うそつきむら【噓つき村】演目

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村人全員が「うそつき」という壮大な噺です。

別題:鉄砲勇助(上方)

【あらすじ】

「神田の千三ツ」と異名を取る、うそつき男。

だんなの家に久しぶりに現れ、
「信州の方へ行ってきたが、あんまり寒いので湖で鴨の足に氷が張って飛び立てなくなっているのを幸い、鎌で足だけ残してかたっぱしから刈り取った」
とか、
「そのあとに芽が出たのでカモメだ」
とか、さっそく並べ放題。

ところが、だんな、
「向島の先に、うそつき村というのがあり、そこのやつらは一人残らずうそをつくが、その中でも、鉄砲の弥八という男は、おまえよりずっと上手だ」
と言うので、千三ツ、名誉にかけてそいつを負かしてみせると、勇躍、うそつき村に乗り込んだ。

さっそく、村人に弥八の家を聞いたが、さすがにうそつきぞろい。

向かい側の引っ込んだ家だの、松の木の裏だのとでたらめばかりで、いっこうに見当がつかない。

子供なら少しはましかと、遊んでいた男の子に聞くと、
「弥八はオレのおとっつあんだ」
と言う。

そこで
「おまえんとこの親父は、見込みがありそうだと聞いたんで、弟子にしてやろうと江戸から来たんだ」
と、ハッタリをかますと、子供をさるもの、
「親父は富士山が倒れそうになったのでつっかい棒に行って留守だし、おっかさんは近江の琵琶湖まで洗濯に行った」
と、なかなかの強敵。

その上、
「薪が五把あったけど、三つ食べたから、おじさん、残りをおあがり。炭団はどうだい」
ときたから、子供がこれなら親父はもっとすごいだろうから、とてもかなわないと、千三ツは尻尾を巻いて退却。

「おじさん、そっち行くとウワバミが出るよ」
「なにを言ってやがる」

そこへ親父が帰ってきたので、せがれはこれこれと報告し
「おとっつあん、どこへ行ってたんだい」
「オレか。世界がすっぽり入る大きな桶を見てきた」
「おいらも、大きな竹を見たよ。山の上から筍が出て、それがどんどん伸びて、雲の中に隠れちまった」
「うん、それで?」
「少したつと、上の方から竹が下りてきて、それが地面につくと、またそれから根が生えて、雲まで伸びて、また上から」
「そんな竹がないと、世界が入る桶のたがが作れない」

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【しりたい】

鉄砲勇助

文化年間から口演される古い噺ですが、特定の原話は未詳です。『聴耳草紙』ほかに見られる、各地のホラ吹き民話などを基にしたものと思われます。いずれにしても、この種のホラ話は世界中に、それこそ無数に分布していて、うそつきや大風呂敷は人類普遍の病だという証です。

本来は上方落語「鉄砲勇助」で、これが東京に移植され、「弥次郎」と「うそつき村」の二つに分かれたという説があります。

上方では、「花の頓狂島ヤタケタ(でたらめ)郡うそつき村」という珍妙な名の村の、鉄砲勇助というホラ吹き名人に、大坂の嘘自慢男が挑戦しに来る設定ですが、各演者の独自の工夫を除けば、東西ともくすぐりやホラの大筋、オチなどは変わりません。

上方の演題「鉄砲勇助」は、「テンポ(うそ)を言う」という上方言葉からのシャレで、江戸(東京)の主人公弥八の異名「鉄砲」も、ここからきています。「弥八」の「八」は、もとより「うそっパチ」の「八」でしょう。

千三ツ

「せんみつ」ともいい、うそつきの代名詞。千のうち三つしか真実を言わない者の意味ですが、この表現は東京独自のものです。古くは「万八、千三ツ」と対語で使われました。

明和から安永(1764-81)にかけ、「万八」が流行語になり、「万八講釈」などという派生語も生まれました。

「千三ツ」の方はその語呂合わせとして考えられたようですが、本家の万八は早くすたれ、「千三ツ」だけが明治維新以後まで生き残りました。いずれにしても「万ナシ」「千ゼロ」でないところに極悪人ではないという、シャレのセンスがうかがえますね。

