くまのかわ【熊の皮】落語演目



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【どんな?】

「先生、女房がよろしく申してました」。 思わずニヤリ。艶笑噺です。

別題:八百屋

【あらすじ】

横町の医者から、祝い事があったからと、赤飯が届けられた。

その礼に行かなければということで、少し人間のネジがゆるみ加減の亭主の甚兵衛に、女房が口上を教える。

「うけたまわれば、お祝い事がありましたそうで、おめでとう存じます。お門多のところを、手前どもまで赤飯をちょうだいしまして、ありがとう存じます。女房からくれぐれもよろしく申しました」

「おまえさんはおめでたいから、決して最後のを忘れるんじゃない。それからあの先生は道具自慢だから、なにか道具の一つも褒めといで」
と注意されて送り出される。

まあ、おなじみの与太郎ほどではないから、
「ありがとう存じます」
まではなんとか言えたが、肝心の 「女房が」 以下をきれいに忘れてしまった。

「はて、まだなにかあったみてえだが……」

座敷へ上げてもらっても、まだ首をひねっている。

「……えー、先生、なにかほめるような道具はないですか」
「ナニ、道具が見たいか。よしよし、……これはどうだ」
「へえ、こりゃあ、なんです」
「珍品の熊の皮の巾着だ」

なるほど本物と見えて、黒い皮がびっしりと生えている。

触ってみると、丸い穴が二か所開いている。鉄砲玉の痕らしい。

甚兵衛、感心して毛をなでまわしている間に、ひょいとその穴に二本の指が入った。

「あっ、先生、女房がよろしく申しました」

【しりたい】

触るものはいろいろ

原話は安永2年(1773)刊の笑話本『聞上手』中の「熊革」ですが、その他、同3年刊『豆談語』、同5年刊『売言葉』、同8年刊『鯛味噌津』など、複数の出典に類話があります。

男が最後になでるものは、「熊革」ではたばこ入れですが、のちに胴乱(腰に下げる袋)、熊の敷皮など、いろいろ変わりました。

前出の『売言葉』中の「寒の見まい」では敷皮になっていて、現在ではほぼこれが定着しています。

エロ味を消す苦心

五代目柳亭左楽(中山千太郎、1872-1953、八代目桂文楽の師匠)、六代目蝶花楼馬楽(河原三郎、1908-87)、六代目三升家小勝(吉田邦重、1908-1971、右女助の、糀谷の)など、かつてはどちらかというとマイナーで「玄人好み」の落語家が手掛けた噺でした。

二代目桂文朝(田上孝明、1942-2005)、柳家喜多八(林寬史、1949-2016、殿下)などもやっていました。おふたりとも、故人になられているのがじつにもう残念でありますが。

この程度の艶笑噺でも、やはり公ではそのままはやりにくいとみえ、昔からエロ味を消した、当たりさわりのないオチが工夫されています。

たとえば、同じ毛皮を触るやり方でも、女房が亭主のスネ毛を引っ張ったので、後でその連想で思い出したり、熊の皮は尻に敷くものだと言われて初めて「女房がよろしく……」となったり、演者によっていろいろですが、いずれもおもしろくもなんともなく、味も素っ気もありません。

医者と巾着

昔の医者は、往診の際に巾着を薬入れに使ったため、それがオチの「小道具」として用いられるのがいちばん自然ですが、現在では理解されにくくなっています。

隠語では巾着は女性の局部を意味するので、特別な会やお座敷で艶笑噺として演じる場合は当然、オチに直結するわけです。

鉄砲玉の痕をくじるやり方はかなり後発のものらしく、安永年間のどの原話にも見られません。

たばこ入れ、巾着、敷皮と品は変わっても、すべてなめし革ではなく、毛のびっしり付いたものですから触るだけでも十分エロチックで、穴まで出すのは蛇足なばかりか、ほとんどポルノに近い、えげつない演出といえます。



