おおちがいのきしぼじん【大違いの鬼子母神】むだぐち ことば

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将棋で、相手の手を「そいつは大間違いだ」と牽制するときの洒落言葉。鬼子母神は日蓮宗の名刹、威光山法明寺で、通称、雑司が谷の鬼子母神。豊島区南池袋にあります。なんのことはなく、「おおちがい」と「ぞうしがや」を強引に掛けてダジャレにしただけ。

なんともひどい代物です。「大違い」には、他人の子供をむさぼり食ったという伝説の鬼子母神の、大いなる料簡違いをも指しているのかもしれません。

【語の読みと注】
鬼子母神 きしぼじん きしもじん

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おおしょうちのにゅうどう【大承知の入道】むだぐち ことば

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百も承知、と請け合う返事を洒落言葉にしたもの。「おお」は強調語。これはダジャレで、「法性寺の入道」と掛けたものです。

法性寺は、京都市東山区にある浄土宗西山禅林寺派の名刹。法性寺の入道とは、関白藤原忠通(1097-1164)のことで、出家後、この寺に住んだのでこう呼ばれました。

小倉百人一首の歌人の一人ですが、その作者名が「法性寺入道前関白太政大臣藤原忠通」と、百人中もっとも長ったらしいため、後年、やたら長い名前の代名詞になりました。落語の「寿限無」と同じです。そのこととむだぐちとは特に関係なく、ただダジャレのために名前を借りられただけですね。

【語の読みと注】
法性寺の入道 ほっしょうじのにゅうどう ほうしょうじのにゅうどう

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おおきにおせわおちゃでもあがれ【大きにお世話お茶でもあがれ】むだぐち ことば

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ものの言いようの難しさの典型。「大きにお世話」はきっちり「でござりました」などと結べば、普通に丁重な謝礼の言葉になります。ところが、言い捨ててしまうと、「余計なお世話。放っとけ」となり、けんかの元です。この後の方に「お茶でも飲んでろ」とむだぐちをくっつけたのが本項。

これは、安永年間(1772-81)から、続く天明年間(1781-89)に、吉原などの遊里から出た流行語でした。「茶」は「茶化す」「茶にする」というように、人を外らして揶揄する意味。そこから、軽蔑の意味をこめて「お茶でも」と付けたのでしょう。

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おおいしかったきらまけた【大石勝った吉良負けた】むだぐち ことば

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なんのことはなく、「うまかった牛ゃ負けた」と同じ意味。「おいしかった」と大石内蔵助を掛け、大石が討ち入りで勝利したから「かった=勝った」。そこから敗者の吉良上野介を出したむだぐち。

ただもう一つ、「大石」から漬物石を効かせ、そこから香の物の異称である「きら」を出したというのは、うがち過ぎでしょうか。吉良家の官職の「こうずけ」から「香漬け」という洒落は、古くからありました。もっとも、大石も「昼行灯」で、仇討ちもできない腑抜けとばかにされていた頃は「大石軽うてはりぬき石」と陰口を叩かれていたのですが。

【語の読みと注】
はりぬき石 はりぬきいし:軽石

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おおありなごやのきんのしゃちほこ【大あり名古屋の金の鯱】むだぐち ことば

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「おい、本当か」という相手の疑問を受け、「もちろんだ」と強く保証する江戸っ子流。ここまで調子に乗って軽口を叩かれると、多分に眉唾ものですね。

「大あり」と尾張名古屋の洒落は常番。それに名古屋城の金の鯱鉾をもう一つくっつけ、話はどんどん大げさになっていきそうです。「金」を出すことで、「俺っちの言うことは武士の金打だから間違いねえ」とだめ押しする気なのでしょう。実際には金の鯱鉾は名古屋に限らず、天守焼失前の江戸城にもあったので、なんのことはなく、これは江戸っ子の負け惜しみ。

類似のむだぐちに「大ありさまの五段長屋」があリます。これは「大あり」と「尾張さま」の洒落。「五段長屋」は、江戸の市ヶ谷浄瑠璃坂にあった、尾張徳川家の侍長屋。今でいう社宅ですね。

【語の読みと注】
鯱鉾 しゃちほこ
金打 きんちょう:命がけの誓約

おうらやまぶきひかげのもみじ【お浦山吹日陰の紅葉】むだぐち ことば

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「お羨ましい」と「浦(裏)山」を掛け、さらに「やまぶき」と、しりとりのように続けています。「浦山」は日陰の境涯の自分の象徴。最後の「日陰の紅葉」でそれを強調しています。

