Categories: 落語演目

【浜野矩随】

はまののりゆき

【どんな?】

彫金職人の一途な噺。
元は講釈ネタ。
ものつくりの哀歓がにじむ一席。

別題:名工矩随

★★

鉄板の故事成語211

あらすじ

浜野矩随。

おやじ矩安のりやすは、刀剣の付属用品を彫刻する「腰元彫り」の名人だった。

おやじの死後、矩随も腰元彫りを生業としているが、てんでへたくそ。

芝神明前の袋物屋、若狭屋新兵衛がいつもお義理に二朱にしゅで買い取ってくれているだけだ。

八丁堀の裏長屋での母子暮らしも次第に苦しくなってきたあるとき、矩随が小柄にいのししを彫って持っていった。

新兵衛は
「こいつは豚か」
と言うが、矩随は「いいえ、猪です」といたってまじめで真剣。

「どうして、こうまずいんだ。今まで買っていたのは、おまえがおっかさんに優しくする、その孝行の二字を買ってたんだ」
となじる新兵衛。

おやじの名工ぶりとは比べるまでもない格落ちのありさまで、挙げ句の果ては
「死んじまえ」
と強烈な一言。

肩を落として帰った矩随は、母親に
「あの世に行って、おとっつぁんにわびとうございます」
と言って、首をくくろうとする。

「先立つ前に、形見かたみにあたしの信仰している観音さまを丸彫り五寸のお身丈みたけで彫っておくれ」
と母。

水垢離みずごりの後、七日七晩のまず食わず、裏の細工場さいくばで励む矩随。

観音経かんのんきょうをあげる母。

やがて、完成の朝。

母は
「若狭屋のだんなに見ておもらい。値段を聞かれたら『五十両、一文欠けても売れません』と言いなさい」
と告げ、矩随に碗の水を半分のませて、残りは自らのんで見送った。

観音像を見た新兵衛。

おやじ矩安の作品がまだあったものと勘違いして大喜びしたが、足の裏を見て
「なんだっておみ足の裏に『矩随』なんて刻んだんだ。せっかく五十両のものが、二朱になっちまうじゃねえか」

矩随が母への形見に自分が彫った顛末てんまつを語った。

留飲りゅういんを下げた新兵衛だが、
「えっ、水を半分? おっかさんは、ことによったらおまえさんの代わりにはりにぶらさがっちゃいねえか」

矩随はあわてて駕籠かごでわが家に戻ったが、無念にも、母はすでにこときれていた。

これを機に、矩随は開眼、名工としての道を歩む。

底本:五代目古今亭志ん生

しりたい

浜野矩随

三代続いた江戸後期の彫金の名工です。初代(1736-87)、二代(1771-1851)が有名ですが、この噺のモデルは初代でしょう。

初代は本名を忠五郎といい、初代浜野政随に師事して浜野派彫金の二代目を継ぎました。細密・精巧な作風で知られ、生涯、神田に住みました。

志ん生のお得意

講釈(講談)を元に作られた噺です。明治期には初代三遊亭円右の十八番でした。円右は四代目橘家円喬と並び称されたほどの人情噺の大家です。

若き日の五代目古今亭志ん生が円右の「浜野矩随」を聞き覚え、講釈師時代(志ん生は一時期、講談に転向していました)の素養も加えて、先の大戦後、十八番の一つに磨き上げました。

元に戻った結末

講談では、最後に母親が死ぬことになっていますが、落語ではハッピーエンドとし、蘇生させるのが普通でした。これまでも、そのようなやり方の落語家はたくさんいました。

ところが、五代目志ん生は、これをオリジナル通り(講談に従って)死なせるやり方に変え、以後、これが定着しています。この噺を得意にしていた五代目三遊亭円楽も、母親が自害するやり方でした。春風亭小朝は、「ふつうは死ぬところを」と説明付きで生かせています。

いうまでもなく、老母の死があってこそ矩随の悲壮な奮起が説得力を持つわけで、こちらの方が正当ですぐれた物語性です。ここのところにかたくなな落語通(落語家ではない人)がたまにいます。母は死なないのだ、と。ここはもう、演じる落語家の力量にゆだねるしかありますまい。

音源は志ん生、円楽ともにあります。志ん生のものは「名工矩随」の題になっています。ほかに、五代目円楽、六代目円楽、柳家さん喬などの音源も。

袋物屋

恩人、若狭屋の稼業ですが、紙入れ、たばこ入れなどの袋状の品物を製造、販売します。

久保田万太郎(1889-1963)の父親は浅草田原町の袋物職人でした。久保田万太郎は戦後劇壇のボスとして君臨した劇作家、小説家、俳人です。『浅草風土記』などで有名ですが、久保田を師と仰いだ小島政二郎は『円朝』という作品を残しています。

水垢離

みずごり。神仏に祈願するため、冷水を浴びて心身を清浄にするならわしです。富士登山、大山まいりなどの前にも水垢離をとり、安全を祈願するしきたりでした。

東両国の大川端が、江戸の垢離場として有名でした。

【語の読み】
浜野矩安 はまののりやす
腰元彫 こしもとぼり
芝神明 しばしんめい
袋物屋 ふくろものや
浜野政随 はまのしょうずい

古今亭志ん朝 大須演芸場CDブック

落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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