しんしょうとにんじゃ

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古今亭志ん生を語ろうとすると、「貧乏」の二字がいまだついて回ります。

でも、志ん生自身は貧乏ではなかったようなのです。

志ん生の懐にはしっかり金が入ってきていました。志ん生はこの金を家人(妻子)に渡さなかったのです。

貧乏だったのは美濃部の家族です。りん、美津子、喜美子、清(十代目金原亭馬生)までが辛酸をなめ尽くしました。最後の強次(三代目古今亭志ん朝)は、貧とは無縁でした。

強次が生まれた昭和13年(1938年)あたりから、志ん生は売れ出しているからです。

おまけにこの年は、師匠の初代柳家三語楼(山口慶三、1875-1938)が逝っています。志ん生は三語楼の話財をまるごといただいているのです。「ヘービーチーデー」とかの。噺家の世界にはよくある類型です。

美濃部家は高位の旗本直参だったという話ですが、これもどこまで高位なのだか。

ただ、美濃部という家は近江国おうみのくに(滋賀県)の甲賀こうか郡の国人(土豪)ですから、甲賀衆の流れをくんでいるのはたしかです。美濃部達吉も美濃部亮吉も同じ系統なんでしょうね。

神君伊賀甲賀越えに随従した甲賀者の一人だった、ということでしょう。

名前を17回も変えてみたり、「二階ぞめき」をやっているうちに「王子の狐」に代えてしまったり(最後の高座、1968年10月9日)、といった融通無碍ぶりは、こっちの系統だったからなんでしょうかね。

融通無碍。すてきなことばです。これこそが、志ん生を読み解くためのキーワードでしょう。

貧乏も忍者もこの四字熟語にパックリのみ込まれて、いずれはとろけてしまうのです。だから、なめくじとも縁があるんですね。

古木優



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落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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