小判にも例えられる山吹の黄金色と、朽ちてくすんだ紅葉の紅の対比。落ち目のおのれに引き比べ、相手の華やかな人生を羨む愚痴です。

むだぐちなので、これは皮肉。取って付けたようなていねい語の「お」がそれを物語ります。現代でもよく見られますが、はぶりがよくなった同僚に「おい、おうやましいご身分だな。こちとら貧乏人に、少しお恵みいただけませんかね」など、毒を含んだ嘲りを浴びせる、あれですね。

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おいでおいでどじょうのかばやきおはちじる【おいでおいで泥鰌の蒲焼きお鉢汁】むだぐち ことば

【RIZAP COOK】

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将棋のむだぐちの一つ。相手の指し手を受け、「どうぞどうぞいらっしゃい。すぐどじょうの蒲焼きにして食ってやるから」という挑発です。泥鰌は「三匹目の泥鰌はいない」という言い回しがあるくらい、「カモ」の代名詞。それと「どうぞ」を掛けたひどいだじゃれ。

「おいでおいで」はもともと、子供を手招きするときの言葉なので、それだけ嘲弄の度が強いということでしょう。「お鉢」は女房詞で飯櫃のこと。仕上げにどじょう汁にして煮てやるというだめ押しです。「お鉢が回る」で、「こっちの番」という意味も含んでいるかもしれません。

【語の読みと注】
泥鰌 どじょう
嘲弄 ちょうろう
飯櫃 めしびつ

【RIZAP COOK】

館林 たてばやし 演目

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先代の桂文治が得意にしていましたが、今はあまり聴きません。

別題:上州館林

【あらすじ】

町人の半さん、剣術を少しばかり稽古してすっかり夢中になり、もう道場の先生の右腕にでもなったつもりでいる。

そこである日、諸国を修業してまわり、腕を上げてきたいと先生に申し出る。

本気で、商売をやめて剣術遣いになるつもりらしい。

先生心配になって、自分の武者修行の時の体験談をひとくさり。

ある時、上州館林のご城下を歩いていると、一軒の造り酒屋の前に人だかりがし、何やら騒いでいる。

聞いてみると、まだ夕方なのに泥棒が入り、そいつが抜き身を振り回して店の者を脅し、土蔵に入り込んだ。

外から鍵をかけ、雪隠詰めにしたものの、入ってくる奴がいれば斬り殺そうと待っているので、誰でも首が惜しいから、召し捕ろうとする者もいない、とのこと。

先生、
「しからば拙者が」
と、そこが武芸者、飯六杯味噌汁三杯食って腹ごしらえの上、生け捕りにしてくれようと、主人を呼んで空き俵二俵用意させ、左手で戸を開けると、右手で俵を中に放り込んだ。

向こうは腹が減って気が立っているから、俵にぱっと斬りつけるところを、小手をつかんで肩に担いで岩石落とし、みごと退治した、という一席。

しかし、泥棒の腕がナマクラだったから幸いしたが、腕が立っていたらどうなったかわからない。

「おまえも、もう少し腕を磨いた上で」
と先生が諭すので、半さんもそんなものかと思い直して帰っていく。

しかし。

「オレも先生のような目にあってみたい」
と、まだ未練たらたらな半さん。

独り言をいいながら歩いていくと、ちょうど夕方。

町の居酒屋の前に人だかり。

聞いてみると、侍に酔っぱらいがからんでけんかを吹っかけた。

「斬るほどのこともない」
と峰打ちを食わせたが、酔っぱらいがまだしつこくむしゃぶりつくから、侍、
「めんどうくさい」
と酒屋の土蔵に逃げ込んでしまった、という。

さあ、ここが腕の見せどころ、と半さん。

「あのお侍は悪くはないんだから、おまえが出て騒ぎを大きくすることはない」
と止められても聞かばこそ、先生のまねをして
「しからば拙者が生け捕りにいたしてくれる。所は上州館林。そやつを捨ておけば数日の妨げ。主人、炊き立ての飯を出せ」

腹ごしらえまでそっくりまねて、いよいよ生け捕りの計略。

俵を持ってこさせると、土蔵の戸を右手で開け、左手で俵を放り込む。

向こうは血迷っているから、ぱっと斬りつけ……て、こない。

もう一俵放り込んでも中は、しーん。

こりゃ約束が違う。

「中でどうしているんだろう」
と言いながら、首をにゅっと入れた。

とたん、侍の刀が鞘走り、半公の首がゴロゴロ。

「先生、うそばっかり」

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【うんちく】

切れのいいシュール落語

首が口をきくという、同工異曲の噺に「胴取り」がありますが、オチの切れ味、構成とも、問題なくこちらが優れています。

原話は不詳で、別題を「上州館林」。昭和初期には八代目桂文治が得意にし、同時代には六代目林家正蔵(1929年没)も演じましたが、戦後、文治没後は、惜しいことにこれといった後継者はありません。

