かさご【笠碁】落語演目

  成城石井.com  ことば 噺家 演目  千字寄席

【どんな?】

碁打ちの二人が「待った」で大げんか、はては絶交へ。
数日たつと二人はそわそわしてきて、そんな雨の昼下がり。
だんなが菅笠かぶってやってきて、仲直りして碁打ちを。
雨はあがったのに、盤に水が漏るのはどうしたことか。

別題:雨の将棋

あらすじ

碁がたきのだんなが二人。

両方ともザル碁で、下手同士だが、ウマがあって毎日のように石を並べあっている。

仲がいいとつい馴れ合うから、いつもお互いに待った、待ったの繰り返し。

そんなことでは上達しないからと、今後一切待ったはなしということにしようと取り決めたのはいいが、言い出しっ屁がついいつもの癖で
「そこ、ちょいと待っとくれ」

「おまえさんが待ったなしを言いだしたんだからダメだ」
と断ると、
「それはそうだが、そこは親切づくで一回ぐらいいいじゃあないか」
と、しつこい。

自分で作ったルールを破るのは身勝手だと「正論」を吐けば、おまえは不親切だ、理屈っぽすぎると、だんだん雲行きが怪しくなる。

しまいにはかんしゃくのあまり、昔金を貸したことまで持ち出すので、売り言葉に買い言葉。

「その恩義があるから大晦日には手伝いに行ってやれば蕎麦一杯出しゃがらねえ、このしみったれのヘボ碁め」
「帰れ」
「二度と来るもんか」

……という次第で決裂したが、意地を張っているものの、そこは「碁がたきは憎さも憎しなつかしし」。

雨の二、三日も降り続くと、退屈も手伝って、
「あの野郎、意地ィ張らずに早く来りゃあいいのに」
と、そぞろ気になって落ちつかない。

女房に鉄瓶の湯を沸かさせ、碁盤も用意させて、外ばかり見ながらソワソワ。

一方、相方も同じこと。

どうにもがまんができなくなり、こっそり出かけてようすを見てやろうと思うが、あいにく一本しか傘がないので、かみさんが、
「持っていかれると買い物にも行けない」
と苦情を言うから、しかたなく大山詣りの時の菅笠をかぶり、敵の家の前をウロウロと行ったり来たり。

それを見つけて、待ったのだんなは大喜び。

「やいやい、ヘボ」
「なに、どっちがヘボだ」
「ヘボかヘボでねえか、一番くるか」

めでたく仲直りして碁盤を囲んだのはいいが、なぜか盤に雨漏り。

それもそのはず、まだ菅笠をかぶったまま。

しりたい

碁敵

ごがたき。碁打ちのライバルをいいます。

この噺の原話は古く、初代露の五郎兵衛(1643-1703)作の笑話本で元禄4年(1691)刊『露がはなし』中の「この碁は手みせ金」です。「唖の釣り」をお読みください。

マクラに「碁敵は憎さも憎しなつかしし」という句を振るのがこの噺のお約束ですが、この句の出典は明和2年(1765)刊の川柳集『俳風柳多留』初編で、「なつかしし」は「なつかしさ」の誤伝です。

円朝をうならせた三代目小さんの至芸

明治に入ると、三代目柳家小さん(豊島銀之助、1857-1930)が、碁好きの緻密な心理描写と、いぶし銀のような話芸の妙で、十八番中の十八番としました。いまでは、柳家系の噺となったゆえんです。

三遊亭円朝(出淵次郎吉、1839-1900)も、はるか後輩の小さんの芸に舌を巻き、「もう決して自分は『笠碁』は演じない」と宣言したといいます。

三代目小さんは、円朝の存在をつねに敵視していました。円朝はそうでもなかったようなのですが、小さんだけが、です。

円朝のこの宣言は、三代目小さんには「ざまあみろ」といったところでしょうか。

五代目小さん(小林盛夫、1915-2002)も、もちろん得意にしました。五代目の「笠碁」は、大師匠の三代目の直系ではなく、三代目柳亭燕枝(進藤勝利、1894-1955)に教わったものです。

従来は、待ったのだんなが家の中から碁敵を目で追うしぐさだけで表現したのを、笠をかぶって雨中をうろうろするところを描写するのが特徴でした。

「待った」はタブー

西洋のチェスでは、待った(Take Back)は即負け。「将棋の殿さま」では、殿さまが家来に待ったを強制する場面がありますが、碁盤、もしくは将棋盤の裏側のくぼんだところは、待ったをした者の首を乗せるためのものとか。

碁も、「いったん石を下ろしたら、もう手をつけることはできない」と「笠碁」のだんなの一人が言っていますが、これもチェスのTouch and move&quot(触れたら動かせ!)の原則と共通して、勝負事は洋の東西を問わず、厳しいものという証でしょう。

