【葵坂】

あおいざか

赤坂溜池の端から外のほうへ下る坂。

このあたりは、明治5年(1872)には溜池葵町、その後、葵町となり、昭和52年(1977)まで続いた町名でした。

江戸期には、葵を植えた場所があって、葵が岡と称されていたそうです。

葵坂、葵町、葵が岡。徳川家のおひざ元らしく、高貴で風流を感じさせます。

明治中期には、坂はその形状をもたなくなっていたようです。平地になっていたということですね。

現在の港区虎の門2丁目界隈。江戸期から商店のない街なのだそうです。

溜池葵町は、松平大和守(結城松平家、越前勝山→大野→山形→姫路→前橋、8.4万石)の上屋敷と、佐賀鍋島家(35.7万石)の上屋敷を合わせた地域でした。

松平大和守側の土地は、明治初年には工部省用地となり、その後、大倉喜八郎邸となりました。現在のホテルオークラのあたりの見当ですね。

金刀比羅宮(琴平神社)から葵が岡を臨む(金比羅宮葵坂風景、歌川広重画)

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