不定期連載 いちばん新しい日本史 2021年11月13日
【おおあくび】
フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』(カンテレ制作)。
話題のわりには、視聴率が上がらないでいるようです。
物語の舞台はテレビのキー局。
登場人物はテレビ局の人々。
ドラマの中ではクソ番組「フライデーボンボン」の視聴率が4.2%から7.1%に上がってめでたしという運びなのですが、肝心の『エルピス』そのものは第4話(11月14日放送分)で6.9%だったとか。
まあ、視聴率がすべてではありません。心ある視聴者にはね。
このドラマ、意外なほどおもしろい。
地雷原を疾走しているような、むちゃくちゃそそられるストーリーを驀進中です。
冤罪事件を追う話のようなのですが、じつは、これはどうでもよくて。
テレビ局の人々(人生の勝ち組らしい)の正義と狡猾を描いているようです。
それでも気になる冤罪事件。
殺人事件です。
エンディングロールに流れる9冊の書籍。参考にした文献ということなのでしょう。
足利事件、東電OL事件、島根女子大生事件なんかを参考にしているようです。
舞台は、神奈川県八飛市の八頭尾山。
もちろん実在しません。でも、なんでこんな、呼びにくい名称にしたのでしょう。
脚本は島根県在住の渡辺あやさんです。
島根県といったら、鷹の爪と出雲。出雲といったら、ヤマタノオロチ。
これこれ。これです。
ヤマタノオロチが気になります。
その観点からドラマを見ると、おもしろいものが浮かんできます。
オープニングロールのアニメーションでは、螺旋の線形がのたうっています。
これ、ヤマタノオロチの暴れる具合を描いているように、私には見えてしまいます。
『古事記』中のヤマタノオロチは、すでに7人の娘を食べたことになっています。
スサノヲノミコトが出くわした、その夜、唯一人残ったクシイナダヒメを食べにくる、というお話でした。
ドラマでは、第4話までに4人の女子中学生が犠牲になっています。
さらに3人が餌食となる、ということでしょうか。
「フライデーボンボン」のボンボンガールは7人。食べられた子の数のつもり?
エンディングに映るストロベリーケーキ。
八分の一ほど切り欠けられていて、イチゴの数は8個と半欠けが見えます。
八飛市で出くわした永山瑛太の店での残像は、4匹のサルが火にあたっている燭台。
壁には、なぜかガラケーがあまた据え付けられていて。
メタファーが多すぎます。
ただ。この男が犯人なのでしょう。
このドラマは、犯人捜しのミステリーではなさそうです。
冤罪事件は道化廻しで、人の心の闇や社会の奥底なんかを描いているみたいです。
どこか『ツインピークス』じみてて、興味が尽きません。
カラオケや商店街の電飾光。
その趣味の悪さなんかが、なんだかとても似ているし。
もうひとつ。
せりふ回しが凝っています。たとえば。
第3話では。
およそ物事は、それが語られるにふさわしい位相を求めるものです。あなたがお知りになりたいものは、言語なんて目の粗い道具だけですくいきれるものではありませんよ。そもそも、あなた、誰なんです。
八飛市の骨董店店主(永山瑛太)が浅川恵那(長澤まさみ)にささやく
ずいぶん浮世離れしてますね。
第4話では。
あらゆるものを私利私欲で分解し、すべて惰性へと溶かし込むコンポストみたいなこの職場から、自分の仕事を取り戻してみせますよ。
「フライデーボンボン」のスタッフ会議で浅川恵那(長澤まさみ)が独白する
おもしろい比喩を使います。
と、こんな具合に。
暇なおじさんもビックリです。
来週も見てしまいそう。落語とは無関係でしたが。たまにはいいか。
興味のある方は☞エルピス
古木優 2022年11月16日
【おおあくび、さらに】
フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらに。
2022年12月5日22時から、第7回が放送されました。
これを見てのひとことを。
このドラマとヤマタノオロチのかかわりはどうなっているのでしょうか。
八頭尾山とか、八飛市とか。
渡辺あやさんは島根県在住だし。
第7回では、八飛警察署の平川警部補が、饒舌にもこんなことを言っていました。
「抜けない毒針みたいなもんですよ」
「時間をかけて全身に毒が回って」
「もう終わってる」
