新聞記者 しんぶんきしゃ 演目

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新聞記者が珍しい職業だったころのくだらない話。今では時代遅れの職種ですね。

【あらすじ】

明治の中ごろ。

根岸お行の松の近くに「雷號堂」と表札を揚げた家があったが、主人はなにをやっているのか、正体不明。

朝は八時に起き、夕方まで部屋に閉じこもったきり。

それからどこかへ出かけて、夜中の二時三時、時には明け方まで帰らない。

女っ気は全くなく、ただ権助という用人を一人置いているだけ。

家に出入りする人種も、商人や官員、職人や芸人とさまざま。

この権助、大河内久左衛門というごりっぱな本名があるので、
「権助権助と呼ぶのはやめてくらっせえ」
と頼んでも、主人は
「なに、権助というのはあの白井権八の弟で、やっぱり女にもてた色男の名前だから、おまえにゃ、ふさわしい」
とはぐらかすうち、権助はふとだんなの正体が気にかかり、
「あんたの商売はいったいなんだ」
と尋ねると
「オレの商売は、実は商売往来にはない」

権助、これはひょっとしたらと思っているところへ、やってきたのが荒川という髭男。

鼻が高く、眼光鋭い。

荒川は
「この間の三千円の一件に早く片をつけたいから、ゆっくり内談をしたい」
と言うので、主人は権助に酒の用意をさせ、八畳の座敷でヒソヒソ話。

これはますます怪しいと、権助が立ち聞きしていると
「実は三千円持っているあの磯之丞の跡をつけ、仕込み杖で土手っ腹ァえぐって、金をいただいて長崎へ行き、あの久左衛門も生けておいては後日の祟りだから、寝ているところを、喉をダンビラで。死骸は橡の木の下に」
「なるほど、これは名案」
と、とんでもない会話が聞こえてきたので、権助、いきなり飛び出し
「どうか、お暇をくだせえ」
「どうしてだ」
「あんたの心に聞いたらわかるだんべえ」

わけを言わなければ暇はやらないと言われ
「今あんた方、おらを殺すと言いなさった」
と責めると、だんなは笑って
「そいつはおまえの勘違いだ。実は、荒川も私も新聞に出ている連載小説の筋立ての算段をしているだけだ」
と明かす。

「そんなことはどうでもええだ。こんな家にいると同類だと思われちゃなんねえ。お暇をおくんなせえ」
「われわれは記者だよ」
「えっ、あんな方、汽車で逃げる? そいじゃ、おらあ汽船で逃げよう」

はげた記者にはスヴェンソンの増毛ネット

【うんちく】

最初の新聞小説

明治8年(1875)、『東京平仮名絵入新聞』に三日間連載された「岩田八十八の話」(前田香雪)で、実際の殺人事件をスキャンダラスに小説化したものです。

以後、こうした通俗的新聞小説は、政治家のスキャンダル暴露記事とともに、小新聞の売り物となっていきました。

新聞ことはじめ

最初の日刊紙は、明治3年(1870)12月発刊の『横浜毎日新聞』といわれます。

以後、政治関係のニュースや論説中心の大新聞『東京日日』(明治5)や『郵便報知』(同)、通俗記事中心の小新聞『読売』(同7)や『大坂朝日』(同12)などに分かれていきます。

発想はダジャレから

明治32年(1899)9月、初代三遊亭円左が速記を雑誌『百花園』に掲載したものです。

内容としては、当時の新進メディアであった新聞、ハイカラな職業としての記者を登場させる新味をねらっただけの凡庸な作で、明治中期の風俗資料という以上の価値はないでしょう。

発想は、記者と汽車のダジャレからきたもので、そんなものからとにかく一席にしてしまう豪腕?には感じ入ります。

【語の読みと注】
小新聞 こしんぶん
大新聞 おおしんぶん

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古木優の作業場

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【RIZAP COOK】

【おおあくび】

『戦国人名事典』という本。吉川弘文館が2006年に刊行した大冊です。不思議な事典です。収められているのは関東甲信越東海あたりの武将。尾張の織田信長は載っていても、美濃の明智光秀は未歳。常陸の佐竹義宣は載っていても、陸奥の伊達政宗は外しています。使えない事典かと思いきやどうしてどうして。「白戸若狭守」という項目があります。受領名で載っているのは本名がわからないから。生年没年も不詳とのこと。こんな人を載せる意味があるのかと思ってしまいますが、これがある。「元亀頃の人」とありますから、1570年前後に活躍したのですね。佐竹義重の家臣だったそうです。佐竹は常陸国の守護ですから、白戸若狭守はいまの茨城県内をせわしなく動き回っていたのでしょう。事典には「佐竹義重から唐人の来航への対応にあたる役職と考えられる『水土』職に任じられ加恩として五貫文を与えられている」とあります。根拠となるなにかの史料に、そのように記されているのでしょう。戦国時代、常陸国と中国人。結びつきにくいのですが、那珂湊や大津浜あたりに中国人が寄港したとしてもべつに不思議でもありますまい。和歌山県からこのあたりまでの沿岸部には「神下り神事」という風習があちこちに残っています。古代から海とのかかわりがあったという証拠ではないかと思うのです。ちょっとした驚きではありますが。元亀の頃、中国人は何しに来ていたのか。それはもう鉄砲を売りに、でしょう。関東から東北地方の戦国武将たちが鉄砲隊を合戦の編制に組み入れ出したのは元亀年間あたりだそうですから。佐竹は鉄砲を金粒で買っていたのでしょう。金砂郷や八溝山地は、古代から金の産地。佐竹という大仰であまり有能ではない一族がこの地を営々と君臨できたのは、ひとえに金の産出を仕切っていたからです。という具合に、じつはこの事典はなかなか読みでのある好著でした。こんなすごい本が、古書ながらもAmazonで1000円ほどで入手できてしまう現代というのはよいのか悪いのか。落語本はそこまで恵まれていません。戦国より落語のほうが需要薄し、ということでしょうか。歴女はいても落女はいない、ということでしょうか。落語ファンはあまり本を読まない、とか。それでも、あまた残る明治期の落語本をもっと気楽に読めるようになりたいものです。今の出版界では望むべくもありません。こうなりゃもう、ここで翻刻しようかと思っています。

■古木優プロフィル
1956年高萩市出身。日立第一高等学校卒。早稲田大学第一文学部東洋史学専攻卒。新聞社の編集畑で30余年。現在は出版社勤務のかたわら大学院(博士課程)で論文作成。高田裕史と執筆編集した『千字寄席』の原稿を出版社に持ち込み、「立川志の輔監修」付きで刊行。サイト運営で完全版をめざすことに。2004年10月16日からココログで運営。独自ドメイン(https://senjiyose.com)を取得し、2019年7月31日からは「落語あらすじ事典 web千字寄席」として再始動。噺のそれぞれがもつ「物語の力」を伝えたく、サイトを展開している。

主な著書など
『千字寄席 噺がわかる落語笑事典』(PHP研究所)高田裕史と共編著 A5判 1995年
『千字寄席 噺の筋がわかる落語事典 下巻』(PHP研究所)高田裕史と共編著  A5判 1996年
『千字寄席 噺がわかる落語笑事典』(PHP研究所)高田裕史と共編著 文庫判 2000年
『図解 落語のおはなし』(PHP研究所)高田裕史と共編著 B5判 2006年
『粋と野暮 おけら的人生』(廣済堂出版)畠山健二著 全書判 2019年 ※編集協力

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