みけんじゃく【眉間尺】落語演目

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【どんな?】

八五郎が先生に家紋「三つ巴」を尋ねる。
先生のうんちくは干将莫邪の故事へと。
その結果、三つ巴は縁起よくない、と。
八「片喰も」 先生「?」 八「三人の尻だから」

別題:三つ巴

【あらすじ】

八五郎が先生のところにやってきた。

八「紋なんてものは、どんなもんだぁ」
先「やぶからぼうに。おまえんとこの紋はなんだ」
八「ねえのです」
先「家々に紋のない者があるか。紋はその人のうじより出たものだ」
八「お茶のようだね」
先「宇治うじでははい。うじだ」
八「おやじの紋は知ってまさあ」
先「なんの紋を付けたな」
八「ウワバミです」
先「カタバミだろう」
八「そうそう。わっちは縁起のよさそうな太鼓の紋にしようと思いまさぁ」
先「太鼓の紋というのがあるか」
八「太鼓の紋を知らねえのかえ。どの太鼓にも付いてまさあ」
先「あれはともえの紋だ。縁起の良いものではないな」
八「なぜです」
先「むかし、楚国そこく干将かんしょうという者があったな」
八「そこくてなあ、なんです」
先「もろこしだ」
八「物干しに干瓢かんぴょうがあったら、雨が降ると困りますね」
先「物干しじゃねえ。唐のことだ」
八「ちゃんちゃんかね」
先「これはむかしのことだ。干将というのはもろこし一番の鍛冶かじだな」
八「へえー。神田の大火事たぁどっちが大きかったね」
先「刀鍛冶かたなかじのことだ。その妻を莫邪ばくやという」
八「寄席の楽屋かえ」
先「だまって聴いていな。時に、楚王そおうの妃、かれ身肥えたるゆえに夏の日の暑さに堪えず、日夜、黒鉄くろがねぼうを抱いて」
八「助兵衛すけべえな奴だね」
先「なにが助兵衛だ」
八「だって、真っ黒な棒を抱いて寝るなんて」
先「これこれ。からだを冷やすためにさ」
八「へえー。冷たい棒がありますかね」
先「鉄の棒だ。不思議なことには、ついにははらんだな」
八「それ、ごらんなせえ。とうとう孕みやがった。言わねえこっちゃねえ。それから」
先「月重なりて鉄のまるかせを産んだな」
八「なにを産んだね。鉄のまるかせ……。助兵衛な、そんなものばかりを産むやつがあるものか」
先「まるかせといって、鉄の玉を産んだのだ。楚王はあまりの珍しきことに、そのまた鉄の性のよきことを見て、国中をたずねて鍛冶を求める。ここに干将莫邪を召したな」
八「口の曲がったやつ」
先「なんだ」
八「癇性かんしょう
先「違っていらあ。干将だ。干将と莫邪。その鍛冶を二人召して剣二振ふたふりを作らしむ。その二剣を干将莫邪と名づけたり」
八「あいあい、さようでござい。あちらでも御用とおっしゃる」
先「そうぞうしい。干将、剣を打ち上げてみると、古今無双の金味だ。その味のよいことな」
八「その棒を抱いて寝やがったのだ」
先「干将はあまりの上出来ゆえ、一振りを楚王にたてまつられて、残る一振りを隠したな」
八「うーん、とうとう一剣を隠しやがったな」
先「これ、なにを言うのだ。そのとき、楚王はこれを知って大いに怒って、干将莫邪夫婦をからめとって首を斬る。その子にせきという者がある。この人は眉間の広さが一尺(15.8cm)あったな」
八「おそろしいデコスケですねえ。大文字屋だいもんじやの先祖かね」
先「これを知った楚王は赤を捕らえようと捕り手を向かわした。赤は剣を持って山中に隠れた」
八「そんなオオデコじゃ、どこに隠れたってアタマで知れらあ」
先「洒落るな。赤は山中で泣いた。そのとき、侠客だてびとがやってきた。だてびととは侠気をはらんだ男子、つまりは侠客きょうかくのことだな」
八「山ん中に侠客きょうかくがきょう来たか」
先「赤よ、おまえの親の仇を討つのは難しい。おまえがおれに剣を渡し、おまえの首をおれに渡せば、おれはおまえのために王を討ってやろう」
八「オオデコの首をなににするんで。見世物にして銭もうけをやろうというんだな。唐人うまくやりやがるな。サア、これはこのたび、もろこしから渡りました、オオデコオオデコ、デコデコ、評判評判」
先「黙っていなさい。侠客に向かって、赤は喜んで自ら首をねた。しかし、死骸むくろは倒れず。立ったきりだ」
八「なるほど。元が棒から起こったことだから、棒を呑んで化け者てなあ、このことだな」
先「侠客は赤の死骸に向かって、おれはおまえとの約束は必ず守ると誓いを立てれば、死骸はばったりと倒れたり。さあ、これから、侠客は赤の首を持って王に報じて実検を願った。王は赤の首を見ると、生きているようだと言った」
八「なにか食わせたんでしょう」
先「まあ、聴きなさい。その首を三日三晩煮た」
八「ちったあ、軟らかくなりましたかね」
先「少しもただれず(くずれない)。このことを王に申し上げるや、王は自ら来たりて釜の中をのぞく。その後ろより、侠客は干将の剣をもって王の首を討ち落とした。その首、釜の中で生けるがごとくにして、赤の首と戦うもののごとし。侠客はこれを見て、赤の加勢をしようと、自らの首を刎ねて釜の中に入った。三つの首がまわりて爛亡ただりょうせぬ(くずれない)ということは、『小説瑯琊代酔編ろうやだいすいへん』という本にある。後の世にあまり罪深いものなので、太鼓にその形を付けて打ちたたいて罪を滅しようと計る。その頃、国もことごとく乱れてい家々の軒の下に太鼓を吊るし置いて、非常なる時はこれを打てば村中集まりきたって、大勢で防ぐ。ここからだんだんと太平になって、いつも太鼓は必要なくなった。太鼓にはつたをからみとりが来たって時辰ときを作る(時刻を告げる)」
八「ははあ、それで軒下の瓦に巴の紋を付けるんだ」
先「それはわからないが、しかし、巴は三人の首の形だ。あんまりめでたいものでもないな」
八「へー、なるほど。それじゃ、酢漿かたばみもよしやしょう」
先「なぜだ」
八「三人の尻だろう」

