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【白戸若狭守】

しらとわかさのかみ



成城石井

『戦国人名事典』という本があります。

吉川弘文館が2006年に刊行した大部な一冊です。不思議な事典なのです。

収められているのは関東甲信越東海あたりの武将。

尾張の織田信長は載っていても、美濃の明智光秀は載っていません。常陸の佐竹義宣は取り上げられていても、陸奥の伊達政宗は外されています。

うーん。使えない事典かと思いきや、ところがどうしてどうして。

「白戸若狭守」という項目があります。

受領名で載っているのは、本名がわからないからなのでしょう。生年没年も不詳とのこと。

こんなマイナーな人を載せる意味があるのかと思ってしまいます。

でも、本文を読むと、これが大いにあるのだということがわかります。

この方、「元亀頃の人」とありますから、1570年前後に活躍したのですね。

佐竹義重の家臣だったそうです。

佐竹は常陸国ひたちのくにの守護ですから、白戸若狭守は、いまの茨城県内をせわしなく動き回っていたのでしょう。

事典には「佐竹義重から唐人の来航への対応にあたる役職と考えられる『水土』職に任じられ加恩として五貫文を与えられている」とあります。

根拠とすべきなにかの史料に、そのように記されているのでしょう。

戦国時代、常陸国と中国人。結びつきにくいのですが、那珂湊なかみなと久慈浜くじはま高戸浜たかどはまあたりにミン(当時の中国は明王朝)の商人が寄港したとしても、べつに不思議でもありますまい。

三重県からこのあたりまでの沿岸部には、「神降神事かみおりしんじ」という風習があちこちに残っています。地域によっては「浜降祭はまおりさい」とも言っていますが。

古代から海とのかかわりがあったという証拠ではないかと思うのです。

ちょっとした驚きではありますが。元亀げんきの頃、中国人は何しにここらへんに来ていたのか。

それはもう鉄砲を売りに、でしょう。

関東から東北地方の戦国武将たちが鉄砲隊を合戦の編制に組み入れ出したのは元亀年間あたりだそうですから。

佐竹は鉄砲を金粒で買っていたのでしょう。

金砂山かなさやま八溝山やみぞさんは、古代から金の産地。佐竹という大仰であまり有能でない一族がこの地を営々と君臨できたのは、ひとえに彼らが金や銀の産出を仕切っていたからです。

という具合に、じつはこの事典、なかなか読みでのある好著でだったのでした。

こんなすごい本が、古書ながらもAmazonで1000円ほどで入手できてしまう現代というのは、よいのか悪いのか。

落語本はそこまで恵まれていません。

戦国より落語のほうが需要薄し、ということでしょうか。歴女はいても落女はいない。そんなところでしょうか。

落語ファンはあまり本を読まないのでしょうか。

それでも、あまた残る明治期の落語本をもっと気楽に読めるようになりたいものです。今の出版界では望むべくもありません。

ここで翻刻しようかなと思っています。



成城石井

落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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