にらみがえし【睨み返し】演目

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五代目柳家小さんの、「見せる落語」として有名でした。

あらすじ

「大晦日箱提灯はこわくなし」

長屋の熊五郎、貧乏暮らしで大晦日になると、弓提灯の掛け取りがこわい。

家にいて責められるのが嫌さに、日がな一日うろついて帰ると、その間、矢面に立たされたかみさんはカンカン。

「薪屋にも米屋にも、うちの人が帰りましたら夜必ずお届けしますと、言い訳して帰したのに、金策もしないでどうするつもりなんだい」
と、責めたてる。

もめているところへ、その薪屋。本日三度目の「ご出張」。

熊が
「払えねえ」
と開き直ると、薪屋は怒って、
「払うまで帰らない」
と、すごむ。

熊は
「どうしても帰らねえな。おっかあ、面に心張り棒をかえ。薪ざっぽうを持ってこい」

さらには
「払うまで半年、そこで待っててもらうが、飯は食わせねえから、遺言があったら言え、しかたがねえから葬式ぐらいはオレが出してやる」

薪屋はあえなく降参。

おまけに、借金を払った(つもり)の受取まで書かされ、
「おい、十円札で払ったから、釣りを置いてけ」

一人やっと撃退したものの、あと何人相手にしなきゃならねえかと、熊はうんざり。

そのとき表で
「ええ、借金の言い訳しましょう」
という声。

変わった商売だが、これはもっけの幸いと呼び入れると、言い訳屋は
「どんな強い相手も追っ払ってごらんに入れます」
と自信満々。

一時間二円だという。

どうにか小銭をかき集めて払うと、言い訳屋
「すみませんが、ご夫婦で押し入れに入っていていただきましょう。クスリと一声を出されても、こっちの仕事がうまくいきませんから、交渉中は黙っていただくよう」

しばらくすると、米屋。

「えー、熊さんは、親方はお留守で?」

見ると、見慣れない男が煙草を吸いながら、無言でにらみつけるだけ。

何を聞いても返事をしない。米屋はこわがって帰ってしまう。

次は酒屋。同じようにすごすご退散。

また次は、高利貸の代理人で、那須という男。

「何ですか、君は。恐ろしい顔だな。ご親戚ですか。おい君、黙っておってはわからん。無礼だね。君……」

何を言っても、ものすごい目でにらむばかり。

さすがの海千山千の取立人も、気味が悪くなって帰った。

喜んで熊が礼を言うと、ちょうど十二時を打った。

「時間が来ましたようで、これで失礼を」
「弱ったな。あと二、三人来るんだが、もう三十分ばかり」
「いや、せっかくですが、お断りします」
「どうして」
「これから、自宅の方をにらみに帰ります」

出典:七代目三笑亭可楽

【RIZAP COOK】

【しりたい】

師走の弓提灯 【RIZAP COOK】

弓提灯は、弓なりに曲げた竹を上下に引っ掛け、張って開くようにしたものです。

小型・縦長で、携帯に便利なことから、特に大晦日、商家の掛け取りが用いました。

江戸の師走の風物詩ではありますが、取り立てられる側は、さぞ、これを見ると肝が冷えたことでしょう。

これに対し、箱提灯は大型で丸く、武家屋敷などで使われました。

上方噺を東京に 【RIZAP COOK】

原話は、安永6年(1777)刊の笑話本『春帒』中の「借金乞」です。

これは、後半のにらみの場面の、そっくりそのままの原型になっていて、オチも同じです。

もともと上方噺です。

それを「らくだ」と同様、四代目桂文吾(1865-1915)から三代目柳家小さんが移してもらい、東京に移植しました。

皮肉にも、大正以後は本家の大阪ではほとんど演じ手がなく、もっぱら東京の柳派、小さん一門の持ちネタになりました。

三代目小さんから七代目、八代目三笑亭可楽を経て五代目小さんの十八番の一つでした。

前半の薪屋を撃退するくだりは「掛け取り万歳」と同じで、オチはこれまた類話の「言い訳座頭」と同じです。

「見せる落語」の典型 【RIZAP COOK】

「蒟蒻問答」と同じく、噺のヤマを仕種で見せる典型的な「ビジュアル落語」です。

速記となると、活字化されたものは七代目可楽によるもの。

「講談倶楽部」昭和9年(1934)1月号に載ったもののみ。

『昭和戦前傑作落語全集』(講談社、1981年)に収録されました。本あらすじも、これを参考にしています。

【RIZAP COOK】

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