Categories: 落語演目

【ちりとてちん】

ちりとてちん

【どんな?】

知ったかぶりで強情な横町の寅。
腐った豆腐を珍味と言い張り食べる。

酢豆腐」から分かれた噺。
趣がかなり違います。

別題:長崎名産

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あらすじ

訪ねてきた半ちゃん。もてなす亭主。。

玉露ぎょくろをどうぞ」
「ああ、ご苦労(≒玉露)で」
「ご苦労じゃございません。宇治うじの玉露で」
「ははあ、これが。かねがね噂にうけたまわっておりました。けっこうでげすな」
「お茶受けを一つ」
「これはおいしい。なんと申すお菓子で」
「甘納豆で」
「ははあ、これが。かねがね噂にうけたまわっておりました。けっこうでげすな」
「お酒をひとつ差し上げましょう」
なだ生一本きいっぽんで。かねがね噂にうけたまわっておりました。けっこうでげすな」
「おさかなで。鯛のお刺し身。どうかご遠慮なく」
「かねがね噂にうけたまわっておりました。鯛をどういう具合にいたしますか」
「三枚におろしまして、刺し身包丁で」
「へえ、さようで。じつに進んだものでございます」
「ちっとも進みやしません。刺し身は昔からありますから」
「この器の下の白いのはなんで」
「それは、あなた、ごはんで」

こんな調子で、前川まえかわうなぎのかば焼き、与平よへいの寿司と、出てくるたびに、半ちゃんは驚く一方。

亭主は、知ったかぶりも困りものだが、ご謙遜(=知らないふり)もいかがなものかと、つくづく思う。

そんなところに、家の台所で椿事ちんじが起こった。

お女中のおなべが、豆腐を釜の中へしまっていた。ねずみが入らないように蓋までしていた。この暑さ、この温気うんきで豆腐は腐った。表面は黒くなって毛まで生えた。

亭主は、これを捨てるのが残念な心持ち。そこで案をめぐらした。

向こう横町のこうちゃんは知ったかぶり。こいつをを呼んで食べさせようかと算段。さっそく、使いを出してを呼びにやる。

この腐った豆腐は、長崎名産のチリトテチンということにしようと。お隣のお嬢さんが三味線の稽古で音が聴こえてきたから、「チリトテチン」と命名したわけ。

幸ちゃんがさっそくやってくる。

知ったかぶりの幸ちゃんと、知らんぷりの半ちゃんを同席させて。

「なにか急用で」
「大坂の親類から灘の生一本を送ってきたので、あなたにもぜひと、というわけで」
「そりゃ、ありがとうございます」
「あなたは、ずいぶん珍しいものを食ってるそうで」
「そうですが、なにをやりましても、さてこれがよいと感心したものがありません」
「あなたは西洋酒をあがるそうで」
「近頃はスタオドを」
「はて、どんな」
「早く申せばビールのごくよいものです」
「それじゃ、黒ビールがありますが、どうかがまんなすって」
「どうも、おそれ入ります」
「それじゃ、あなたは日本料理よりも西洋料理のほうが好きでしょうな」
「そうですね。日本の洋食店はまだまだ幼稚ですね」
「あなたが洋行なすったときに、なにかおいしいとお感じになったものは」
「先年、パリのザックバランホテルへ泊まりまして。蛙のガランダーを」
「ははあ、蛙の料理」
「それから、蛇の料理を。ほかには、蛞蝓なめくじの料理も」
「生きたままで?」
「蛙を食べて、蛇を食べて、最後に蛞蝓を食べる。腹の中でよい具合にこなれますな」
「おお、そうだ。あれを持ってきな」

