朝友の体を借りて文屋の魂を蘇生させますが、家族が蘇った朝友を見ると、その姿は文屋に変っていて、伊勢に帰ると言って、いずこへともなく姿を消したという奇妙キテレツな死人蘇生譚です。

円喬は坊主に「この話は戯作(江戸の通俗読物)で読んだ」と語らせていますが、このタネ本についてはまったく未詳です。

実在の文屋康秀はほとんど伝記も不明で、わずかに、三河掾となって赴任するときに小野小町に恋歌を贈った逸話が知られているだけで、なぜ伊勢と結びついたのかもはっきりしません。

【語の読みと注】
三途河 さんずか
三途河の婆さん しょうづかのばあさん
座頭金 ざとうがね
脱衣婆 だつえば
衣領樹 えりょうじゅ
障塚 さえつか
真景累ヶ淵 しんけいかさねがふち
正塚の婆さん しょうづかのばあさん

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