Categories: 落語演目

【菅原息子】

すがわらむすこ

成城石井

【どんな?】

「芝居」と言ったら、歌舞伎に決まっていた頃の噺です。

別題:芝居狂

成城石井

あらすじ

芝居大好きの若だんな。

今日も「菅原伝授手習鑑」を見物してご機嫌で帰宅。

いきなり
「女房ども、今戻った」
と、妙な声を張りあげて、物乞いと間違われる。

「俺がいい気持ちで気取っているんだから、おまえもつきあえ」
と女房に、無理やりに「こちの人、よく戻らさんしたな」という「寺子屋」の源蔵女房戸浪のセリフを強要する。

食膳を見ると
「ハテ、膳部の数が一脚多い」
と松王になり、アワビのふくら煮が出ると
「ナニ、死貝と生貝とは風味味わいの変わるもの、真っ赤な赤螺その手はくわぬ」
「お平はなんだ? 豆腐? 平は豆腐皿の鰈の焼き魚、何とて猪口はしたしなるらん」
などと、すべて「寺子屋」気取り。

かと思うと、いきなり椀の蓋を取って
「あ-ら、怪しやな。今汁椀の蓋を取ると、にわかに水気立ち上がりしは、凶事のしるしか吉事のしるしか、なににせよ怪しきこの場の、ありさま、じゃ、なあー」

これを聞いたおやじ、カンカンに怒って
「このばか野郎」
と飛び掛かったのを、若だんなヒョイと避け
「親びと、御免」
と、ほうり投げた。

「あれまあ、あなた、お父さんを投げて」
「女房喜べ、せがれがおやじに勝ったわやい」

成城石井

うんちく

マクラ噺  成城石井

原話は不詳。芝居好きをからかった小咄が集まってできたものでしょう。

落語としては上方ダネで、別題を「芝居狂」ともいいます。

明治から大正にかけ、五代目麗々亭柳橋(斉藤久吉、1871-1923)、二代目三遊亭金馬(碓井米吉、1868-1926、お盆屋の、碓井の)、四代目三遊亭円馬(森田彦太郎、1899-1984)ら、芝居噺を得意にした演者の速記が残っています。

芝居の噺のマクラによく付けられますが、近年はこの演題で、一席噺で演じられることはまれです。

二代目金馬の大正4年(1915)の速記では、「浮かれ三番」のマクラで演じています。

金馬はこのあと、盗賊が料理屋に押し入って百円脅し取り、空腹で飯を要求すると、主人が「あなたは金を盗るのが商売、私は料理を売るのが商売だから、お代を出してくれ」と言うので、しかたなく百円払ってさっ引きになるという小咄を付けています。

その泥棒も実は大の芝居好きで、待っていた子分が「親分、首尾は」と聞くと「シーッ、声(=鯉)が高い」というお笑いです。

おやじ流罪でせがれが死罪  成城石井

菅原伝授手習鑑すがわらでんじゅてならいかがみ』は、延喜元年(901)の菅原道真流罪事件に取材した、全五段の時代物浄瑠璃。延享3年(1746)8月21日、大坂竹本座初演。

作者は、竹田出雲、並木千柳、三好松絡、竹田小出雲の合作。

歌舞伎初演は翌年9月、京都嵐座です。

「寺子屋」は四段目の切。

今は敵の藤原時平方に仕えている舎人(とねり)・松王丸が、手習師匠の武部源蔵がかくまう菅丞相(道真)の一子・菅秀才の危急を救い、故主に忠義を立てるため、わが子・小太郎を身代わりにすべく、寺子屋に弟子入りさせます。

菅秀才の首を討って差し出せという時平の命に、菅丞相の門弟だった源蔵が懊悩しているところに、松王丸自身が検分役となって乗り込み、源蔵に小太郎を斬らせ、時平一味の目を欺くという悲劇です。

膳部の数 【RIZAP COOK】

以下、すべて芝居のセリフのパロディーです。

「膳部の数…」は松王が、寺子屋から帰る子供の数より、手習い机が一脚多いので、これは菅秀才のものに違いないとわざと言い立て、小太郎を身代わりにするきっかけにしようとする場面のセリフ、「机の数が一脚多い」から。

「生貝と死貝」も同じく、松王が源蔵に言う「生き顔と死に顔は相好の変るなぞと、身代わりのにせ首、その手は食わぬ」から。

「平は豆腐」は、松王が、三つ子の弟桜丸の忠義を引いて、源蔵夫婦に自分の菅丞相親子への真情を吐露するセリフ、「梅は飛び 桜は枯るる世の中に 何とて松のつれなかるらん」の地口です。

初代円遊の肉声  成城石井

初代三遊亭円遊(竹内金太郎、1850-1907、鼻の、実は三代目)という落語家。

自称初代、実は三代目の円遊。明治の珍芸寄席四天王の筆頭にして、近代滑稽噺のパイオニアです。「鼻の」「あばたの」「ステテコの」などあまたの異名を奉られていました。

夏目漱石(夏目金之助、1867-1916)も抱腹絶倒した「元祖爆笑王」の、今に伝わる肉声がたった2種類の蠟管レコードに残され、CDにも復刻されています。

一つはこの「菅原息子」。円遊が亡くなる4年前の明治36年(1903)、落語初のレコードとして、初代快楽亭ブラック(ヘンリー・ジェイムズ・ブラック→石井貌剌屈、1858-1923)、四代目橘家円喬(柴田清五郎、1865-1912)などが、英グラモフォンに吹き込んだ記念すべきシリーズの一枚。

ほかに、米コロムビア吹き込みの「野ざらし」があります。

百年以上前の、原始的な蠟管からの復刻音源ですが、やや鼻にかかった高っ調子、立て板に水の早いテンポ。

わずか正味3分足らずですが、鳴り物入りで芝居の声色仕立て。

このころはもう晩年で、人気も落ち目になっていたはずですが、さすがにただものではない円熟した技芸が、時を越えて伝わってきます。

まぎれもなく「明治からのメッセージ」でした。

せがれがおやじに  成城石井

オチの部分も、松王丸が女房千代に言うセリフ「女房よろこべ、せがれがお役に立ったわやい」のもじりです。

【語の読みと注】
赤螺 あかにし:タニシの一種
お平 おひら:浅く平たい朱塗りのお椀
菅原伝授手習鑑 すがわらでんじゅてならいかがみ
舎人 とねり

成城石井

落語あらすじ事典 千字寄席編集部

Share
Published by
落語あらすじ事典 千字寄席編集部

Recent Posts

【瀧川鯉朝】

たきがわりちょう   成城石井…

8時間 ago

【初不動】

はつふどう 1月28日に行われ…

2日 ago

【三遊亭好好】

さんゆうていこうこう   成城…

2日 ago

【桂春雨】

かつらはるさめ 成城石井.co…

2日 ago

【三遊亭ときん】

さんゆうていときん   成城石…

2日 ago

【三遊亭遊雀】

さんゆうていゆうじゃく 成城石…

2日 ago