亭主は、例の腐った豆腐を持ってこさせる。

「これは、チリトテチンなる長崎名産の珍味。ご存じで?」
「はてな、チリトテチンとは。どんなものですか。ちょっと拝見を」

ガラスの瓶に入った、腐った豆腐。毛も生えている豆腐。

「や、これなるかな。じつにお珍しい」
「あなた、ご存じですか」
「えー、もう。これは大好きです。これはあなた、チリトテチンとは申しません」
「なんと申します」
「チリリトテン。少しアクセントが違います。なにしろ、珍品ですから」
「私たちは食いなれませんで。たくさんおあがんなすって」

知ったかぶりの幸ちゃんが蓋を取った。

「あ、くさッ。このくさいところが特色で。これがチリントテチン特有のかおりなんで。珍品ですな。ここに、言うべからざる味わいがございます」
「どうぞ、ご遠慮なく、さあ」
「このプーンというかおりがするようでなければ、チリントテチンの値打ちはないので。……では、ちょうだいいたします。……これをいただくと、胸がスーッとすきまして。……どうもたまりませんな」
「あなた、涙をこぼしておっしゃるが、そんなにお気に入ったら、どうぞご遠慮なく召し上がって」
「いや、このチリントテチンは一口のものです」

底本:「文芸倶楽部」29巻4号、大正12年(1923)3月1日 二代目柳家つばめ

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しりたい

噺の成り立ち

酢豆腐」が原話です。

三代目柳家小さん(豊島銀之助、1857-1930)の弟子の初代柳家小はん(鶴見正四郎、1873-1953)が改作したものが、京阪に流れて、上方落語「ちりとてちん」になりました。江戸(東京)から上方(京阪)に流れた、珍しい噺です。

この底本は二代目柳家つばめ(浦出祭次郎、1875-1927、四代目柳家小三治→)のよるものですが、速記の冒頭に「このお話は先年大阪へまいりましたときに、あちらの染丸さんにくわしく口伝されました」と述べています。

染丸とは、二代目林家染丸(岡本仁三郎、1867.2.12-1952.11.11)のことです。三代目林家染丸(大橋駒次郎、1906-68)も「ちりとてちん」をよくした人でした。

ちなみに、二代目柳家つばめは、三代目小さんの養子になった人です。だから、つばめを名乗る前には四代目小三治でした。

江戸生まれの原話から、明治の東京で「酢豆腐」がつくられ、改作されて京阪に流れて「ちりとてちん」に。大正期には、東京に移されて、現行の形となりました。形から見た話芸としては、いまだ完成形とはいえないでしょう。

「ちりとてちん」と「酢豆腐」は別物か

大勢の町の若い衆が登場するにぎやかな「酢豆腐」と、2人ないし3人の対話に終始する「ちりとてちん」は別物のようなおもむきです。

「ちりとてちん」では二人の男。知らんぷり男(半ちゃん、喜ィさん)は、世辞に長けている。知ったかぶり男(幸ちゃん、寅さん)は、がえんじようとしないすこぶるの強情者。その両極をえがいた噺です。

とはいえ、からかう側とからかわれる側の二極という観点では同じ噺です。落語は、話の筋だけでできあがっているのではないのですね。

いっそのこと、「ちりとてちん」と「酢豆腐」を別の噺と区分けしたほうが、わかりやすいのではないでしょうか。そんなわけで、「酢豆腐」と「ちりとてちん」、二つにすみわけました。

現行「ちりとてちん」のあらすじ

ある横町のご隠居。お女中を一人置いて、悠々自適に暮らしている。

碁の集まりが中止になってしまい、用意した料理が余って困っていた。

そこへ、お世辞がうまくて、なんでもうまそうに食べる、向かいの喜ィさんがやってきた。

ご隠居は喜ィさんと話しているうちに、裏に住んでいる寅さんの話になる。

この寅さん、料理にうるさい食通ぶっているくせに、いつも文句ばかり言っているので、ご隠居はたいそう腹を立てていた。

そこで、寅さんにひと泡吹かせてやろうと、ご隠居はとんでもないことを思いつく。じつは、ホントのところ、ご隠居は寅さんが好きなのだが。

さっそく、寅さんを呼びにやった。

腐ってカビが生え、強烈な臭いを放っている豆腐を、塩辛の入っていたような瓶に詰め、「これは長崎土産のちりとてちんという珍味だ」と偽って、やってきた寅さんに出してみた。