意外な大看板も

「弥次郎」は現在もさかんに高座に掛かりますが、「村」の方は、東京では一席噺としてはあまり聴かれません。

前座噺やマクラ噺扱いの軽い噺ですが、大看板では、上方では六代目笑福亭松鶴、東京では三代目三遊亭小円朝、三代目三遊亭金馬も演じました。

セルビアのひげなし男

セルビアでは、ひげなし男はうそつきで腹黒いと、古くから考えられていたようです。ヴーク・カラジッチの編纂したセルビア民話集に「うそつき村」とちょうど同パターンで、子供と水車小屋の粉ひき男が大ボラ比べをする話がありますが、その男がひげなしです。この一戦、やはり悪ガキの圧勝。独壇場で、セルビア弥八は手も足も出ません。

そのホラ話の内容は以下の通り。

○巣箱のミツバチが一匹いなくなったので、雄鶏に鞍をおいて探しに出ると、ある人がミツバチに犂をひかせ、畑を耕していた。

○取り返して家に帰ると、ちょうど父親が生まれたところ。

○洗礼用の聖水をもらおうと、天までのびたキビの茎を登って天国へ。

○天国からまっさかさまに墜落、腰まで地面にめり込んで抜けないので、仕方なく家に飛んで帰り、鍬を取ってきて自分を掘り起こした。 

○家で飼っている雌馬は、体長二日、馬幅一日。

○井戸に水汲みに行くと、水が凍っていたので、自分の頭を引き抜き、頭で氷を叩き割る。

いやあ、いくらでも出てきます。ホラにも宗教や民族性の違いが、よく表れています。世界ホラ吹き選手権をやったら、ちょっとおもしろいかも。

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やじろう【弥次郎】演目

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日本にもいた、ほら吹き男の抱腹絶倒、痛快無比、冒険譚!

別題:うそつき弥次郎 革袋 日高川

あらすじ

うそつき弥次郎と異名をとるホラ吹き男。

久しぶりに隠居の家にやってくると、さっそく吹き始めた。

一年ばかり北海道に行っていたが、あまり寒いので、あちらでは凍ったお茶をかじっている。

雨も凍って降るので、一本二本と数え、雨払いの棒を持って外出する。

「おはよう」の挨拶まで凍って、それを一本いくらで買い、溶かして旅館の目覚まし用に使う……。

次から次に言いたい放題。

火事が凍ったのを見て、見世物にしようと買い取り、牛方と牛五、六頭を雇って運ばせ、奥州南部へ。

山中で火事が溶け、牛が丸焼け。

水をかけても消えないから、これが本当の焼け牛に水。

牛方が怒って追いかけてくるので、あわてて逃げ出し、気がつくととっぷり日が暮れ、灯が見えたので近づくと山賊の隠れ家。

山賊と大立ち回りになり、三間四方の大岩を小脇に抱え……。

「おい、三間四方の岩が、小脇に抱えられるかい」
「まん中がくびれたひょうたん岩」
「ふざけちゃいけない」

岩をちぎっては投げ。

「岩がちぎれるかい」
「できたてで柔らかい」

山賊を追っ払って、安心して眠りこけると山鳴りのような音。

目を覚ましてみると大猪。

逃げ出して杉の木にかけ登ると、先客がいて、これが天狗。

上に天狗、下に猪で、進退極まった。

猪が鼻面で木の根を掘りはじめ、グラグラ揺れる。

そこで、ヒラリと猪の背中に飛び下りた。

振り落とそうと跳ね回るので、股ぐらをさぐると、大きな金玉。

押しいただいてギュッと握りつぶすと引っくり返ったので、止めを刺そうと腹を裂くと、中から子猪が十六匹。

シシの十六。

「ばかばかしいや。おまえ、どこを握って殺した」
「金玉で」
「金玉ならオスだろう。オスの腹から子供が出るかい」
「そこが畜生の浅ましさ」
「冗談言っちゃいけねえ」