とはいえ、そう豪語した当人がすぐ臆面もなく「待った」するところが、落語の、人間の弱さに対する観察の行き届いたところです。

囲碁の出てくる噺は、ほかに「碁泥」「柳田格之進」があります。

志ん生の「雨の将棋」

楽屋内でも将棋マニアで知られ、素人離れしてかなり強かったという五代目古今亭志ん生。彼は「笠碁」を改作して碁を将棋に代え、「雨の将棋」と題して、より笑いの多いものに仕立てました。

オチは、奮戦しているうちに片方の王様が消え、あとで股ぐらから出てきたので、「かなわないから、金の後ろへ逃げた」という珍品です。

小里ん語り、小さんの芸談

「笠碁」の「笠」は、かならず「雨」をイメージさせるものなのですね。弟子の小里んが記憶の底から掘り出した、五代目小さんの芸談です。

師匠に言われたのは「これは秋の雨だぞ」ということです。「秋は人恋しくなるから、じっとしていると、出ていきたくなる。梅雨は鬱陶しいから、碁を打とうという気分とは違う。シトシトシトシトした、大降りじゃない、物悲しいような雨だ」と教わりました。「大山詣りの菅笠で凌げる程度の降りだから」ってね。(中略)「やっぱり、この噺は雨の音が聞こえるようじゃないとダメだ」とも言ってましたよ。喧嘩のあとの物悲しさが、雨で増すというかな。

五代目小さん芸語録 柳家小里ん+石井徹也(聞き手)著、中央公論新社、2012年



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いじくらべ【意地くらべ】落語演目

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【どんな?】

強情と強情の張り合いの繰り返し。
筋を通すことをはき違えた群像。
ウケも少なく地味で難しい噺。
小三治にかかると珠玉の逸品に。

別題:強情くらべ

【あらすじ】

ある金持ちの地主のところに、金を三十円借りにきた男。

「あんたは今度、鼠の懸賞で当たったそうだから、三十円くらいなんでもないだろう」
などと言うので、地主が怒って断ると、
「今日中に金がそろわないと、あっしの顔が立たないことがあるから、貸してくれるまで四日でも五日でもここを動かない」
と粘る。

「飯を食わさない」
と言っても、
「勝手に仕出しから取って食う」
とあくまで強情。

「警察を呼ぶ」
と言えば、
「もし牢死でもすれば、あなたを取り殺す」
と脅す。

「今日中に要るのなら、四、五日先では間に合わないだろう」
と地主が言っても、
「役に立とうが立つまいが、借りると言いだしたものは借りずにはおかない」
と大変な威勢。

根負けして理由を聞くと、
「一家そろって強情で通り、だんなも強情、おかみさんも強情、若だんなも強情と三強情そろっている家に金を借りにいったところ、無利息無証文で貸してくれた上、おまえさんの都合のいい時にお返しなさいと言ってくれたが、自分は晦日までに返すと心決めましたので、どうしても今日中に返さないと男が立たない」
と、いう。

その三強情一家に勝るとも劣らぬあっぱれな強情ぶりに、地主もほとほと感心し、三十円貸してやると、男は
「必ず次の晦日に返す」
と約束して、さっそく、強情だんなの家に駆け込んだ。

ところがだんな、
「前に、おまえさんの都合のいい時に返せと言ったが、見たところまだ都合もよくなさそうなようすだから、そんな人から金を受け取るわけにはいかねえ」
と突っ返す。

一度受け取らないと言ったら、意地でも受け取らない。

「わざわざ金を借りてきた」
と話すと、
「一度貸さないと言ったものを後になって貸すとは、男の風上にも置けない、借りる奴も借りる奴だ」
と怒って追い出す。

しかたがないので、
「金は不要になったから」
と、もとの家に返しに行くと、今度はこっちのだんなが意地になり、
「晦日まではどうあっても受け取らない」
と、また突っ返される。

男はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、右往左往。

またまたまた強情だんなのところに逆戻り。

「金を受け取ってくれるまでは動かない」
と、言うと、
「それはおもしろい。おまえさんも男だ。動かないといったん言ったら、生涯そこに座っていろ」

そこをなんとか頼み込んで、
「それほどに言うならしかたがない」
と、やっと承知してもらったはいいが、
「おまえさんに貸したのは当月一日の朝十時だから、明日の十時になったら受け取る」
と、どこまでも頑固一徹。

男も、こうなればそれまでここを動けない。

「飯でも食わしてやろう、牛肉はどうだ」
と聞くと、
「あっしは食わず嫌いで」
と言うので、
「言い出した以上は牛肉を食わさなければおかない」
と、だんな、せがれに買いにやらせる。

ところが、いつまで待っても帰らないので、ようすを見に表に出ると、せがれが知らない男とにらめっこの最中。

「この人が出会いがしらに、あたしの鼻っ先に突っ立ったんで、あたしもまっすぐ通らないじゃ気が済まないから、この男のどくまでここに立ってるんです」
「えらい、それでこそ、おれの息子だ。しかし、家じゃ腹すかせて待ってるだろう。早く牛肉を買ってきな」
「でも、おとっつぁん、この人がどかなきゃ行かれません」
「心配するな。おれが代わりに立ってる」

