Categories: 落語演目

【浮かれ三番】

うかれさんば

成城石井


娘の踊りに釣られて
「チツレチリテツトン」
「みっともないからおよしなさい」
周りを巻き込み止まらない。

成城石井

江戸の商家。

親は娘に芸事を習わせている。娘は八歳、踊りがいちばんの気乗り。

おさらいの日が来た。

娘は三番叟さんばそうを踊ることに。はしゃぐ親ばかぶり。

よくこう覚えたものと、見物衆は大騒ぎ。

おやじは夢中で
「これはてまえの娘でございまして。年がまいりませんからよくもできませんが、おほめくすってありがとうございます」
と有頂天。

両親とも楽屋に入って、おやじは
「ああ、こんなうれしいことはない。おれが見ていちばんいいと思ったのは、チツレチリテツトン、チツレチリテツトンと、首を振ったところがめっぽうよかった」
と話に実がいって、往来を踊って歩き始める。

おかみさんが
「あなた、みっともないからおよしなさいよ」
と止めに入るが、おやじは止まらない。

だんな「チツレチリテツトン、チツレチリテツトン」
おかみ「あなた、みっともないからおよしなさい」
だんな「チツレチリテツトン、チツレチリテツトン」
おかみ「ハッ、みっともないから」
だんな「チツレチリテツトン、チツレチリテツトン」
おかみ「みっともないから」

二人ともども往来を踊りながら帰ってきた。

店の手代てだい
番頭ばんつさん、だんなとおかみさんと踊りながら帰ってきました」
と、けげんな顔して二人を迎え入れる。

だんな「チツレチリテツトン、チツレチリテツトン」
おかみ「みっともないからおよしなさい」
だんな「チツレチリテツトン」
おかみ「ハッ、みっともないからおよしなさい」
だんな「チツレチリテツトン」

番頭「おかえんなさいまし」
だんな「今帰ったよ。チツレチリテツトン」
おかみ「みっともないからおよしなさい」
だんな「チツレチリテツトン」
おかみ「ハッ、みっともないからおよしなさい」
娘「おとっつぁん、どこまで行くんだねえ」
だんな「あ、そうだそうだ。うーん、くたびれた。腹がへった」

やっと、正気に戻っただんなは
「ごはんのしたくをしてくんなよ。すぐに飯を食うから。ああ、ばかに腹がへった。しかし、今日はいい心持ちだった。おまえがうまく踊ってくれたんで。さあ、ごほうびだ。おまえもごはんをお食べ」
と、まくしたてて、お膳に向かう。

と、ちょうどそのとき。

裏の常磐津ときわづの師匠の家で稽古が始まったが、折も折、三番叟。

だんなは
「ああ、三味線だ。うむ、ここで手が鳴った。なあ、ここだったぜ。大きな声でほめられたのは。チツレチリテツトン、チツレチリテツトン」
と、箸と茶碗を持って浮かれ出した。

だんな「チツレチリテツトン」
おかみ「あなた、みっともないじゃなないですか」
だんな「チツレチリテツトン」
おかみ「ハッ、みっともないからおよしなさい」

台所ではおさんどんがお米をといでいた。

二人のようすを見ると、
「おやおや、あらまあいやだ。だんなが先に立って、チツレチリテツトン、おかみさんが、みっともないからおよしなさい。どうしたんだろう。あきれたねえ。早くお米をといじまおう。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい……」

庭では植木屋がしきりに松を刈り込んでいた。

台所のほうを見やると、おさんどんが調子をとってなにか言いながら、お米をといではみんなお米を流しているのを見た。

「チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい」

植木屋は「なんだ、ばかばかしい」と。

今度は座敷をほうをのぞいてみると、だんなとおかみさんが、箸と茶碗を持って、チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさいと、夢中でやっている。

「ふう、こいつは妙だ」

家根屋が屋根で仕事をしている。

ひょいっと見ると、植木屋が松を殻坊主からぼうずにむしってしまった。それを見た。

家根屋「おやおや、どうしたんだ、植木屋は。松を坊主にしちまった。お、なにか、言ってるぜ。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい。なにを言ってやがるんだ。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい」

家根屋やねざかは、家根坂やねざかを重ねてたたいている。

離れ座敷の床の間の壁を塗っていた左官屋さかんやが、ひょいと見る。

「おや、家根屋のちくしょう、なにをしてやがるんだ、家根坂を重ねてたたいてやがる。あ、植木屋めぇ、松の木を坊主にしちまった。てんでんになにか言ってやがる。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい。妙なことを言ってやがる。なんだ、チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい」

離れ座敷の外でしきりに手斧ちょうな削りをしている大工が、見る。

「左官が夢中で床柱とこばしらを塗り込んでしまった。おやおや、左官めぇ、なにを言ってやがるんだ。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい。左官まぇ、なにをしてやがるんだ。床柱を塗り込んじまやがった。チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい」

大工が上を見ると、家根屋が家根坂を重ねてたたいている、こっちじゃ、植木屋が松を殻坊主にむしってしまい、台所へ来てみると、おさんどんがお米をとぎながら踊っている、座敷をのぞくと、だんなとおかみさんが箸と茶碗を持って、チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい、チツレチリテツトン、みっともないからおよしなさい、と、みんなやっている。

大工「どうしたってんだ、妙じゃねえか。お、小僧、ここへ来て、こっぱを拾え。小僧、こっぱを拾えよ」
だんな「チツレチリテツトン」
おかみ「ハッ、みっともないからおよしなさい」

大工が
「こっぱ拾え」
と言うと、小僧が
「イヤアー」

出典:二代目三遊亭金馬『三遊連柳連名人落語十八番』(いろは書房、1915年9月15日)

成城石井

二代目金馬のおはこ

二代目三遊亭金馬(碓井米吉、1868-1926、お盆屋の、碓井の)の得意とした、音曲噺おんぎょくばなしです。

ほかにやる人はいませんでした。

マクラに「菅原息子」を入れたりもします。

三番叟

辞書的には2つの意味があります。

① 能楽の祝言しゅうげん曲「式三番しきさんば」で、三番目に狂言方が黒い面をつけて舞うおきなの舞い。

② 歌舞伎で、序幕の前に祝儀しゅうぎとして舞う曲。能楽の三番叟を歌舞伎風に舞踊化したもの。

ここでは、とうぜん、②の意味です。

めでたい演目です。だから、浮かれるのも悪くないわけです。

しかも、狂言方が演じる曲なので、ぜんたいに笑いや豊穣の趣が漂う予祝(未来のよき姿を先に喜び祝うことで、その姿を現在に引き寄せること)の芸となります。

それでは、これを。

めでたい演目のため、各地で演じられています。

成城石井

落語あらすじ事典 千字寄席編集部

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