Categories: 落語演目

【蜘蛛駕籠】

くもかご

 

 

  成城石井.com

【どんな噺】

「駕籠は足が八本ある」
「本当の蜘蛛駕籠だ」
せこい客のおかしな道中話。

別題:雀駕籠 住吉駕籠(上方)

あらすじ

鈴が森で客待ちをしている駕籠屋の二人組。

ところが、昨日ここに流れてきた前棒がおめでたい野郎で、相棒がかわやに行っている間に、ほんの数メートル先から、塵取りを持ってゴミ捨てに来た茶店のおやじをつかまえて
「だんな、へい駕籠」

屁で死んだ亡者のように付きまとい、むりやり駕籠に乗せようとして
「まごまごしてやがると、二度とここで商売させねえからそう思え」
とどなられて、さんざん。

次に来たのが身分のありそうな侍で、
「ああ駕籠屋、お駕籠が二丁じゃ」
「へい、ありがとう存じます」

前の駕籠がお姫さま、後ろがお乳母どの、両掛けが二丁、お供まわりが四、五人付き添って、と言うから、てっきり上客と、喜び勇んで仲間を呼びに行きかけたら、
「そのような駕籠が通らなかったか」

またギャフン。

その次は酔っぱらい。

女と茶屋に上がり、銚子十五本空にして、肴の残りを竹の皮に包んで持ってきたことや、女房のノロケをえんえんと繰り返し、おまけにいちいち包みを懐から出して開いてみせるので、駕籠屋は閉口。

やっと開放されたと思うと、今度は金を持っていそうなだんなが呼び止めるので、二人は一安心。

酒手もなにもひっくるめて二分で折り合いがつき、天保銭一枚別にくれて、出発前にこれで一杯やってこいといってくれた。

駕籠屋が大喜びで姿を消したすきに、なんともう一人が現れて、一丁の駕籠に二人が乗り込んだ。

この二人、江戸に帰るのに話をしながら行きたいが、歩くのはめんどうと、駕籠屋をペテンに掛けたというわけ。

帰ってきた駕籠屋、やせただんなと見えたのにいやに重く、なかなか棒が持ち上がらないので変だと思っているところへ、中からヒソヒソ話し声が聞こえるから、簾をめくるとやっぱり二人。

文句を言うと、
「江戸に着いたらなんとでもしてやるから」
と頼むので、しかたなくまたヨロヨロと担ぎ出す。

ところが、駕籠の中の二人、興が乗って相撲の話になり、とうとうドタンバタンと取っ組み合いを始めたからたまららない。

たちまち底が抜け、駕籠がすっと軽くなった。

下りてくれと言っても、
「修繕代は出すからこのままやれ、オレたちも中でかついで歩くから」
と、とうとう世にも不思議な珍道中が出現。

これを見ていた子供が、
「おとっつぁん、駕籠は足何本ある?」
「おかしなことォ聞くな。前と後で足は四本に決まってる」
「でも、あの駕籠は足が八本あるよ」
「うーん、あれが本当の蜘蛛駕籠だ」

底本:五代目柳家小さん、三代目桂米朝

しりたい

盛りだくさん

駕籠の底が抜けて、客が歩く部分の原話は享保12年(1727)刊の笑話本『軽口初賣買』中の「乗手の頓作」ですが、実在した大坂船場の豪商で奇人として有名だった河内屋太郎兵衛の逸話をもとにしたものともいわれます。河内屋太郎兵衛は「河太郎」の略称で人口に膾炙され、「河太郎物」と呼ばれる一連の噺が残っています。18世紀後半、大坂の人です。

上方では「住吉駕籠」として有名です。住吉街道を舞台にしていることからの銘々です。東京には、おそらく明治期に三代目柳家小さん(豊島銀之助、1857-1930)が移したものでしょう。

上方の演出ははでで、登場人物も東京より多彩です。

夫婦連れが駕籠屋をからかったりはいいとしても、酔っ払いが吐いて駕籠に「小間物」を広げるシーンなどはあざとく、潔癖な江戸っ子は顔をしかめるものでしょう。

雀駕籠

上方のやり方では、駕籠に客を乗せてからの筋は二つに分かれます。

一つは現行の、駕籠の底が抜けるものです。

別筋で、今はすたれましたが、「雀駕籠」と題するものがあります。

スピードがあまりに速いので、宙を飛ぶようだから宙=チュンで雀駕籠、という駕籠屋の自慢を聞いた客が、無理やり駕籠屋にいろいろな鳥の鳴きまねをさせ、「今度はウグイスでやってくれ」「いえ、ウグイスはまだ籠(=駕籠)慣れまへん」とオチるものがありました。

東京では小さん系

三代目小さんの速記は残されていません。その門弟の初代柳家小はん(鶴見正四郎、1873-1953)が高座に掛けていたのを、五代目柳家小さん(小林盛夫、1915-2002)が継承して演じていました。

大阪よりかなりあっさりとはしているものの、酔っ払いがしつこく同じセリフを繰り返してからむくだりなどは「うどんや」と同じく、そのままなので、カットしない場合は、かなりねちっこくなっていたのは否めません。

上方はもとより本家で、五代目笑福亭松鶴(竹内梅之助、1884-1950)、六代目笑福亭松鶴(竹内日出男、1918-86)、五代目桂文枝(長谷川多持、1930-2005)、三代目桂米朝(中川清、1925-2015)ほか、多くの演者が手掛けました。

雲助

流れ者の駕籠かきのことで、そのいわれは雲のように居所が定まらないからとも、蜘蛛のように網を張って客をつかまえるから、また、雲に乗るように速く爽快だからとも、いろいろな説があります

「蜘蛛駕籠」は雲助の駕籠の意味で、「雲駕籠」とも書きました。

歌舞伎「鈴が森」で白井権八にバッタバッタと斬られるゴロツキの雲助どものイメージがあったため、今日にいたるまで悪い印象が定着していますが、落語では東西どちらでも、いたって善良に描かれています。

むしろそれが実態だったらしく、桂米朝も噺の中で、「こういう(住吉街道のような人通りの多い)ところの駕籠屋は、街中の辻駕籠同様、いたってタチがよかったもので」と弁護しています。

両掛けが二丁

両掛けは武士の旅行用の柳行李やなぎごうり(衣類籠)で、天秤棒の両端に掛けて、供の者にかつがせるのでこの名があります。


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落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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