六代目正蔵は、首が口をきくのが非現実的というので、半公はたたきつけられるだけにしていました。演者自身が、現実を飛び越える落語の魅力を理解できず、噺をつまらなくしてしまう最悪の例でしょう。

ヤットウヤットウ

江戸の町道場は、権威と格式はあっても、総じて経営が苦しいので背に腹はなんとやら、教授を望む者は、身分にかかわらず門弟にしたところが多かったようです。

身分制度のたてまえから、幕府はしばしば百姓や町人の町道場への入門を禁じましたが、江戸は武士の町で、その感化で町人にも尚武の気風が強く、また治安も悪かったため、自衛の意味で、柔や剣術を身につけたいという町人が江戸中期ごろから増加しました。

町人の間では、稽古の掛け声から、剣術を「ヤットウ」と呼びならわし、特に幕末には、物騒な世相への不安からか、江戸の四大道場と称される、神田お玉ケ池の千葉道場、御徒町の伊庭道場、九段坂上の斎藤道場、京橋蛤河岸の桃井道場など、有名道場には志願者が殺到。町人原則だめのたてまえは怪しくなりました。町道場の「授業」時間は、午前中かぎりが普通でした。

【語の読みと注】
雪隠詰め せっちんづめ
伊庭道場 いばどうじょう
桃井道場 もものいどうじょう

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長者番付 ちょうじゃばんづけ 演目

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これも古い上方噺。「東の旅」シリーズの一話です。

【あらすじ】

江戸っ子の二人組。

旅の途中、街道筋の茶店でひどい酒をのまされたので、頭はくらくら、胸はムカムカ。

迎え酒に一杯いい酒をひっかけたいと思っていると、山道の向こうに白壁で土蔵造りの家が見えてきた。

兄貴分が、あれは造り酒屋に違いないから、あそこでうんとのましてやると励まし、おやじに一升ばかり売ってほしいと交渉すると
「一升や二升のはした酒は売らねえ」
と断られる。

どのくらいならいいのかと聞くと、
「そうさな。馬に一駄、船で一艘ぐれえかな」

一駄は四斗樽が二丁、船一艘なら五、六十丁というから、兄貴分の怒ったの怒らないの。

「人をばかにするのもいい加減にしろッ。こちとらァ江戸っ子だ。馬に一駄も酒ェ買い込ん道中ができるかッ。うんつくめのどんつくめッ」

その勢いにおそれをなしたか、おやじは謝り、酒は売るから腰掛けて待っていてくれと言っておいて、こっそり大戸を下ろしてしまった。

気づいたときは遅く、薪ざっぽうを持った男たちが乱入。

さては袋だたきかと身がまえると、おやじ
「さっきおまえさまの言った『うんつくのどんつく』というなあ、どういうことか、聞かしてもれえてえ」
と大変な鼻息。

兄貴分、これはまずいと思いながら、後ろに張ってある長者番付に目を止め、
「江戸ではそれを運つく番付という」
と口から出まかせ。

「江戸の三井と大坂の鴻池は東西の長者の大関だが」
と前置きして、ウンツクのウンチクをひとくさり。

「鴻池の先祖は伊丹で造り酒屋をしていたが、そのころはまだ清酒というものがなかった。あるとき、雇った酒造りの親方があまり金をせびるので、断ると、腹いせに火鉢を酒樽に放り込んで逃げた。ところが、運は不思議で、灰でよどみが下に沈み、澄んだ酒ができた」

これを売って大もうけ、運に運がついて大身代ができたから、大運つくのど運つく。

一方、三井の先祖は越後新発田の浪人で、六部で諸国を廻っていたとき、荒れ寺に泊まると、夜中に井戸から火の玉が三つ。

調べると、井戸底に千両箱が三つ沈んでいた。

これをもとに松坂で木綿を薄利多売し、これも大もうけして、やがて江戸駿河町に呉服屋を開き、運に運に運がついて今では大長者。

おまえのところも今に長者になるから、運つくのど運つくとほめたのがわからねえかと、居直る。

暖簾から顔を出したかみさんは、女ウンツク、青っぱなを垂らした孫は孫運つくで、今に大運つくになると与太を並べると、おやじは大喜び。

酒をふるまった上、
「今度造り酒屋で酒を買いたいときは、利き酒をしたいと言えばいい」
と教える。

江戸では大ばか野郎をウンツクというが、まんまとだまされやがったとペロリと下を出した二人、ご機嫌で街道筋に出ると、後ろから親父が追いかけてくる。

「おめえさまがたをほめるのを忘れていただ。江戸へ帰ったら、りっぱな大ウンツクのどウンツクになってくだせえ」
「なにを抜かしゃあがる。オレたちはウンツクなんぞ大嫌えだ」
「えっ、嫌えか? 生まれついての貧乏人はしようがねえ」