底本:初代三遊亭円左

【しりたい】

作者は「鬼」の評論家

岡鬼太郎おかおにたろう(1872-1943、劇作家、評論家)が、明治末期に初代三遊亭円左(小泉熊山、1853-1909)のために書き下ろした「新作落語」です。

オチの部分は『笑府』(明代の笑話本)巻六・殊綸部の「性剛」から取っています。

岡は明治中期から先の大戦中まで、歌舞伎・落語の両分野で超辛口の批評で知られる人でした。

こわいものなしだった若き日の六代目尾上菊五郎(寺島幸三、1885-1949)なども、その増長慢の鼻を、何度もいやというほどへし折られたとか。

岡鹿之助(1898-1978、洋画家)は鬼太郎の長男です。

落語でも、若手真打ちはもちろん、老大家ですら、そのしんらつな批評に震え上がったそうです。

六代目三遊亭円生(山﨑松尾、1900-79)も「本当にこわい先生でした」と回想しています。

小さん一門が得意に

今回のあらすじは、おそらく初演の円左のものをテキストにしました。

書き下ろしなので、基本の演出や人物設定は今でもほとんど変わりません。

三代目柳家小さん(豊島銀之助、1857-1930)が磨き上げ、四代目柳家小さん(大野菊松、1888-1947)がよく継承しました。

先の大戦後は、八代目桂文楽(並河益義、1892-1971)が演じました。

文楽の没後は、四代目譲りの五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)が一手専売で演じていました。五代目小さんは、四代目小さんが亡くなると、文楽の門弟にあったので。

小さんの没後は、柳家小三治(郡山剛蔵、1939-2021)などがかけました。小三治亡き後も、柳家さん喬はじめ、五代目小さん一門が高座にかけています。

春風亭一之輔は、すじのばかばかしさに拍車をかけて、けた違いにダイナミックな悪強情ぶりを演じています。

江戸っ子の強情

落語にも、意地っぱりのカリカチュアともいえる「強情灸」がありますが。

江戸っ子の場合は特に、その異様なまでの義理がたさと細かいところまで「筋」を立てることにこだわる気質の表れとして、さまざまな小説や戯曲に、強情ぶりが描かれています。

たとえば、明治末の東京・下町の市井を舞台にした永井龍男(1904-90)の『石版東京図会』でこんな話が出てきます。

主人公がほれぬいて、おやじの反対を押し切って婚約した女。のちに、彼女には他の男との間に子供を身ごもったことが判明しました。仲人口を聞いた男に対して、職人肌で頑固一徹の主人公の父親が「女のせいではない、誰のせいでもない。ただせがれが未熟」の一点張りで、その弁明をがんとして受け付けない場面のやりとりなどにその潔癖さがよく表現されています。

鼠の懸賞が当たった

最初に男が言うこの言葉は、現在ではまったく通じないので、省かれることが多くなっています。

落語では「藪入り」にも登場しますが、明治38年(1905)、ペスト予防のため、東京市が1匹3-5銭で鼠を買い上げたことを指します。

明治38年2月現在で122万6900匹が駆除のため買い上げになった、という記録が残っています。

ところがその甲斐もなく、明治40年(1907)には東京市中全域でペストが猛威を振るい、328人が犠牲となりました。

ちなみに、円左のこの噺の速記は、明治41年(1908)6月ごろのものです。

仕出し屋

今もある、料理の出前専門の料亭です。

特に文化文政(1804-30)以後、食生活がぜいたくになり、大規模な料理店が江戸市中に乱立したのにともなって、花見など、行楽用の弁当を請け負う業者が増えたことが仕出し屋の始まりです。

江戸で名高い「八百善やおぜん」は、天保年間(1830-44)には、仕出し専門店になっていました。

小里ん語り、小さんの芸談

五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)にとって、この噺は四代目と文楽から継承したものでした。思い入れの深かった噺だったのかもしれません。

では、五代目小さんの芸談を聴いてみましょう。弟子の小里ん師が語ります。

そうそう、「サゲが効かなきゃダメだ」とも師匠は言ってました。親父の「オレが代わりにに立っててやる」が、ちゃんとサガに聞こえなきゃいけない。「軽く運んで、サゲに持ってく噺だから、前は受けなくても、サゲでワッと来たら、噺としては成功してる」という話でした。それを目標にして、演出や、人の出し入れを考えなきゃいけない。つまり、「受けようと思って演るな」ってネタなんです。「受けさせよう」とすると、ウソっぽさがかえって強くなっちゃうから、「こういう人がいましたよ」ってくらいの演出で留めておくべき噺なんですね。

五代目小さん芸語録柳家小里ん、石井徹也(聞き手)著、中央公論新社、2012年

なるほどね。噺によって、心得が異なるものなんですね。

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