「毒の回った頭で焦り続ける死にぞこない」
「早く息の根止めてやってくださいよ」
警部補の芝居がかった悲鳴にも聞こえる数々のセリフの主語はすべて、「八飛警察署」という組織です。
上層部からの圧力と、地域住民やマスゴミからの突き上げの板挟みで、とうとう苦し紛れに犯人をでっちあげてしまった警察署としては、いまやもうレームダック状態なんだ、と言っているのです。
私には、クシイナダヒメに化けたスサノヲノミコトがヤマタノオロチを泥酔させて、とどめを刺すくだりを連想させます。
オープニングのアニメーションも、相変わらず、私にはヤマタノオロチに見えます。
オロチはいったい何のメタファーなのでしょうか。
地元有力者の本城彰なのか、警察・検察組織をさすのか、副総理の大門雄二に代表される国家権力なのか。
スサノヲノミコトが斎藤正一で、彼にとどめを刺されるのが大門雄二=ヤマタノオロチ。
おお。これかもしれません。
ただし、ドラマは、浅川、岸本、斎藤が個々に抱えるヤマタノオロチをなんとかしたい思いと重なって進行するのでしょう。
ここが、このドラマの、重くてちょっと深いところです。
ご興味のある方は☞エルピス
古木優 2022年12月5日
【おおあくび、さらにさらに】
フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』、さらにさらに。
2022年12月12日22時から、第8回が放送されました。
殺人鬼の毒牙に掛かった中村優香が、生前、隠し撮りしたという本城彰の写真。
彼が雑誌らしきものを読んでいるところの写真です。
読んでいる雑誌名が笑っちゃいました。
「半獣半人」。
カストリ雑誌でしょう。
「3号でつぶれる」という、敗戦直後の混濁期に出回ったアレ。
Youtubeの考察動画では、どなたもこれに言及してはいなかったようです。
2018年の時点で、カストリ雑誌を読んでいる人。
こんな人が日本にいるのか、と奇異に感じました。
これが本城彰の本性であり、半獣半人の性質を表現している、ということなのでしょう。
それにしても、21世紀のこんにち。
カストリ雑誌を入手すること自体、そうとう困難かと思うのです。
父親の本城総一郎や友人の大門雄二だって1954年の生まれです。
カストリ雑誌の世代には間に合っていません。
そもそも、半獣半人とは、腐敗した現代社会をさしているのかも。
八頭尾山は「古事記」の鳥上山に相当する存在でしょう。
高天の原を追い出された、流浪のスサノヲノミコト。
簸川で箸が流れてきたのを見て、上流には人がいる、と。
川沿いに上がると、なるほど一軒家。
翁(アシナヅチ)、媼(テナヅチ)、娘(クシイナダヒメ)が、しくしく泣いているのです。
わけを聞くと。
今夜、ヤマタノオロチがやってきて、クシイナダヒメを食うのだと。
ならば、と。
スサノヲノミコトは女装し、八つの酒樽を用意させます。
ヤマタノオロチは八つの首を持つ蛇の化け物です。
スサノヲノミコトはクシイナダヒメを櫛に化身させて、わが髪に挿します。
なんせ、神話ですから。
夜に下り来って酒で泥酔したヤマタノオロチ。
スサノヲノミコトがやつらを滅多切りに。
凄惨な殺戮となるのですが、その後、クシイナダヒメが清浄の地とします。
クシイナダヒメは巫女でした。
彼女がまつることで、血で汚れた鳥上山を聖なる地に変えるのです。
その役回りは、斎藤正一=スサノヲノミコト、浅川恵那=クシイナダヒメ、というところでしょうか。
となると、ヤマタノオロチは社会の腐敗、混乱、汚辱、堕落の象徴でしょう。
浅川恵那は、堕落社会のえじきとなる運命を背負っているのかもしれませんし。
オープニングアニメの激しくて速い動くアレは、堕落して汚濁にまみれた現代社会を表現していたのですね。
旧社会を一掃したのち、新しい社会をつくるのが彼らの仕事、ということでしょうか。
このドラマは、壮大な祭祀劇だったのですね。
あるいは、スサノヲノミコト=岸本拓朗でないかとも。
「古事記」でのスサノヲノミコトのくだりは、幼児期から老年期にいたる成長物語として描かれています。
このドラマは、岸本の成長譚の側面も担っていますし。
テレビ局を追われて、来週からフリージャーナリストとしてさすらう姿は、スサノヲノミコトそのものでしょう。
いずれにしても、興味の尽きないドラマです。
古木優 2022年12月16日
