てんぐさばき【天狗裁き】落語演目

  【RIZAP COOK】  ことば 演目  千字寄席

【どんな?】

他人が見た夢を覗いてみたいという欲求。底知れぬ魅力が隠れているからです。

別題:羽団扇(前半)

【あらすじ】

年中不景気な熊公。

女房のお光に、
「路地裏の又さんがムカデの夢を見たら、客足がついて今じゃ大変な羽振りなんだから、おまいさんも、たまにはもうかるような夢でも見てごらん」
と、せっつかれて寝る。

「……ちょいとおまいさん。夢見てたろ。どんな夢見たんだい」
「見やしねえ」

見た、見ないでもめているうちに
「ぶんなぐるぞ」
「ぶつんならぶっちゃァがれ」
と本物の大げんかになる。

大声を聞きつけて飛んできた隣の辰つぁん、事情を聞くと、自分もどんな夢か知りたくなり
「おめえとオレたぁ、兄弟分だ。女房に言えなくても、オレには言えるだろう」
「うるせえなあ、見ちゃあいねえよ」
「こんちくしょう、なぐるぞ」

またケンカ。

今度は大家が。

一部始終を聞くと、まあまあと、熊を家に連れていき、
「大家といえば親同然。オレには言えるだろう」

ところが熊公、
「見ていないものは、たとえお奉行さまにも言えない」
というので、大家もカンカン。

それならとお白州へ召し連れ訴え。

訴えを聞いて、奉行も知りたくてたまらない。

「どうじゃ、いかなる夢を見たか奉行には言えるであろう」
「たとえお奉行さまでも、見てないものは言えません」
「うぬッ、奉行がこわくないか」
「こわいのは天狗さまだけです」

売り言葉に買い言葉。

頭に来たお奉行、
「それならばその天狗に裁かせる」
と言って、熊を山の上へ連れていかせる。

高手小手たかてこてに縛られ、大きな杉の木にわきつけられた熊。

さて、そのまま夜は更け、ガサガサッと舞い降りてきたのは天狗。

奉行から事の次第を聞いて、天狗も熊の夢を知りたくてたまらない。

「どうしても言わないなら、羽団扇はねうちわで体を粉みじんにいたしてくれる」
と脅すので、さすがの熊も恐ろしくなり、
「言うかわりに、手ぶらではしゃべりにくいから、その羽団扇を持たせてくれ」
と頼む。

天狗がしぶしぶ手渡すと、熊公、団扇でスチャラカチャンとあおぎ始めたからたまらない。

熊公の体はたちまちフワフワと上空へ。

「うわっ、下りてこいッ」
「ふん、もうてめえなんぞにゃ用はねえ。こいつはいただいてくから、あばよッ」
「うーっ、泥棒ッ」

しばらく空中を漂って、下り立ったところが大きな屋敷。

ようすが変なので聞いてみると、お嬢さんが明日をも知れぬ大病とのこと。

たちまち一計を案じた熊、医者になりすまし、お嬢さんの体を天狗団扇で扇ぐとアーラ不思議、たちまち病気は全快した。

その功あってめでたくこの家の入り婿に。

婚礼も済んで、いよいよ日本一の美人の手を取って初床に……。

「……ちょいとッ」
「ウワッ。なんでえ、おまえは」
「なんでえじゃないよ。おまいさんの女房じゃないか」
「ウエッ、お光。あー、夢か」

【しりたい】

長編の前半が独立

噺としては、上方から東京に移されたものですが、さらにさかのぼると今はすたれた長編の江戸落語「羽団扇」の前半が独立したもので、ルーツは各地に残る天狗伝説です。

「羽団扇」は、女房が亭主の初夢をしつこく尋ね、もめているところに天狗が登場して女房に加勢。

鞍馬山くらまやままでひっさらっていき白状させようとする設定で、大家や奉行は登場しません。

後半は、亭主が墜落したところが七福神の宝船で、弁天さまに酒をごちそうになり、うたた寝して起こされたと思ったら、今のは夢。

女房が吸いつけてくれた煙草を一服やりながらこれこれと夢を語ると、七福神全部そろっていたかと聞かれ、数えると一人(一福)足らない。「ああ、あとの一福(=一服)は煙草で煙にしてしまった」という他愛ないオチです。

志ん生の十八番

上方では三代目桂米朝(中川清、1925-2015)が得意にし、その一門を中心にかなり口演されていたようですが、東京では戦後ずっと五代目古今亭志ん生(美濃部孝蔵、1890-1973)の専売特許でした。

と言うより、「抜け雀」などと同様、志ん生以外の、また志ん生以前の速記がまったくなく、いつごろ東京に「逆輸入」されたのか、志ん生が誰から教わったかは一切不明です。

とにかく志ん生のものは女房、奉行、天狗みなおもしろく、縦横無尽な語り口で、いつの間にか聞く者を異次元の領域に誘うようです。

ストレス解消、現実逃避に、これほど適した落語はそうありません。

上方の演出

米朝版では、場所を鞍馬山と特定し、また、役人が亭主を山へ連れていくのではなく、奉行所の松の木につるされているところを天狗にさらわれる設定です。

さらに、一度は助けようとした天狗が、同じように好奇心を起こして脅しにかかる点が東京の志ん生演出と異なるところです。

東京では志ん生没後は、長男の十代目金原亭馬生(美濃部清、1928-82)が継承しました。

現役では、柳家権太楼の音源があるくらいで、手掛ける演者はあまり多くないようです。「羽団扇」の方は、三代目三遊亭円歌(中澤信夫、1932-2017)と七代目立川談志(松岡克由、1935-2011)のCDがあります。

天狗が登場する落語や芝居

落語では上方のものがほとんどで、道中で松の木から小便をしたら下の山賊が天狗と勘違いして逃げる「天狗山」、与太郎噺の「天狗風」、間抜け男がすき焼きにしようと山へ天狗を捕まえに行く「天狗さし」、バレ噺の「天狗の鼻」(これだけは江戸)などがあります。

歌舞伎の天狗ものでは、執権・北条高時が天狗の乱舞に悩まされ、狂乱する河竹黙阿弥かわたけもくあみ作の「北条九代名家功ほうじょうくだいめいかのいさおし」(一幕目の通称は「高時」)、近松門左衛門ちかまつもんざえもんの原作で、隅田川の梅若伝説うめわかでんせつにお家騒動をからめ、これまた天狗の乱舞が売り物の「雙生隅田川ふたごすみだがわ」が現在もよく上演されます。