ちゅうっぱら 【中っ腹】 ことば

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腹が立つ。短気。

江戸っ子が不機嫌なときに使います。

以下は、マクラでよく引き合いに出される江戸名物の、あれ。

「武士、鰹、大名小路、生鰯、茶店、紫、火消し、錦絵、火事にけんかに中っ腹、伊勢屋、稲荷に犬の糞」

江戸市中でよくみかえる名物を列挙した決まり文句です。中っ腹も江戸名物というわけで。年中、怒っていたんですかね。

大名小路は、江戸城の東側外堀一帯に屋敷をかまえていた有力大名の地域全般をさします。

紫は江戸紫。とはいっても、桃屋の海苔佃煮ではなく、染色の、藍みがまさった紫のこと。九鬼周造も「青勝ちの紫」というフレーズで『「いき」の構造』に「いき」の具体例の一つとして載せています。

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あいえんきえん 【合縁奇縁】 ことば

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人の相性、とりわけ男女の仲は不思議な縁によるもので、計り知れないものだ、という意味。

「合縁」には「相縁」「愛縁」、「奇縁」には「機縁」の当て字が使われることもあります。

見た目うまくいきそうなカップルが別れてしまったり、大丈夫かと思われる男女が結婚してしまったり、人の予測をはるかに超えるなにかがあるもの。

≒縁は異なもの味なもの

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臆病源兵衛 おくびょうげんべえ 演目

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その昔「臆病」というものは病気だったのでしょうか? 別題:浄行寺

【あらすじ】

「臆病源兵衛」とあだ名がつく男。

大変なこわがりで、日が暮れては戸を閉ざしてガタガタ一晩中震えているし、自分の家では夜は一人で便所にも行けない、というくらい。

退屈をもてあました近所のご隠居。

洒落心といじめ心があるので、ひとつ、この男をこっぴどく脅かしてやろうと、源兵衛の職人仲間の八五郎を抱き込み、一芝居たくらむ。

源兵衛、根は好色で、しかも独り身なので、まず隠居が嫁さんを世話してやると持ちかけた。

源兵衛が渋るのをむりやりに、夕方、自分の家に連れ込んだ。

幽霊が出そうだと、早くも震え出すのをなんとかなだめ、
「俺がここで見ていてやるから、水を汲んできてくれ」
と台所へ行かせる。

おっかなびっくり水瓶に近づくと、暗がりから八五郎の手がニューッ。

逆手に持った箒で顔をスーッとなでたからたまらず、
「ギャアーッ」

源兵衛、恐怖のあまり八五郎にむしゃぶりつき、金玉をギュッと握ったから、八五郎、目をまわした。

ところが隠居もさるもの。

少しもあわてず、これを利用して続編を考えつく。

化け物だと泣き騒ぐ源兵衛に
「ともあれ、おまえが八公を殺しちまったんだから、お上にバレりゃ、打ち首獄門だ。それがイヤなら死骸をつづらに押し込み、夜更けに高輪あたりの荒れ寺に捨ててこい」
と言う。

臆病も命には代えられない。

源兵衛、泣く泣く提灯を片手、念仏を唱えながら葛籠を背負って芝の古寺の前まで来ると、これ幸いとお荷物を軒下に放り棄て、あとは一目散。

そこへ通りかかった、品川遊廓帰りの三人組。

ふと葛籠に目を止めると、てっきり泥棒の遺留品と思い込み、欲にかられて開けてみると手がニョッキリ。

失神していた八五郎が「ウーン」と息を吹き返す。

三人、驚いたのなんの、悲鳴を上げて逃げ出した。

あたりは真っ暗闇。

八五郎は、すっかり自分が地獄へ来てしまったと思い込み、つづらからようよう這いだすと、幽霊のようにうろうろさまよい始める。

たまたま迷い込んだ寺の庭に蓮池があったので、
「ありがてえ、こりゃ極楽の蓮の花だ、ちょいと乗ってみよう」
と、さんざんに踏み散らかしたから、それを見つけた寺男はカンカン。

棒を持って追いかけてくる。

「ウワー、ありゃ鬼。やっぱり地獄か」

やっと逃げ出して裏道へ駆け込むと、そこにいたのは、なかなかいい女。

「姐さん、ここは地獄かい」
「冗談言っちゃいけないよ。表向きは銘酒屋なんだから」

底本:三代目柳家小さん

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【しりたい】

やり方 その1

原話はまったく不明で、別題は「浄行寺」。これは、源兵衛が死骸を捨てていく、芝寺町の古寺の名から取ったものです。

明治期では三代目柳家小さんと二代目三遊亭金馬(1926年没)が得意にしました。この金馬は俗に「お盆屋の金馬」。往年の爆笑王、柳家金語楼の師匠です。続いて昭和に入ってからは、八代目桂文治(1955年没)が手掛けました。