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ねこきゅう【猫久】落語演目

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【どんな?】

業の見えない長屋噺です。幕末に生まれた生ッ粋の江戸落語。珍品です。

【あらすじ】

長屋に住む行商の八百屋、久六は、性格がおとなしく、怒ったことがないところから「猫久」、それも省略して「猫」「猫」と呼ばれている。 その男がある日、人が変わったように真っ青になって家に飛び込むなり、女房に 「今日という今日はかんべんできねえ。相手を殺しちまうんだから、脇差を出せッ」 と、どなった。 真向かいで熊五郎がどうなるかと見ていると、かみさん、あわてて止めると思いの外、押し入れから刀を出すと、神棚の前で、三べん押しいただき、亭主に渡した。 「おい、かかァ、驚いたねえ。それにしても、あのかみさんも変わってるな」 「変わってるのは、今に始まったことじゃないよ。亭主より早く起きるんだから。井戸端で会ってごらん。『おはようございます』なんて言いやがるんだよ」 「てめえの方がよっぽど変わってらァ」 と熊がつぶやいて床屋に行こうとすると、かみさんが 「今日の昼のお菜はイワシのぬたなんだから、ぐずぐずしとくと腐っちまうから、早く帰っとくれ。イワシイワシッ」 とがなりたてる。 「かかァの悪いのをもらうと六十年の不作だ」 と、ため息をついて床屋に行くと、今日はガラガラ。 親方に猫の話を一気にまくしたてると、そばで聞いていたのが五十二、三の侍。 「ああ、これ町人、今聞くと猫又の妖怪が現れたというが、拙者が退治してとらす」 と、なにか勘違いをしているようす。 熊が、実は猫というのはこれこれの男手、と事情を話すと 「しかと、さようか。笑ったきさまがおかしいぞ」 急にこわい顔になって 「もそっと、これへ出い」 ときたから、熊五郎はビクビク。 「よおっく、うけたまわれ。日ごろ猫とあだ名されるほど人柄のよい男が、血相を変えてわが家に立ち寄り、剣を出せとはよくよく逃れざる場合。また、日ごろ妻なる者は夫の心中をよくはかり、これを神前に三べんいただいてつかわしたるは、先方にけがのなきよう、夫にけがのなきよう神に祈り夫を思う心底。身共にも二十五になるせがれがあるが、ゆくゆくはさような女をめとらしてやりたい。後世おそるべし。貞女なり孝女なり烈女なり賢女なり、あっぱれあっぱれ」 熊、なんだかわからないが、つまり、いただく方が本物なんだと感心して、家に帰る。 とたんに 「どこで油売ってたんだ。イワシイワシッ」 とくるから、 「こいつに一ついただかしてやろう」 と侍の口調をまねる。 「男子……よくよくのがれ……のがれざるやとけんかをすれば」 「ざる屋さんとけんかしたのかい」 「夫はラッキョ食って立ち帰り、日ごろ妻なる者は、夫の真鍮磨きの粉をはかり、けがのあらざらざらざら、身共にも二十五になるせがれが」 「おまえさん、二十七じゃないか」 「あればって話だ。オレがなにか持ってこいって言ったら、てめえなんざ、いただいて持ってこれめえ」 「そんなこと、わけないよ」 言い合っているうち、イワシを本物の猫がくわえていった。 「ちくしょう、おっかあ、そのその摺り粉木でいいから、早く持って来いッ。張り倒してやるから」 「待っといでよう。今あたしゃ、摺り粉木をいただいてるところだ」 志ん朝

【しりたい】

猫又   【RIZAP COOK】

猫が百年以上生きて、妖怪と化したものです。 日本の「原生種」は、尻尾が二つに分かれ、口は耳まで裂けて火を吹き、人を食い殺します。

脇差なら「免許不要」  【RIZAP COOK】

脇差は二尺(60cm)以下の小刀です。 これなら、護身用に町人が差してもさしつかえありませんでした。 実際はれっきとした大刀なのに、「長脇差」という名称で渡世人が差していたことはヤクザ映画などでおなじみです。 いいかげんなもんです。どうとでもなるもんで。

六代目円生の回想  【RIZAP COOK】

「この猫久という噺はあたくしは初めて三代目小さんのを聞いたんです。あんまり聞いておかしいんで、大きな声で楽屋で笑ったんで怒られました。(中略)その(後)『猫久』という噺はまあ、失礼ですがどなたのを聞いてもなンかちっともおしくないんです」

『江戸散歩』六代目三遊亭円生、朝日新聞社、1988年

小さん三代の工夫  【RIZAP COOK】

原話は不詳で、幕末の嘉永年間(1848-54)ごろから口演されてきた、古い江戸落語です。 明治中期に二代目禽語楼小さん(大藤楽三郎、1848-98)が完成させ、以後、代々の小さん系の噺として、三代目小さん(豊島銀之助、1857-1930)、四代目小さん(大野菊松、1888-1947)、三代目の高弟だった七代目三笑亭可楽(玉井長之助、1886-1944、玉井の可楽)を経て、五代目小さん(小林盛夫、1915-2002)の十八番として受け継がれてきました。 二代目は、明治初期(つまり同時代)に時代を設定し、晩年の明治27年(1894)12月の速記では、町人も苗字を許されたというので、猫久も清水久六としました。 熊に意見をするのは、せがれの道楽で窮迫した氏族の老人となっています。 三代目小さんは、舞台を江戸時代に戻し、そのため、以後は熊五郎の侍への恐怖心という一種の緊張感が噺に加わっています。 オチは、ずっと地で「いただいていました」と説明していたのを、五代目小さんが今回のあらすじのように、すりこぎを押し戴く仕種オチでオチるよう工夫しました。 「馬に止動の間違いあり、狐にケンコンの誤りあり」とマクラに振り、世の中には間違いが定着してしまっていることがよくあると説明、そこから、猫よりも犬の方が人に忠実なのに、猫にたとえられると喜び、犬と呼ばれると怒るという不合理を風刺してから噺に入るのが、二代目小さん以来の伝統です。 【語の読みと注】 摺粉木 すりこぎ

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