Categories: 落語演目

【長短】

ちょうたん

成城石井

【どんな噺】

短気者とのんびり屋。
二人の極端な違いが最高の笑いを誘います。

別題:気の長短

★★

成城石井

あらすじ

気の長い長さんと、むやみに気短な短七の二人は幼なじみ。

性格が正反対だが、なぜか気が合う。

ある日、長さんが短七の家に遊びに来て、
「ゆうべええ、よなかにいい、しょんべんが、でたく、なって、おれがあ、べんじょい、こおう、よろうと、おもって、あまどをお、あけたら……うーん、はえええ、はなしがあ」
とゆっくりゆっくり話し始めたから、短七、
「ちっとも早かねえ」
と、早くもイライラ。

星が出ていなくて空が真っ赤だったから、明日は悪くすると雨かなと思ったら、とうとう今日は雨が降っちゃった、と、ただそれだけのことを言うのに、昨夜の小便から始めるのだから、かなわない。

菓子を食わせれば食わせたで、いつまでもモチャモチャやっているから、じれた短七、
「腐っちまう」
と、ひったくって、自分で丸のみ。

長さん、煙草を吸いだしたはいいが
「たんひっ、つぁんは、きが、みじかい、から、おれの、することが、まどろっこしくて、みて、られない」

そう言いながら、悠然と煙管に煙草を詰めてから、火玉を盆に落とすまで、あまりに間延びしているので、
「それじゃ生涯かかっても煙草に火がつきゃしない」
と、
「煙草なんてもなァ、そう何服も何服もね、吸い殻が皿ん中で踊るほどのむもんじゃないんだよ。オレなんか、急ぐときなんざ、火をつけねえうちにはたいちまうんだ」
と、短七、あっという間に一動作やってしまう。

気のいい長さんが感心してると、あまりせっかちすぎて、火玉が自分のたもとに入ってしまうが、そそっかしいのでいっこうに気がつかない。

これを見た長さん、
「これでたんひっつぁんは、きがみじかいから、しとにものォおそわったりすると、おこるだろうね」
「ああ、大嫌いだ」
「おれが、おしえても、おこるかい?」
「おめえとオレとは子供のころからの友達だ。オレに悪いとこがあったら教えてくれ。怒らないから」
「……ほんとに、おこらないかい? そ、ん、な、ら、いうけどね、さっき、たんひっつぁんが、にふくめの、たばこを、ぽんとはたいた、すいがらね、たばこぼんのなかィはいらないで、しだりのたもとんなかィ、すぽおっと、はいっちまやがって、……だんだんケムがつよくなってきたが、ことによったら、けしたほうが」
「ことによらなくたっていいんだよ。なんだって早く教えねえんだッ。みろ、こんなに焼けっ焦がしができちゃった」
「それみねえ、そんなにおこるからさ、だからおせえねえほうがよかった」

底本:三代目桂三木助

成城石井

しりたい

ルーツは中国笑話

明末の文人、馮夢竜(1574-1645)が撰した笑話集『笑府』巻六の殊稟(=奇人)部にある「性緩」という小咄が、オチの着物が焦げる部分の原話です。

これにもさらにネタ本があるらしく、宋代の巷談集『古今事文類聚』(1246年ごろ)に載っていた実話をおもしろおかしく脚色したもののようです。

この原話では、スローモー男と普通人の会話になっていますが、内容は現行の落語にそっくりです。

これを翻案したのが、寛文7年(1667)刊の仮名草子『和漢りくつ物語』巻一の「裳の焦げたるを驚かぬこと」で、主人公はそのままもろこし(=中国)の「生れ付きゆたかにして、物事に騒がぬ人」となっています。

安永9(1780)年刊『初登』中の「焼抜」が同話のコピーです。

これには「物事については、よく見届けないうちは発言しないものだ」というもったいぶった「教訓」が付いています。

『笑府』をネタ本に、無数の江戸小咄が作られていますが、その多くはバレ噺です。

現行の落語では「三軒長屋」「松山鏡」「まんじゅうこわい」が『笑府』由来です。

噺のバーター取引?

この噺、もともと小咄かマクラ噺扱いだったらしく、古い口演記録や速記が見つかりません。

したがって、いつ誰が一席の噺としてまとめたのかはっきりしないのですが、先の大戦後は、三代目桂三木助、次いで五代目柳家小さんの十八番でした。この芸風を、十代目柳谷小三治が引き受けました。多くの噺家が手掛けています。

三木助は短気な方、小さんは気長な方に、それぞれ芸風が出ていました。実は、三木助が「長短」を教える代わりに、弟分の小さんから「大工調べ」を移してもらったというエピソードが残っています。ご存じのように、二人は「義兄弟」という特別な仲でした。

三木助のマクラ

「……戦争に負けてッからこっち、なんだか知らないけど、どんどん、どんどん、日がたッちゃいますな。われわれこのゥ日本人てェものが、みんなこうせッかちンなりましてな、(大きな声で)こんちや、ッてぇと、(さらにまた大きな声で)さいならッてぇん。なんにも用なんかいわないで帰ッちゃうンですからな、やっぱし、あれ、気が短いッてンでしょうなァ……」(安藤鶴夫『三木助歳時記』より)

先の大戦後間もない昭和24年(1949)春、再建されたばかりの人形町末広で、橘ノ円時代の三木助が勉強会に「長短」を演じる場面。

「食い物は、何が好きだい?」
「おさしみ」
「うーん、お酒によくっておマンマにいいんだからね。で、ワサビをきかして?」
「いんや、オレはジャムをつけて食ってみてえ」

同じく、後年の「長短」のマクラ。いささかゲテながら、人の好き好き→性格の違いから、本題に入っています。

ことばよみいみ
笑府しょうふ明末の笑い話集。馮夢竜編
馮夢竜
ふうぼうりょう1574?-1645、明末の小説家。『喩世明言』『警世通言』『醒世恒言』『古今小説』『笑府』など
腰から下にまとった衣服の総称
橘ノ円 たちばなのまどかここでは、三代目桂三木助の前名

 

成城石井

落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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