【肴市場】

さかないちば


成城石井

新吉原の揚屋町と角町の角をさす俗称でした。

日中、魚貝類を売る商人がたむろした場所だから、そのような名称がつきました。

吉原の生活必需品は引手茶屋が引き受けていたものですが、茶屋が発展するまでは、仲之町に軒を連ねた商家が売っていました。それとは別に、鮮度を競う野菜や魚貝は仲之町の辻々で棒手振りが売っていたのでした。

ただ、このような慣習がいつごろから始まったのかはわかりません。

享保年間(1716-36)の新吉原細見図には「肴市場」とあるので、享保以前からの慣習であることはわかります。

廓内には「青物市場」と称される場所もありました。用途は同じようなものです。

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