【おおあくび、しつこくも】
フジテレビ系列の『エルピス-希望、あるいは災い-』、しつこくも。 2022年12月19日22時から、第8回が放送されました。 これを見ての偏見のような感想のような駄文を。
「戻ってこれねえぞ」
こんな殺し文句を吐いた村井の役回りは「宋江」(水滸伝)か「ゝ大和尚」(八犬伝)か。
はたまた、タマ寄せのイタコか。
村井は、はたして斎藤を此岸に呼び戻したわけです。
これはドラマにすぎませんから、あの一言が次週になんらかの効果的作用をもたらすのは自明です。
齊藤はスサノヲノミコトに戻り、大門雄二に象徴されるヤマタノオロチが孕むグチャグチャでドロドロのはらわたを裂いて、ドラマ世界に血のりの海をもたらすのでしょう。
善玉菌と悪玉菌のかかわりを知って覚醒した浅川も、週刊潮流の強力ライターに成長した岸本も、じつは、スサノヲノミコトだったのですね。
斎藤、浅川、岸本の三人は、村井のタマ寄せで一体となってヤマタノオロチを退治する、という痛快譚に展開するのでしょう。
松本死刑囚は、晴れて無罪放免に。
そうはいっても、なにがしかの理由で、本城彰は逮捕されることはありません。
これは犯人逮捕がゴールの探偵劇ではないので。
いいとこ自死か、あるいは、さんざっぱら捜したけど海外で白骨化していた、とか。
まるで、半獣半人みたいな。
そんなこんなの、苦い断末魔を迎えるのです。
それでも、視聴者には、わずかであってもたしかな留飲が下がるはず。
クシイナダヒメが浅川なのか誰なのかはもはやわからなくなっていますが、殺戮ののちの祀りで、世の中は一時、清浄化されて、新しい価値観を抱いて歩くことに。
これがエルピスというものか、と。
世間のほとんどの人々には、なんのかかわりもありゃしませんが。
こんなところでしょう。と、私は読みましたぜ。
2022年12月20日 古木優
【おおあくび、ばかばかしい大団円】
3か月間、胸をときめかせてしまいました。
松本死刑囚は釈放されてよかったね、という大団円。
チェリーさんとなかよくケーキ食ってにっこり。
ヤマタノオロチもクシイナダヒメもなんでもなくて、半獣半人の意味も不明。
右足の靴が脱げている謎もそれっきり。
あーうー言ってる大門なる政治家も、なんだかキャラが見えず。
だいたい警察庁トップを勤めあげた政治家にしては、その怪奇ぶりが気になります。
官僚出にしては、タマがでかすぎて違和感あり。
強姦事件か本城彰かの天秤で、本城=警察・司法の威信を切り捨てた大門。
うーん、大いに違和感。
斎藤も「戻ってこれねえぞの」のタマ寄せにこたえず。
これもなあ。
でも、全国の視聴者はこれで留飲を下げたことでしょう。
浅川蘇生と岸本成長の物語。おかくれになったのは斎藤一人。
よかったです。
日本のドラマって、しょせんはこんなポピュリズムに帰結するんでしょうか。
落としどころの水準が低すぎて、がっかりでした。
2022年12月29日 古木優
■古木優プロフィル
1956年高萩市出身。高田裕史と執筆編集した「千字寄席」の原稿を出版社に持ち込み、「立川志の輔監修」付きで刊行したことがありました。これがどうも不本意で、サイト運営で完全版をめざすことにしようかと、2004年10月16日からはココログで運営を始めました。うーん、これも勝手がどうもいまいちで、さんざっぱら悩んだ末に、2019年7月31日からは独自ドメイン(https://senjiyose.com)を取得しまして、「落語あらすじ事典 web千字寄席」として再始動するにいたりました。噺のそれぞれが潜ませている「物語の力」をもっともっと知りたくて古典をひもとく日々。震災以来書斎が倒壊中。近所のスタバを渡り歩いています。
■主な著書など
『千字寄席 噺がわかる落語笑事典』(PHP研究所)高田裕史と共編著 A5判 1995年
『千字寄席 噺の筋がわかる落語事典 下巻』(PHP研究所)高田裕史と共編著 A5判 1996年
『千字寄席 噺がわかる落語笑事典』(PHP研究所)高田裕史と共編著 文庫判 2000年
『図解 落語のおはなし』(PHP研究所)高田裕史と共編著 B5判 2006年
『粋と野暮 おけら的人生』(廣済堂出版)畠山健二著 全書判 2019年 ※編集協力
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