すると、松明をかざした四、五十人の男に取り巻かれ、連れていかれたのが庄屋の家。

よくぞ悪猪を退治してくださったと、下にも置かぬ大歓迎。

いい気持ちで寝ていると、庄屋の娘が言い寄ってくる。

めんどうくさいので逃げ出して、いつしか南部から紀州の白浜へ一足飛び。

船頭に祝儀をやって渡してもらい、若い娘が来ても渡さないように頼むと、道成寺という荒れ寺に飛び込み、台所の水瓶の中でブルブル震えていた。

娘は、さては別に女がいるかと、嫉妬で後を追いかけ、たちまち日高川の渡し場。

船頭は買収されているからいくら頼んでも渡さない。

娘はザンブと水に飛び込み、二十尋(ひろ)の大蛇といいたいが、不景気だから一尺五寸の蛇に変身。

道成寺にたどり着き、この水瓶が怪しいと、周りをグルグルと七巻き半。

「一尺五寸の蛇が、大きな水がめを七巻き半巻けるかい」
「それが伸びた」
「飴細工だね」
「ところが、しばらくたつと、その蛇が溶けちまった」
「どういうわけで?」
「寺男が無精で掃除をしないから、ナメクジが水瓶の底に張りついていた」
「虫拳だね」
「その時、中啓を持ってスッと立ったなりは、実にいい男」
「弥次さん、おまえさん、武士だったのかい」
「いえ、安珍という山伏で」
「道理で、ホラを吹きっぱなしだ」

底本:六代目三遊亭円生、四代目橘家円喬

しりたい

道成寺伝説のパロディー

弥次郎が逃げ込む道成寺は、和歌山県日高郡にある古刹で、天音山道成寺といいます。

大宝元年(701)、文武天皇の勅願で紀道成が創建したことから、この名があります。

名高い道成寺伝説は、延長6年(928)、奥州の僧安珍が、熊野参詣の途中、紀伊国の真砂庄司清次の家に泊まり、その娘清姫に言い寄られます。

夫婦約束までしながら逃げ出したので、嫉妬が高じ、清姫が大蛇となって後を追います。安珍は道成寺に逃げ込んで鐘の中に隠れますが、大蛇が鐘を七巻半巻くと火が出て、安珍は鐘の中で白骨になったというものです。

これが能の「道成寺」や歌舞伎舞踊の「京鹿子娘道成寺」に脚色されました。

噺の後半は、完全にその伝説のパロディーです。

小ばなしの寄せ集め

どの箇所でも切れるので、前座噺としても重宝で、現在でもよく演じられています。

安永2年(1773)刊の笑話本『口拍子』中の「角力取」ほか、多数の小ばなしを継ぎはぎしてできたものです。

歴代巨匠がくすぐり工夫

古くは、明治期の三代目柳家小さんが、前半の北海道のくだりなどを創作したといわれます。当時、北海道は開拓の緒についたばかりで、新開地として、たいへんなブームだったのです。

四代目橘家円喬のものは、天狗につかまって空中旅行するくだりがあり、その後、改めて十九のときに武者修行の旅に出たという設定で、山賊の部分につなげています。

いずれにしても、武士だったということをどこかで言っておかないと、最後の隠居の問いがわかりにくくなりますね。

戦後では六代目円生が意外なほど多く演じました。三代目金馬、五代目志ん生、五代目三升家小勝などもそれぞれくすぐりを加えて演じました。ふつう、長くなるので猪のくだりの「そこが畜生の浅ましさ」で切ることが多いようです。

類話「うそつき村」

同趣向のホラ噺に、千のうち三つしか本当のことを言わないので神田の千三ツと異名を取った男が、子供とホラ合戦をして負ける「うそつき村」があります。三代目三遊亭小円朝は「弥次郎」とつなげて演じました。

うそつき弥次郎

古い江戸ことばで、そのまま、嘘つきやホラ吹きへの囃し文句です。「うそつき弥次郎、藪の中で屁をひった」と続けます。人前でうそをつく者は、隠れて陰でも(「藪の中で」)悪事をするという意味で、子供たちがうそをついた仲間をからかい、囃したてて唱和しました。