底本:明治29年9月15日刊「江戸の華」二代目三遊亭円馬

【しりたい】

眉間尺とは

噺ではなんの説明もありませんが、「赤」なる青年が「眉間尺」という勇者なのですね。

これは、中国春秋時代(BC771-BC403)の話です。この時代の1尺は15.8cm。現在の中国では33.33cmです。15.8cmであっても、そうとうなものですが。

楚の王になっていますが、干将莫邪の伝説は、多くは呉越の争いが背景にあります。王は、呉王闔閭になっている書もあります。おもしろい話なので、時代を経てどうとでも脚色されていったのでしょう。

干将莫邪の故事は、これそのものがかなりおもしろいものです。これを落語にしてしまうのは驚きですが、話のすじはほとんど脚色されていないところも、ほかのこじつけ噺とは違って、意外な驚きです。ほかの噺とは一線を画しています。

干将莫邪については、「擬宝珠」(演目)や「干将莫邪」(故事成語)をご覧ください。

ちゃんちゃん

この噺は明治29年(1896)に高座にかかったものです。日清戦争で日本が勝利したのがこの前年。急速に清国をさげすむ風潮が、国内に蔓延していました。

そんな流れの中での「ちゃんちゃん」。清国人の弁髪姿さす言葉です。「ちゃちゃん坊主」とか「ちゃんちゃん野郎」とか呼んで、彼らをさんざんばかにしていました。速記には「豚尾ちゃんちゃん」とあります。

大文字屋

吉原の京町1丁目にあった妓楼。

創業者の初代村田市兵衛は大頭で短身だったことから、そういう体型の男を「大文字屋」とこぞって呼んだ時期がありました。

まるかせ

球状のものをさします。「まるがせ」とも。

ここでは、八五郎がどうも下ネタに持っていこうと、まるかせを金玉に無理押ししているのが、ほのみえます。

三つ巴

「三つ巴」の意味は、①三つのものが互いに対立して入り乱れること、②三人が向かい合って座ること、③紋所・文様の名。巴を三つ組み合わせて円形にしたもの、の3つがあります。この噺では、最初に③の家紋についての話題が出てきて、その後、干将莫邪の段にになると、①についての意味が濃厚になってきています。

太鼓に描かれた三つ巴のうんちくも。

こんな具合に、日本ではごく普通に三つ巴は目にするものです。しかし、これがなにを意味するのかは、いまだに不分明なところがあります。

中国では「太極」の図像が巴に似ています。万物の根源をなす陰陽をかたどっているものとされています。周辺地域に伝播したようです。欧米でも少ないですが、使われます。

日本特有の図像ではありません。神社行事に結びつけるようになるのは鎌倉期以降のことです。江戸時代にさまざまに図案化されていきました。古くはありません。

この噺は、その「巴」の不明瞭部分を突いているように思えて、なんだかおかしいものです。

ついでに、かたばみにも。

かたばみは「酢漿草」「片喰」「傍食」などと記されます。カタバミ科カタバミ属の多年草です。「すいば」「かがみぐさ」「すずめぐさ」「しょっぱぐさ」「もんかたばみ」「ねこあし」など、180種以上の言い方があります。中国では「三葉酸草」「老鴨嘴」「酸味草」「満天星」などとも。

たしかに、三人にお尻に見えなくもないし。こっちも笑っちゃいますね。

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さんゆうていたかすけ【三遊亭多歌介】噺家

【芸種】落語
【所属】落語協会
【前座】1983年、三代目三遊亭円歌に、三遊亭歌ちわりで
【二ツ目】1989年、三遊亭歌風
【真打ち】1998年、三遊亭多歌介
【出囃子】昇上
【定紋】かたばみ
【本名】栗原史郎
【生年月日】1966年11月26日-2021年8月27日 新型コロナウイルス感染症で死去
【出身地】東京都江東区→鹿児島県→埼玉県越谷市
【学歴】春日部共栄高校
【血液型】
【ネタ】主に円歌流の新作
【出典】落語協会 Wiki
【蛇足】趣味はマージャン