【しりたい】

上方種長編の一部

古くから親しまれた上方落語の連作長編シリーズ「東の旅」の一話で、清八と喜六の極楽コンビが伊勢参宮の途中、狐に化かされる「七度狐」に続く部分です。「うんつく」「うんつく酒」の題で演じられてきました。

上方では、悪態の意気で六代目笑福亭松鶴が優れていました。

東京への移植者とその時期は不明ですが、戦後は三代目桂三木助、八代目春風亭柳枝が得意とし、五代目小さんもたまに演じました。

原話は、安永5年(1776)刊の笑話本『鳥の町』中の「金物見世」。皮肉にもこれは江戸板なので、東→西→東とキャッチボールされたことになります。

この小咄では「うんつく」でなく「とうへんぼく」がキーワードであることでも、ルーツが江戸であることがうかがわれます。

演出の異同

噺中の三井と鴻池のエピソードは、時間の関係でどちらかを切ることもあります。東京風の演出では、上方の「煮売屋」を改作した「二人旅」のオチ近くのくだりを圧縮して「長者番付」の前に付け、続けて演じることもあります。「二人旅」については、その項をご参照ください。

「東の旅」の順番

「東の旅」の順番では、伊勢路に入り、「野辺歌」「法会」「もぎとり」「軽業」「煮売屋」「七度狐」に続いて、この「うんつく」(長者番付)になり、この後、連れがもう一人増えて「三人旅」で、伊勢参宮のくだりは一応完結します。

うんつく

この噺の、上方落語の演題でもあります。

うんつくは運尽と書き、「運尽くれば知恵の鏡も曇る」ということわざから、上方言葉で「阿呆」「野暮」の意味が付きました。

したがって、「ど運尽く」は「大ばか」。「ど」は上方の罵言なので、本来は江戸落語にない語彙です。上方落語のものがそのまま残ったのでしょう。

ところが、後にはこれをもじって、本当に「運付く」で幸運の意味が加わったからややこしくなりました。同音異義語のいたずら悪戯です。

造り酒屋

造り酒屋は本酒屋ともいい、醸造元で、卸専門の店ではこの噺のように小売はしない建前でしたが、地方には、小売酒屋を兼ねている店も多く見られました。

清酒事始め

噺の中で、鴻池が作ったというのはヨタです。実は享保年間(1716-36)、灘の山邑太左衛門が苦心の末発明し、「政宗」として売り出したのが最初。全国に普及したのは、その1世紀も後の文化年間(1804-18)なので、江戸時代も終わり近くなるまで、一部の地方では濁り酒しか知らなかったことになります。

【語の読みと注】
暖簾 のれん
煮売屋 にうりや
山邑太左衛門 やまむらたざえもん

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いうてもおくれなさよあらし【言うてもおくれな小夜嵐】むだぐち ことば   

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もとは明和年間(1764-72)から文政年間(1804-18)ごろまで、長く歌い継がれた上方の端唄「朝顔の盛り」(別名「かくれんぼ」)。その末尾の一節を、日常の洒落言葉にしたものです。意味は「そんなことを言ってくれるな」で、相手の手厳しい拒絶を受けて少し甘え、なだめるような調子があります。

「さよあらし」は「さような(ことを)」のダジャレ(上方では口合)で、倒置表現で「言うても……」につなげています。

参考までに少し長いですが、元唄を。

※現代的仮名遣いに変えて読みやすくしています。

朝顔の
盛りは憎し迎いかご
夜は松虫ちんちんちろりちろり
見えつ隠れつかくれんぼ
行末は
誰が肌触れん紅の花
案じ過ごしを枕にかたれ
髪結わぬ夜のおみなえし
言うてもおくれな小夜嵐

優艷な三味線の三下がりの音じめで、盛りを過ぎて独り寝を余儀なくされた遊女の、夜ごとの憂悶を唄い上げています。最後の二節で「結わぬ」と「言う」を掛け、さらに「小夜嵐」=夜半に吹き荒れる嵐で、このまま情人との恋が吹き散らされてしまうおびえが表現されています。

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