寅さんは、そんな珍しい食べものは知らないものの、見栄っ張りなので「ちりとてちん、知ってるよ」と知ったかぶりをする。

ご隠居は、寅さんに「どうぞ、お召し上がりください」と勧めるから、寅さんは後には引けなくなった。

なんとか腐った豆腐を食べた寅さんは、そのまずさに涙を流しながらも「珍味だ、珍味だ」と褒めそやす。

「どんな味だった」
「豆腐の腐ったような味でした」

未完成の噺か

「ちりとてちん」は、まだ工夫を加えられる噺です。

この噺は、主人、知らんぷりの男、知ったかぶりの男の3人が登場します。

ただ、残念なことに、噺前半の知らんぷり男は、後半にやってくる知ったかぶり男と対面しているのに、からみません。もったいない。

せっかく3人出てくるのですから、三者三様の会話を構成すれば、立体的で、にぎやかで、もっとおもしろい噺になったでしょう。鼎立で、鼎談で。

そもそも、「ちりとてちん」は「酢豆腐」からの派生にすぎず、からかう人(「酢豆腐」では町の若い衆)と知ったかぶりとの対比構図に引きずられているようです。

AとBとの単純な会話のほうが、聴者にはわかりやすくて、ウケがよかったのかもしれません。

「ちりとてちん」をやる人たち

東京でも、多くの落語家がやります。

先の大戦後に活躍した物故落語家では、五代目柳家小さん、二代目小文治、、三遊亭金翁(四代目三遊亭金馬)、桂文朝など。

柳家さん遊柳家さん喬柳家権太楼柳家小里ん入船亭扇遊春風亭正朝柳家花緑柳家喬太郎柳亭左龍瀧川鯉昇など。

「酢豆腐」と「ちりとてちん」の両方をやる落語家はあまりいないそうです。そんな中でも、柳家小里んは例外で、両方やるとか。

一般に、三遊亭、古今亭、桂系は「酢豆腐」を、柳系は「ちりとてちん」をやる傾向にありますが、それもひと昔までの話で、鉄壁は崩れて始めています。

朝ドラ『ちりとてちん』

朝ドラ『ちりとてちん』(NHK、2007.10.1-08.3.29)は藤本有紀の脚本。

「伝統の継承」をテーマにした上方落語の世界を描いたもので、盛り上がりました。これで、一挙に「ちりとてちん」ということばが知られ、落語(とりわけ上方落語)のすそ野が広がりました。すごい影響力だと思います。

藤本は、2016年には『ちかえもん』で向田邦子賞を受賞しています。

五代目小さんの芸談

「ちりとてちん」では、五代目柳家小さんは、以下のふたつの大切なおことばを残しているようです。傾聴に値します。

あの隠居はあとから来る無愛想な男のほうが好きなんだ。そういう了見でやんなきゃだめだ。

隠居宅を訪れた2人の客。世辞のうまい知らんぷり男の喜ィさんと、強情で知ったかぶり男の寅さん。隠居は寅をちりとてちんでとっちめてやろうとは思いつつ、嫌な思いは持っていない。それが、噺を聴いていてなんとなくわかります。この思いが噺の底辺を流れているから、いやな印象をもたないのですね。

それと、もうひとつ。

腐った豆腐を食べる件を噺の眼目にしちゃだめだ。

結局のところ腐った豆腐は食べなくてはならなくなるのですが、これはあくまでもおまけ。そこにいたる心のざわめきがことばと所作から醸し出されるところが、噺の眼目なのですね。腐った豆腐を食べることのグロさを強調してしまう落語家は見誤っているのですね、きっと。

 五代目小さん芸語録 柳家小里ん+石井徹也(聞き手)著、中央公論新社、2012年

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落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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