あらすじでは、明治30年(1897)の小さんの速記を参照しましたが、二代目金馬のやり方は、後半が違っていて、葛籠が置き去りにされるのは浅草寺の境内、開ける二人は赤鬼と青鬼の扮装で脅かして金をせびる物乞いになっています。

逃げ込む先は付近の人家ですが、出てきたのが地獄のショウヅカの婆さんそっくりの奇怪な老婆。八五郎は自分も白装束なので、てっきり死んだと思い込み、「ここは地獄ですか」と聞くと、「いいえ、だんな(娘)のおかげで極楽さ」というオチになります。

やり方 その2

つまり、娘が囲われ者で、母親まで楽をさせてもらっているという食い違いですが、どちらにしても初めに説明しておかないと、現在では通じません。

前半は、「お化け長屋」や「不動坊」のように、臆病者を脅かすおもしろ味がありますが、後半がこのように古色蒼然としているため、八代目文治以後はまったくすたれていたのを、十代目金原亭馬生が復活し、後者のオチで演じていました。

今度こそもう継承者はないだろうと思ったら、桃月庵白酒が2005年11月、落語研究会の高座で熱演。こうした埋もれた噺が、意欲的な若手中堅によって次々に復活されるのは頼もしいかぎりです。

銘酒屋

曖昧屋ともいい、私娼を置いた最下級の売春宿です。ゴマカシのために申し訳程度に酒を置き、女は酌婦。昭和初期まではこの呼び方が残っていたようです。戦後は「青線」と称されました。

これを「地獄宿」、女を「ジゴク」「ジゴクムス」とも呼んだため、そこの女将が勘違いをしたというのがオチです。

小さんのくすぐり

源兵衛が隠居に、事が露見すれば死罪だと脅されて、
「キンタマぁ二つあるから、おまえさんと一つずつ握りつぶしたということに……」                  (三代目柳家小さん)

【語の読みと注】
箒 ほうき
葛籠 つづら
銘酒屋 めいしゅや

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落語芸術協会 らくごげいじゅつきょうかい 古木優

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公益社団法人です。略称は「芸協」。

葉茶屋と水茶屋は異なります。葉茶屋はお茶を売る店。水茶屋はお茶を飲ませる店。その違いは大きいです。茶舗か飲み屋か、ですから。

山下敬太郎の実家は芝の葉茶屋でした。三遊亭金勝が経営する店でした。敬太郎は金勝の息子でした。この息子、7歳で初高座に。天才少年落語家としてまたたく間に知られていきます。のちの柳家金語楼がその人。

NHKがラジオ放送を始めた頃、席亭はラジオを嫌がりました。席亭に隷従する芸人たちはNHKには出ませんでした。

それが金語楼は率先して出演します。先見の明があったのですが、席亭からは総スカンを食らいます。芸の世界から締め出されるわけです。でも、金語楼の人気はすさまじく。

そこで、この人が活躍する場を確保するために、吉本興行と千葉博己(大正昭和期のフィクサー)が出資して作ったのが、日本芸術協会でした。昭和5年(1930)10月のこと。この名称は昭和52年(1977)まで続きます。当初は会長は六代目春風亭柳橋、副会長が初代柳家金語楼でスタート。実質的には金語楼人気におんぶにだっこだったのですが。

当の金語楼は、昭和17年(1942)に落語家を廃業し、喜劇俳優に転向してしまいます。

昭和59年(1984)、桂米丸が会長のとき、鈴本演芸場と決裂して、以来、芸術協会は鈴本には出ていません。

その頃の芸協は100人にも満たない団体でした。「うちには芸術が入ってる。あっちはない」なんて言って笑わせているつもりの落語家もいました。そうは言っても、10日交代の定席では、「芸協が当番なら行くの、やめよう」という客が出るほどの不入りでした。「古典の協会、新作の芸協」といわれて、本寸法の古典落語を聴きたければ、落協のほうがおもしろい、というのが常識だったのです。

今ではそんな頼りなさからも払拭されて、陣容も200人近く数えます。りっぱなものです。おしむらくは、鈴本で聴けないこと。その分、国立で多めに聴けますが。まあこれも、遠からぬ日解消されることでしょう。

2019年6月に春風亭昇太師が会長に就任しました。

古木優

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